ロシアの経済と国際政治

Ⅰ.   はじめに

 1.  島田村塾ロシア訪問  
 ー去る2018年7月下旬(7.22~29)に、私が主催する島田村塾のメンバーである
  若手の事業家のグループとロシアに研修訪問を行った。メンバーのほとんどはロシア
  訪問は初めてだったので、彼らの得た印象は新鮮でeye-opening(目から鱗?)だった。

 ー村塾メンバーは、人々がopen, friendly, 親切であったこと、また街が綺麗、
  建物も壁が洗ったように鮮やかだったこと、道路にゴミやチリがなかったこと
  が印象的だった。私達の訪問の直前にサッカーWCが開催されたことの効果が
  あったかしれない。

  ー村塾のグループはSt. PetersburgとMoscowで、現地の企業や産業団体、
   研究所、モスクワ大学などを訪ね、視察やdiscussionをさせて戴いた。また
   モスクワでは、ロシア勤務4回目になるロシアを知り尽くした上月豊久大使
   の熱のこもったロシア分析を伺えたこと、またモスクワ大学で日本研究の代表
   的存在であるビジネススクールのヴィハンスキー教授の研究室の若手チームの
   皆さんとのセミナーも有益だった。

 
  ー専門家は別として日本の一般の人々、ロシアの情報少ない、知識、理解乏しい
     →ロシアはそれなりの大国? 実情、もっと知るべき。

  ー今回の訪問を通じて、また、そのための準備を通じて、私達は、現在の
   ロシアについて、特に経済とロシアの国際関係の諸問題について学んだ
   ので、その情報の一部を、このエッセイで記述したいと思う。このエッセイ
   は要点を箇条書きなど簡便な形で表していることを、あらかじめ、
   お断りしておきたい。

 2.  ロシアは重要な国: 
   ー冷戦時代の対極、軍事力なおUSに比肩、科学技術とくに軍事、宇宙技術
   ー外交的影響力 大、米・中・露
   ーとくに日本にとって北方領土問題と経済協力は課題

 3. 歴史的には深い関係
   ープチャーチン来航はペリーと同時期(1854)
   ー日露戦争(1904~05)
   ー第二次大戦、満州争奪、ノモンハン大敗(1939)、戦後、北方領土問題
   ースターリンの脅威、国際共産主義(コミンテルン)の影響、日共、中国
   ー冷戦構造が日米同盟の背景
   ー一方、ロシア文化に憧れ、ファン多い、文学、音楽、バレーなど芸術

 4.   しかし現代、現在のロシア理解は少ない
   ー島田村塾訪問は良い勉強の機会

 

Ⅱ.  経済

 1. 1世紀に3つの国家体制を経験

  ー帝政ロシア
  ーソ連(共産主義、計画経済) 1917~
  ーロシア共和国 1991~

 2. 旧ソ連からロシア共和国への移行

  ーWWII直後は理想の国?cf.壁崩壊時ポーランドの情景、
  ー共産主義、計画経済、インセンティヴなし、イノベーションなし、生産性低迷
    WWII直後、ソ連と西欧諸国、所得は同等、壁崩壊時、30~40分の1
   ーロシア経済の硬直性、ブレジネフ時代、ゴルバチョフの改革空転。
     ペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(情報公開)しかし経済は悪化

   ーエリツィン改革?オリガルヒの富蓄積?
   ー経済混乱・崩壊→所得激減→インフレ高騰(数1000%)→平均寿命さえ↓
    →債務不履行(default)1998
     3.   プーチン政権 第一、第二期(2000→2008)

   ープーチン氏はオリガルヒの力も利用して2000年の大統領選に勝利
    しかし、オリガルヒの特権は、経済発展に資する面に限定。政治利用は不可。
   ープーチン流の統治法:
     1)地方実力者(県知事など)の影響力活用、
     2)エネルギーなど主要産業の再国有化ープーチン氏の側近のトップ登用
     3)国民大衆へのアピール:年一回の長時間直接討論
   ー原油、LNG価格などエネルギー価格の持続的上昇による高度経済成長、年7%
    2000~2008で、GDPは83%増大、所得↑、中間層↑、貧困率↓。
   ・2008年訪問時のエピソード:”プーチンストップ” ピロシキ屋のプーチン絶賛

  4.  メドベージェフ政権(2008→2012)

   ー2008年9月、リーマンショック⇒2009年GDP ー7.9%
   ーしかし平均4%程度の成長は確保

  5.  プーチン第三期政権(2012→2018)

   ーメドベージェフ政権時代に憲法改正、大統領任期を4→6年に。
   ー首相から大統領就任、全国で批判噴出、大規模デモ↑
   ーHillary Clinton国務大臣が支持を公言したことをプーチン氏は根に持つ。
     Hillary Clinton(オバマ政権(2008→2016)氏らの扇動と認識。
   ー2014年3月、クリミヤ併合、西側諸侯はアメリカ主導で経済制裁
    →2015、2016年は経済縮小(マイナス成長)、2017年はようやく1.5%

  6. プーチン第四期政権(2018→2024)

   ー経済戦略:大統領令の国家目標
    (1)経済成長、経済安定
     ・世界5大経済大国(韓国や英国抜く)、インフレ4%以下、世界平均以上成長率達成
    (2)人口増加、国民生活水準向上
     ・人口持続的自然増、寿命78才へ(現在72、M67、F77)2030までに80才。
      実質所得の持続的↑。インフレ以上の年金伸び確保、貧困半減。
    (3)快適な生活環境:住宅環境と自然環境改善

   ー総合構造改革が必要、Alexei Kudlin前財務相主導の戦略策定センター
   ーこれまでも同様な目標→プーチン戦略体現していたが十分ではない。
    ・第一次2010年発展戦略(2000策定)、第二次2020年発展戦略(08策定)
     ・第三次発展戦略諸機関で論争が、今回の第四次2024発展戦略(2018策定)に続く?
   ー経済は重要部門、国有企業支配、
     国有企業の比率高く、国民の自立活動低く、政府依存傾向強い

   ー年金問題で支持率急落
    ・メドベージェフ首相、2018.7.年金支給開始年齢引き上げ発表
      M:60→65(2028まで)、F:55→63(2034まで)、国民反発、全国デモ。
      プーチン支持率、80%→60%へ。

    ー年金問題でプーチン大統領が条件緩和
    ・2018.8.29. プーチン大統領は国民の反発を意識して、これまで提示していた
     年金支給の開始年齢引き上げ 55才→63才を、55歳→60歳とすると修正。
     男は60→65歳と5歳引き上げだったので、女性も平等に8歳ではなく5歳引き上げ
     にしたと弁明。それでも国民の不満は高まったまま。

    ーロシアの有力な世論調査によると、ロシア国民は最近目立って欧米への親近感を高め
     とおり、従来のプーチン流の反欧米主義の対決路線に失望している、また、ロシア政府
     の政策に不満があれば、抗議運動に参加するとの反応が高まっている。プーチン氏は
     2018.3.の大統領選で高い支持率を得たことになっているが、多くの国民はプーチン
     でなくても良いという傾向を持ち始めている(FT 2018.8.9)。


 

Ⅲ.   安全保障・外交戦略

 1.  安保・外交戦略に対する西側諸国の評価とプーチン政権の自己認識

  ー西側諸国のイメージとプーチン政権の自己認識に大きな乖離

  ー西側諸国から見ると、プーチン政権の外交戦略は、攻撃的、侵略的、非民主主義、
    人権無視。スパイ活動など。 深刻な脅威。当然、制裁(経済、軍事)の対象。
    そもそもNATO(北大西洋条約機構)は冷戦時代以来のロシア(旧ソ連)の
    軍事的脅威に対抗するために創設された。

  ープーチン政権の自己認識は全く異なる。正反対
     西側諸国による政治的、思想的脅威。それはロシア国民の一体感と団結を
     崩す恐れ。裏庭から侵食。自己防衛のために強圧的、攻撃的手段も必要。

  2.  攻撃的な安保・外交戦略の例
    ーチェチェン共和国への攻撃
      ・1994~96、1999~2000、cf.チェチェン移動大使との会合エピソード
     参考:アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ問題、1991。

    ーグルジア(ジョージア)のバラ革命(2003)
             ・ジョージア、2003.11の議会選挙不正の批判で反政府運動が広がり、エドワルド・
     シュワルナゼ大統領(元ロシア外相)が任期途中で辞任。翌年1月選挙でミハイル・
     サーカシビリが大統領に。運動参加者がバラを手にしていたので、バラ革命。

    ーウクライナのオレンジ革命(2004)
    ・2004.10~11の大統領選挙で新西側路線のビクトル・ユーシチェンコと対露重視の
     ビクトル・ヤヌコビッチが争い、やり直しと決選投票を経て2005.1.にユーシチェンコ
     が大統領に。オレンジ色を選挙運動のシンボルにしたので、オレンジ革命。
    ⇒これらはカラー革命と呼ばれ、ロシアは包囲されているとの被害者意識↑?

    ーグルジア攻撃(2008.8 北京オリンピック時)南オセチア、アブハチア独立宣言
      ・NATO加盟の動きを加速したジョージアに対し、陸海空軍を投入して
       親露派勢力が分離独立を要望する南オセチア、アブハジアに攻め入った。
       EUの仲介で停戦合意したものの、ロシアは両地域の独立を一方的に宣言。国連に
       提案。賛同3ヶ国。

    ークリミヤ併合(2014.3)
     ・旧ソ連の構成国だったウクライナでは独立後、親ロシア派と親欧米派が対立。2013
      年、親ロシア派のヤヌコビッチ大統領がEUとの関係強化協定の手続き凍結を表明す
      ると、大規模な反政府デモ↑。14年には治安部隊と衝突して多数の死傷者、政権は
      崩壊。これを受けロシアはウクライナ領のクリミア半島に軍事侵攻、一方的に併合
    ー東ウクライナ容喙(2014)
     ・ロシア系住民が多いウクライナ東部のドネツク・ルガンスク両州ではロシア
      の支援を受けた親露派の武装勢力がロシアへの編入を求めて行政庁舎などを
      占拠。ウクライナ政府と戦闘状態。現在も親露派が実効支配。

    ーシリア、ISへの政治、軍事介入
     ・シリアとは長い付き合い。ロシアには貴重な地中海への出口
      ・オバマ大統領が、アサド政権がRed Line(化学兵器を民間人に使用)を超えたのに
      攻撃を逡巡した時、プーチンはすかさず介入して指導力発揮
     ・IS攻撃建前に軍事介入。米国も介入。ただしロシアはアサド支持、米国はアサド
      非難で対立。ートランプ氏は2017.4.アサド基地を59発トマホークで攻撃、示威。
 
    ーアメリカ大統領選(2016)へのサイバー介入の疑い
    ・サイバー介入による選挙妨害は、Mueller特別検察官調査で解明進む
    ・ロシア側の意図:Hillary Clintonだけは排除すべし?
      ー専門組織活用してサイバー攻撃
     ・Hillaryでなければ良い。トランプは利益取引型(Deal)なので与し易いかも。
      ートランプ陣営は皆素人。フリン補佐官、クシュナー、トランプJrなど
      ープーチン陣営はトランプ側の実力評価せず、相手にせず。

 
    ー欧州選挙(2017)への介入の疑い。ロシア、EUの弱体化画策
     ・マクロン大統領(2018.1)偽ニュースから民主主義守る法制度導入表明
     ・米英仏がロシアの情報工作対策に乗り出す。
     ・クレムリンのプロパガンダ(政治宣伝)機関と批判される国営対外発信メディア
      「RT」や「スプートニク」の監視強化、包囲網を狭める。

 
    ープーチン(2018.3.1)年次教書発表:
     ・通常の倍2時間演説、40分、兵器詳説
     ・新型ICBM開発発表、複数核弾頭搭載。米国ミサイル防衛網(MD)も突破。      
 
    ー英国で元スパイの毒殺未遂事件(2018.3)
      ・セルゲイ・スクリパル(元ダブルスパイ、英国に情報を渡した罪で逮捕、
       2010年のダブルスパイ交換で英国ソールズベリーへ)娘、ユリア
      ・化学兵器使用とアメリカ断定→英米など同調してロシア外交官110人国外退去。
        cf. Alexander Litvinenko, 2006 ロンドンホテルで殺害、ポロニウム。

    ー周辺小国への脅威(ジョージア、マケドニア、バルト三国)
      ・プーチン第四期。経済低迷は不可避。大国意識と強い指導者のアピール
       対外(周辺小国)への強圧的行為に出る危険意識。
      ・NATOに傾くジョージアへの弾圧はむしろ強化。やはりNATOを志向する
       ギリシャ隣接の小国マケドニアに圧力。NATO加盟のバルト三国も同様の脅威。
       ラトビアは軍備強化。
 
  3.  西側諸国のロシア脅威感
    ー民主主義否定、
    ー人権否定
    ー国際法違反:力による現状変更(1928パリ不戦条約違反)
    ー経済制裁の正当化と執行

  4.   抜きがたい地政学的被害者意識
    ー西側諸国の介入、浸透、侵蝕への警戒、恐怖感
    ーNATO軍事包囲網への対抗
    ーロシアの価値観、国家主義、一体感の侵蝕。政権基盤の弱体化
    ーロシアの懸念と論理は理解できるか、共有できるか。ロシア理解には必要?

Ⅳ.   最近の国際関係の動き

  1.   トランプ政権とプーチンのロシア
    ートランプ・プーチン会談(2018.7)ヘルシンキ会談
     ・トランプ側から持ちかけ。ロシアは制裁下、失うものはない。
     ・プーチンはトップ会談でアメリアと”同等”の大国としてのアピールができて成果。
     ・トランプはプーチンは選挙妨害をしていないと言明。
     ・トランプはロシアに融和的すぎるとして共和党中心に批判続出
      ー共和党の批判→ロシアの脅威に対して経済制裁強化(2018.8)
     ・トランプは国内批判が中間選挙にマイナスになるのではと懸念
      ープーチン招待(9月?)に言及。

   2.   ロシアと中国の急接近
    ー2018.9.11. 「東方経済フォーラム」(ウラジオストックで開催)に習近平主席
     が初めて参加。東方経済フォーラムは2015にロシアの呼びかけで開始。今年4回目。
     同フォーラムには安倍首相も参加。
 
    ー東方経済フォーラムに合わせて大規模軍事演習ボストークを実施。これにはロシア
     軍30万人(ロシア軍の約1/3)、約1000機の航空機、複数の艦艇参加。この歴史的
     大規模な演習に、中国は戦車や航空機を含む陸空軍の3200人の合同部隊参加。史上
     初。ロシアは10年前までは、中国と敵対関係。
    ・最近の急接近は、トランプの一方的制裁に対するロシア・中国の連携強化の力学。

    ・Jemil Anderlini氏は(FT 2018.8.10)、この急接近は重大な意味があると警告。
     従来(冷戦期でさえ)、アメリカはロシアは異文化で対抗関係にある中国より
     欧米に親近感を持っていたと分析。ロシアー中国の接近の意味を深く考えてこな
     かったが、そうした判断は戦略ミスを犯す危険あり、と警告。

   3.  日本ー北方領土問題など
    ー安倍首相は就任以来、ロシアとの北方領土解決に熱心に取り組んで来た。
     プーチン大統領との会合は、国際会議も含めると30回近くに上るほど。

    ー日露2プラス2会談。
     . 8月初、モスクワで日露2プラス2会議開催。上述の上月豊久大使はモスクワでは
      初めての開催となるこの外交・防衛のトップ会談の準備に忙殺されていた最中に
      島田村塾の訪問団を前に貴重な講演をしてくださったご厚情に深謝したい。
     ・日露2プラス2会議そのものは今回で3回目。今回は、北非核化への連携では合意、
      したが、経済制裁では溝が残った。
 
            ーさて、本題の北方領土問題は、WWII後、ソ連はSF平和条約に調印しなかったため、
     日ソは別途、二国間での平和条約締結をめざし、1955年に交渉を開始。しかし領土
     問題では決着がつかず、翌1956年10月にモスクワで平和条約でなく日ソ共同宣言に
     調印。共同宣言では歯舞群島と色丹島を平和条約が締結さらた後に引き渡すと
     された。両国は鳩山首相、ブルガーニン首相らが出席。

    ー1993年10月、エリツィン首相来日、細川首相との間で「東京宣言」に調印。宣言では 
     「両国は過去の遺産は克服すべき。北方四島の帰属について真剣に交渉。この問題を
     解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続する」とした。東京
     宣言後、両国の空気は改善し、1998年4月の橋本・エリツィン会談では、領土問題
     は解決寸前に近づいた。そこでは橋本首相が「日ロ間で締結する平和条約で、領土
     問題は別途日ロ間で合意するまで、日本はロシアが四島で施政権を行使することを
     認める」と提案。エリツィン大統領はこ「面白い」としたが、同行の報道官がこれを
     国に持ち帰って検討するよう進言し、その場で合意はならなかった。もし合意して
     いたら領土問題は大きく前進した可能性。この時期はロシアが経済的苦境にあり、
     日本と協力的な関係を欲したいた稀有のタイミングだった。

    ーエリツィンから大統領職を引き継いだプーチン氏は領土問題に関心が深くまたもっとも
     勉強した大統領。彼はロシアは交渉には応じるし、解決への意思もある。しかし
     ロシアには受け入れ可能な妥協が必要。いわば柔道の「引き分け」のようなもの
     が必要、との考え。

    ー安倍首相は領土問題に強いこだわりがあり、2016年5月、プーチン氏に「双方が
     受け入れられる解決策」に向け「新たな発想のアプローチ」で交渉を加速する提案。
     プーチン氏も賛成し、それ以降、頻繁に接触。同年12月にはプーチン大統領を自らの
     故郷の山口県長門市と東京に招き会談。両国で「共同経済活動」を検討する合意。

    ー領土問題は、平和条約や経済協力も合わせ、双方が合意できるような形を創出する
     必要。交渉上の立場には互いの経済条件も影響。当面は返還の可能性は乏しい?
     また返還にはメリットもデメリットもある。しかし、国境や領土問題は法と正義に
     照らして主張しつづけるべき。

    ー2018.8.11. ウラジオストックで開催中の「東方経済会議」に出席していたプーチン
     大統領は、安倍首相、習近平氏と同席のパネルで、まったく前触れなしに「日本と
     無条件で平和条約を締結してはどうか」と爆弾発言。
    ・日本は領土問題を解決してから平和条約を結ぶという立場。換言すれば、領土問題
     の解決は平和条約の前提条件、という立場なので、プーチン氏の発言をそのまま
     受け入れるわけにはいかない。日本政府は同氏の真意を分析中。

トランプ発 貿易戦争(2)

Ⅵ.   NAFTA、WTO 

 1.  NAFTA再交渉とメキシコ
  ー8.29  NAFTA: Mexico:
   8.27、米国、メキシコはNAFTA見直し案に大筋合意
              主な合意内容:
   ・自動車関税をゼロにする条件(原産地規則)として、米・メキシコからの
     部材調達比率を75%(現在はカナダ含め62.5%)
   ・時給16ドル以上の地域で製造した部材を40~45%使用。
     (メキシコの平均時給は7ドル)(→米国内で生産せよとの意)
   ・鉄鋼やガラスなどの素材で米・メキシコ産品の使用拡大。
   ・5年毎に自動失効するサン・セット条項は不採用。6年毎に見直しながら
       16年間延長する仕組み導入。

   ー新協定は2020から段階的に適用、2023に完全実施。
    ・トランプ氏はWHの記者会見でわざわざメキシコのペニャニエト大統領に
     電話して自賛。メキシコ現大統領の任期中に合意。

 2.  NAFTA再交渉とカナダ
   ー8.30:メキシコとの合意受け、カナダとの協議、8.28開始。
      米国と同様、高賃金のカナダは、16ドル以上の規定には抵抗なし。
      しかし、乳製品や卵など農産品には大きな隔たり。メキシコの農産物への輸出
      補助金など保護政策の廃止で合意。カナダに対し、乳製品への補助金
      を撤廃せねば、自動車に高関税をかけると脅し。

   ー8.30  トルドー首相は、2019年総選挙。トランプ氏に弱腰を見せれば有権者の反発も。
      トランプの望む米国乳製品への市場解放が焦点。カナダとの交渉が難航した場合、
      カナダなしの新NAFTA発効も。その場合、カナダからの輸入車に25%の高関税
      の脅し。

   ー9.2   再交渉は、合意期限としてきた8.31.に決着できず、9.5に再協議。トランプ氏は
     メキシコとの2国間協定に先行署名すると議会に通知。強硬姿勢。
     日本は、トヨタのベストセラーSUV「RAV4」はカナダ産。生産40万台のうち20万台
     はカナダからアメリカに供給。レクサスもカナダで生産。影響は大。

   ー9.3.  カナダとの妥結は遅れ、分裂リスク↑。
     米国とカナダの通商関係はメキシコより深い。米国のモノ輸出最大はカナダ
     (2827億ドル)五大湖をまたいでサプライチェーン。米国に輸出するカナダ車の
     部材5割以上は米国産。米国の対カナダ貿易赤字は173億ドル(メキシコ711億ドル)
     本来、通商で摩擦はなかったが、2017.8開始のNAFTA再交渉で、Buy American義務
     づけ要求以来摩擦↑。例、カナダ木材などを不当廉売として多額の制裁関税付加。

    ートルドー首相は、2018.5.再交渉の合意に向け、乳製品の市場開放で譲歩しかけ、
     カナダ産業界から猛烈な弱腰批判。土壇場で譲歩撤回。ワシントン入りも見送り。
     与党自由党の支持率39%や↓。野党と逆転。

    ー追い討ちはアルミの輸入制限。カナダで直後開催のG7サミット。トルドー氏は
     「侮辱的」と対米批判。トランプはG7閉幕前にカナダを去り、機上から「首脳
     宣言を承認しない」と非難。トルドー氏のトランプ批判で、支持率↑。トルドー氏
     基盤のケベック州はアルミ産地。カナダ流自国主義に同調不可避。任期切れ近い
     死に体のペニャニエト政権とは違い、総選挙控えるトルドー政権の命運はNAFTA
     再交渉にかかる。

    ー9.13.  米国とカナダ9.11にNAFTAめぐる閣僚会議。再交渉の決着期限は9月末。
     両国とも決裂は避けたい。トランプ氏は中堅選挙で選挙民向けの成果望む。
     カナダはNAFTAの恩恵がなくなるのは困る。
    ・カナダとの交渉(妥結or未決)のタイミングは日米交渉にも影響。カナダが
     うまくいけば、またはうまくいかなければ、日本との交渉で成果求める?

 3.  トランプ政権のWTO批判と妨害
    ー米国は8.27. WTOに対し、9月に任期切れとなる上級委員の再任拒否伝達。
     WTOの紛争解決手続は二審制。まず提訴した国は相手国と二国間協議。60日以内
     に解決できねば、一審に相当する紛争処理小委員会(パネル)の設置要請できる。
     その結果が不服なら、最終審にあたる上級委員会に上訴。
    ・上級委員は7人定員。WTOは原則加盟国(164)全会一致方式。米国が拒否すると
     上級委員の選定進まぬ。9月末にはモーリシャス出身委員の任期切れ(任期は4年)
     一件を3人で審理。現在7人定員のうち9月末には3人に。機能不全。

                ー上級委員会が危機。委員定員の7人のうち3人が空席。任命や再任は加盟国全会の同意が
    必要。しかし米国が拒否している。9月末には4人の一人が任期。本人は再任希望。
    しかし米国が拒否。代わりの委員も任命されていない。このまま昨日不全がつづけば
    19年12月にも委員は一人に。WTOは審理は3人なので、上級委員会は機能しなくなる。

   ー多くの国がトランプ追加関税を提訴。しかしこのように機能不全なら米国には影響なし。
   ー8.15:Barry Ikengreen教授。中国の行動パターンを変えるのは有効な目標。
     しかし、トランプの高関税戦術は機能しない。各国が連帯してWTOのルール改善  
     が最善の道。

   ー9.4.  WTOアゼベド事務局長は、WTOに批判的な米国と対話しつつ改善の余地あり。
     特に全加盟国・地域の全会一致原則は改善の余地あり。

Ⅶ.   貿易戦争の行方と世界経済


 1.  破天荒なトランプ攻勢
   1)経済原理と理論の無智
   ートランプ大統領は、18世紀型の”重商主義”信奉者。これは貿易でより多くの黒字
    を獲得した方がそれだけ経済が成長するという単純な経済観。これは足し算引き算
    だけのゼロサムの世界観で、今日の経済学を知る人は誰もこのような誤った理解は
    持たない。

   ー国際経済学のみならず経済学入門でも最初に習うのは”比較優位”の原則。経済を
    構成する人々や国々が自分の得意の分野に特化して最高の生産性を上げ、お互いに得意
    を生かして交換すれば経済全体が成長し構成員も成長するという理論。これが開放的な
    国際貿易の論拠である。トランプ氏はPennsylvania Universityの学位を持つというが
    本当に勉強したのか疑問だ。

   2)二国間交渉とDeal
   ートランプ氏は経済的な競争条件を決める上での、多国間の協議を嫌う。1対1の
    勝負を好む。彼はそうした勝負の駆け引きをDealを呼ぶ。多国間協議では多くの
    国々すなわち最大多数にとってより良い結果が求められる。トランプ氏は1対1の
    Deal で勝ち、自分だけがより良い結果を得ることを好む。Dealに勝つためには
    情報も重要だが、脅しや騙しも有効だ。トランプ氏はそうした禁じ手を活用する。

3)  選挙と貿易戦争

   ートランプ氏が追求してやまない目標は、選挙で勝つことだ。彼は2016年11月の
    大統領選で、民主党のクリントン候補に勝って大統領になったが、歴代の大統領では
    もっとも不人気だったし、今も4割の支持を確保しているに過ぎない。彼は2020年の
    大統領選に勝って大統領職を二期つづけることを最大の目標としている。

   ーそのためには、まず2018年11月の中間選挙で与党共和党を勝たせなくてはならない。
    一方では、彼のロシア疑惑の調査がつづいており、少なくとも共和党が上院の過半数を
    占めなければ、彼はロシア疑惑で弾劾される恐れもある。彼は貿易戦争も北朝鮮対応も
    全てそれらの選挙の勝利のために最大限利用しようとしている。

 2.  世界経済への影響
   1)サプライチェーンの波及効果
   ー今日の世界経済では、情報が行き渡っているので、世界のどこで生産しどこで売れば
    最大の利益を得るかは見通しやすい。多くの企業は世界の有利な国や地域で、有利な
    協力者と組んで生産体制を構築している。サプライチェーンである。

 
    ートランプ政権は中国から米国への輸出品に高関税をかけているが、実は中国は
     世界のサプライチェーンの中では比較的最終段階(組み立て段階)に位置している
     ので、高関税は中国製品の付加価値には大きく影響しない。最終製品に占める中国
     の付加価値は1~2割ていど。対中高関税は、したがってサプライチェーンを通じて
     中国の最終製品を構成する世界の多くの国々の産品に影響を及ぼす。アメリカの中国
     攻撃は実は世界諸国への攻撃となっており、時間の経過とともに高関税のネガティブ
     な影響は世界に波及し、拡散する。

   2)米金利引き上げと貿易摩擦
    ーリーマンショックから続いた超金融緩和を脱却したアメリカ連銀はこの2年ほど
     金利引き上げを進めている。とりわけトランプ政権下で経済加熱が懸念されるなか
     でJay Powell議長率いるFedは金利引き上げのペースを早めている。アメリカ国内
     経済の金融面からの調節としてはそれは肯定されるだろうが、ドル金利の引き上げ
     は債務を抱えた低所得、弱小国にとっては深刻な打撃だ。これらの国々では債務が
     膨張し、ドル資金が米国に流れるので、通貨価値が下落し、不況が深刻化している。

    ートランプ発貿易戦争は、こうした弱小国の困難を増幅する。これらの国の産品への
     高率追加関税は、それでなくても弱い競争力を一層弱め、通貨価値の下落を加速し、
     インフレを増長する。

    ートルコは相当の経済規模をもつ地域大国だが、米金利引き上げによる資金流出で
     リラの価値が急速に減価してきたところに、アメリカと政治対立して、経済制裁を
     受け、経済はたちまち破滅的な苦境に陥った。

    ー多くの債務国や弱小国は、このような劇的な危機に直面しなくても、上述のサプ
     ライ・チェーンの網の目に組み込まれている限り、米中の関税報復戦争の余波を
     受けざるを得ない。そうした多くの経済が破綻に瀕すれば、それらの地域の需要
     が縮小して、世界経済の減速、縮小を助長することになる。

  3)世界経済萎縮のおそれ
   ートランプ発貿易戦争が米中の報復関税スパイラルを震源として両国のGDPを次第に
    縮小していくことは目に見えている。その縮小効果は上記の、サプライチェーンによる
    国際分業を通じて世界に波及し、また、米金利の引き上げによる債務国や弱小国の
    困難の深刻化を通じてさらに世界経済の縮小を促進する。

   ーIMFは、貿易戦争で、米国と中国の実質経済成長率が、2019年にそれぞれ最大で
    0.9%程度下押しすると分析した(9.24)。駆け込み需要で現在は堅調な中国の輸出
    も、2018冬以降は腰折れの恐れが大きい。

 
   ークルーグマン教授はトランプ発貿易戦争の最終的な効果を分析した結果、世界貿易量は
    70%縮小する可能性があるが、GDPの縮小は3%ていどにとどまるとした。
   ・クルーグマンの分析結果について、Martin Wolf氏は、これは一般均衡分析という抽象的
    な前提の世界での分析であり、世界経済の仕組みが変化する過程での混乱や不確実性を
    考慮していない。貿易戦争の結果、国際競争が停滞すれば競争による経済の活力が
    失われ、また貿易戦争による国際的な嫌悪感や過度な自己防衛傾向が強まれば、世界
    経済の縮小傾向はさらに増幅の可能性があると指摘。

 3.  米中の覇権闘争
   1)覇権国の被害者意識と傲慢
           ー歴史を振り返ると覇権国はつねにその覇権を維持しようとし、追い上げてくる国を
     蹴落とそうとする。こうした覇権闘争は古来より”ツキディデスの罠”として知られて
     いる。近代でも英国とロシア帝国の覇権闘争は19世紀の”Great Game”と言われた。

    ー第二次大戦後は、アメリカがパックスアメリカーナの盟主となって強大な覇権国と
     なったが、アメリカは冷戦の対極となったソ連を包囲し、結局、40年かかって崩壊
     させた。1980年代、経済的にアメリカに肉迫した日本を、アメリカは1985年のプラザ
     合意などの締め付けで、結局バブルの形成と崩壊に追い込んで、脱力させている。
    ー朱建栄教授は、これを”6割法則”と呼んでいる。「米国は世界ナンバーワンの覇権を
     守るために、ナンバーツーの追い上げを絶対に許さない行動パターンを持っている。
     それは6割法則と言われ、旧ソ連や日本が6割に追い上げた時点でなりふり構わぬ攻撃
     を受けて蹴落とされた。中国は今まさにそこに差し掛かっている」と見る。  

   2)屈辱の歴史と中国夢
    ー一方、中国の観点からは別の世界観が示される。中国は古代から近代まで東洋の圧倒
     的な超大国であり、文化の中心であり、最大の覇権国だった。ところが、18世紀後半
     から産業革命を達成して経済力、軍事力をつけた列強が、東洋の植民地化による収奪
     を図り、多くの国々が侵略、侵食された。

    ー中国は特に1840~42年のアヘン戦争と1856年のアロー号事件で、イギリスに事実上
     植民地化され、欧米列強が相次いで中国に利権を設定し、つづいて20世紀前半には
     日本によって蹂躙されるに至った。中国は第二次大戦では戦勝国となったが、2049
     年に毛沢東率いる共産党によって現在の中国が建国された。

    ー中国は1980年代以降、鄧小平の指導による積極的な開放改革戦略で目覚ましい
     発展を遂げた。鄧小平は事実上の超大国への道を急進するこの期間、”韜光養晦
     (爪を隠して内に力を蓄える)という路線を堅持した。しかし、2012年、国家主席
     に就任した習近平は、中国の力を内外に誇示する戦略に転換した。

 
    ー習近平は、盛んに”中国夢”を唱え、中国は今や、アヘン戦争以来170年の屈辱の歴史を
     乗り越え、中国人民にふさわしい世界の大国、強国になるのだと国民を鼓舞した。
     そのキャッチフレーズが”中国夢”である。外に向かっては、習近平主席は、2013年
     にオバマ大統領に「新型大国関係」の樹立を提案、また、ユーラシア大陸を包み欧州
     に陸塊で接続する「一帯一路」戦略を、AIIBという国際投資機構も構築して強力に
     推進している。

    ー朱建栄教授によれば、中国のこうした変貌を遅ればせに認識したアメリカについて
     「わずか4~5年前まで中国の台頭を余裕をもって接していた米国は、ここにきて、
      相手の追い上げが予想以上に急であること、トランプ政権の「不可測性」にもより 
      本気に脅威を感じ始めたことは事実。米国はいつもはのんびり構えるがいざ慌てた
      ら極端に走る」と評している。

    ー習近平政権が追求する”中国夢”は、170年間の屈辱の歴史の克服と払拭そして欧米列強
     の歴史的横暴に対するリベンジであり、中国人民の国家的復権をめざすものである
     以上、それは実現せねばならぬ国家の基本戦略である。それを実現する最大の基礎は
     経済力、特に質の高い競争力に裏打ちされた経済力である。その戦略の重要な一環と
     して、中国政府は「中国製造2025」というビジョンそして工程表を提示した。

 4.  習近平政権の強国構想
   1)「中国製造2025」
           ー中国国務院が2015.5発表の産業政策『「中国製造2025」は、次世代情報技術や
     ロボットなど10の重点分野を設定、製造業の高度化をめざす。
         ー中国は建国100年の2049に「世界の製造強国の先頭グループ入り」をめざす。
          「中国製造2025」はその長期戦略の第一歩。
   ・第一段階(15~25)目標:世界の製造強国の仲間入り。
    中国は規模は大きい(米国以上)が、強くない。技術革新力、資源の利用効率、
    産業構想などで先進国に遅れを認識。
   ー中国は単なる目標というが、事実上の必達国家目標。巨額の補助金、金融支援、
    政府調達の優遇などで推進。

   2)建国100年強国構想
   ー中国は、2021(共産党創設100周年)を念頭に、
     2020:小康社会の全面完成
     2035 :社会主義現代国家建設
     2049(中華人民共和国建国100周年):社会主義現代化強国。
    ・そのためには創新(イノベーション)が基本戦略

   ー製造強国への工程表
     1. 第一段階(2015→2025):製造大国(規模)→製造強国の仲間入り
     2. 第二段階(2025→2035): →製造強国の中等水準
     3. 第3段階(2035→2049): →製造強国の先頭グループへ躍進。

 5.  破局シナリオか破壊収束か
   1)報復闘争の限界

   ートランプ発貿易戦争が勃発して以来、米中は3ラウンドにわたる関税の報復合戦を
    してきた。

 
           米国          中国
      年間輸入額(2017) 5000億ドル     1300億ドル
      第一弾(7月6日)   340                          340
      第二弾(8月23日)  160                           160
      第三弾(9月24日)  2000                          600
       合計        2500                        1100
 
     これを見てわかるように、米国は中国からの輸入総額5000億ドルの半分にあたる
     2500億ドル分に相当する中国輸出品に高追加関税をかけた。これに対し、中国も
     3回にわたり報復関税をかけたが、その総額は1100億ドルにのぼり、それは米国の
     対中輸出品総額1300億ドルの84%に達する。もしこのような関税報復を続ける場合、
     アメリカはまで2500億ドルの余裕があるが、中国は200億ドルしかなく、弾切れ状態
     に近ずいているということだ。

   ートランプ大統領は、最終的には、2670億ドル上積みし、中国からの輸入品(2017年
    5050億ドル)全てに追加関税をかける用意があると述べている。そうなると中国は
    関税では報復できなくなるので、不買運動や非関税障壁などで対抗するしかない。
   ーかりにトランプ氏が中国からの輸入品全てに追加関税をかける事態になると、中国の
    米国向け輸出は中国の輸出総額の約2割だから、その全額に15~25%もの高額追加関税
    がかかるとなると、中国の対米輸出額の縮小は、中国経済全体にとっても相当の減少
    効果をもたらすと予想される。その影響は時間の経過とともにボディブローのように
    効いてくるだろうし、また、中国に集中している世界のサプライチェーン全体への
    波及効果はそのマイナス効果をさらに増幅すると考えられる。こうした事態が想定
    される中で中国にはどのような対応策が可能か、またどのような対抗策をとるのだ
    ろうか?

 2)中国の「以戦止戦」方針

   ー中国は2018年6月頃から「以戦止戦」の戦略方針に転換したと上述した。「以戦止戦」
   とは、戦いを止めるのにどうしても必要なら戦いをしても良い、その結果、活路も見えて
   くる、という中国古典、春秋時代の兵書『司馬方』に描かれた戦略思想である。

  ー中国の政府当局がこの方針を決断するに至ったのは、トランプ政権の身勝手、前言変更
   かつ高圧的な対応にたいして、2018年6月頃から、戦う以外ない、という判断に傾いた
   ことがある。中国はトランプ政権が米中の貿易収支の大きな差に強い憤りを持っていた
   ことは察知しており、2017年4月、並びに11月の首脳会談に、多額の米製品購入計画を
   提示した。また、2018年3月以降、トランプ氏が鉄鋼・アルミニウム追加課税を発表し、
   さらに中国の”知財侵害”を理由に、全般的な制裁関税の発動を指示し始めた段階で、
   中国側は、米国産品の特別買い付けや、米国などからの輸入品への関税引き下げ、
   さらに米国企業の対中投資額の上限撤廃(当面は金融業)など、さまざまな譲歩案を
   提案した。

  ーしかし、5.3~4、北京で開催された第一回米中通商協議に際して米国側が突きつけた
   要求は、あまりに一方的、高圧的で、とても対等の独立国家間の要請とは思えず(Martin
   Wolf)あたかもアヘン戦争当時を彷彿とさせるようなものだった。それでも交渉の結果、
   団長のムニューシン財務長官は、高関税追加を当面 ”holt(休止)”するとした。同氏は
   中国側の譲歩や建設的対応をそれなりに評価し、高関税の応酬といった破壊的な事態の
   進展を避けようとしたものと思われる。

  ーところが、その直後、トランプ氏は、こうした一時休止の合意を全く無視して、対中
   高額追加関税案を発表した。その背後には、ホワイトハウス内の対中強硬派である
   ナバロ通商政策補佐官やライトハイザー通商代表の働きかけがあったようだ。中国側は
   トランプ政権のこうした前言無視を繰り返す乱暴な対応に強い不信感を抱いて
  「以戦止戦」方針を採用したものと思われる。その「以戦止戦」戦略の中味は何か?

  ー一方、中国は、トランプ発貿易戦争の掛け声の下でも、高追加関税の発動までは、駆け
   込み需要で対米輸出が短期的には増加したが、発動の効果が行き渡ると輸出は減退し、
   それが中国経済全体にマイナスの効果をもたらし、景気後退につながる恐れが大きい
   ので、中国政府は財政出動や金融緩和など短期的な対応を取り始めている。しかし
   「以戦止戦」戦略の基本は、アメリカから中国企業への技術移転がますます困難になる
   中で、中国が自力開発で、イノベーションと製品・サービス開発を進めて、高い生産性
   と高い品質をもつ産業と経済構造を構築していくことだ。これは時間のかかるプロセス
   だが、建国100年をめざして経済強国になるにはそれしかない。アメリカ以外の国々と
   連携・協力を密にし、国内産業の質的向上を進めることが肝要だ。

  3)相互破壊か収束か

  ー現在、トランプ氏は一方的な最終勝利を信じて?猛進しているが、これから先、どの
   ような展開になるのだろうか?シナリオは?想定外の事態は?そして決着があるのか、
   を考えて見たい。

  ートランプ氏の猛進は、先にリスクがないわけではない。アメリカ経済が当面は好景気な
   ので、トランプ政権はこれまでは遮二無二、中国はじめ対米輸出国に懲罰的な関税を
   かけているが、これは時間の経過とともに、アメリカの消費者や産業に、輸入物資の価格
   高騰と供給不足をもたらし、国内経済にマイナスの効果をもたらすハズである。それは
   アメリカ国民にとっても、トランプ氏の支持者にとっても歓迎できない事態なので、
   トランプ発貿易戦争は実はアメリカから見ても無限に続けられるものではない。

  ーしかも歴史的には、アメリカの政権が輸入課徴金や高関税をかけて失敗した前例がある。
  ・1971.8. ニクソン政権は突如10%の輸入課徴金導入。ベトナム戦争で信用不安に陥った
   ドル救済のためだったが、しかし、”ニクソンショック”で相場が混乱したため、ドル
   切り下げと同時に輸入課徴金も撤回に追い込まれた。 
  ・ブッシュ政権は2002年、鉄鋼に最大30%の高関税を発動した。しかしITバブル崩壊で景気
   が低迷。輸入制限では逆に20万人の雇用が減退したため、撤回せざるを得なくなった。

  ーまた、トランプ政権は、現在、一方的に中国を追い込んでいるが、中国が現在、アメリカ
   国債の最大保有国ということも留意しておく必要がある。その額は約1兆1800億ドル。
   もし中国がこれを売却すれば、アメリカの長期金利は急騰し、アメリカ市場の株価は
   暴落し、米ドルも急落して、アメリカはじめ世界経済は大混乱に陥る可能性がある。
  ー中島精也氏は、その可能性に言及しつつも、それは全面的な金融戦争の引き金を引くこと
   になるので、中国はその手は使わないとする。またもし中国が売却を図れば、米国は1977
   成立の「国際緊急経済権限法」により、中国保有の米国債を保護預りしている証券会社に
   命じて米国債を凍結して売却阻止もできる。それこそは本当の戦争につながるリスクなの
   で現実的には国債売却という禁じ手はあり得ないとされる。
  ・しかし、中国が深刻な窮地に追い込まれるような場合には、国債売却が俎上に上がる
   リスクも想定しておくべきかもしれない。

  ー金融面からのリスクについて、ハーバード大学のロゴフ教授は、トランプ大統領は利上げ
   を好まない。大統領選のある2020年頃に、ツィッターでFRB攻撃を始めないか心配だ。
   もし見境もなくFRB攻撃をすれば、インフレ急進し、株式相場は急落して米国経済は大き
   くつまずく。米国で景気後退が起きれば、財政赤字は2兆ドル近くに拡大。金融政策も財政
   政策も柔軟に対応できない。大量の米国債を保有して米財政赤字を支える中国は、貿易
   戦争でそこを狙うだろう、と危険なリスクを指摘している。
  ー貿易戦争のチキンレースの限界は見えているが、その後の展開については、上述のように
   多くの不可測要因とリスクがある。

  ー中国が歴史的覚悟を持って経済強国化への道を進むことはほぼ所与のシナリオと思われる
   が、利に聡いトランプ氏が選挙民の反応を見て、休止や収束の手を打つ可能性は否定でき
   ない。

トランプ発 貿易戦争(1) 

Ⅰ.   はじめに

 ー今、世界中が最も関心を持って注視しているのは、アメリカのトランプ大統領が中国はじめ
  世界諸国に一方的に仕掛けている高率の追加関税の問題ではないか。トランプ氏はこれまで
  世界で協議して合意してきたWTOの国際ルールも無視して”America First”を掲げ、無法な
  攻勢で世界に”貿易戦争”ともいうべき波乱を巻き起こしている。

 ーこの追加関税攻勢は、貿易量を萎縮させて世界経済を収縮させる危険があるが、それは当の
  アメリカにも消費や生産活動に必要な輸入品の減少と物価の高騰をもたらす弊害がある。
  中国は大国のメンツにかけて報復関税で応じているが、このチキンレースはいつまでつづく
  のか、これからどのように展開するのか、世界経済にどのような影響・衝撃をもたらすのか、
  収束あるいは終着点はあるのか、など切実な関心は高まるばかりである。そうした疑問に
  答える手がかりを得るために、これまでの貿易戦争の事実を詳細に辿って整理してみたい。

  ー2018年9月24日、トランプ政権は、中国に対して、制裁追加関税の第3弾を発動した。それは 
  約2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に10%の追加関税を課すものだが、中国も600億
  ドル相当の米国製品に5~10%を上乗せする報復関税と即日実施した。両国の貿易戦争は
  お互いの輸入品の5~7割に高関税を課す危険な領域に入った。今回、米国が発動したのは
  家具、家電など多くの消費財を含む5745品目。消費者への影響も大きい。

 ートランプ大統領はさらに、中国が報復をつづけるなら、この第3弾とは別に、中国からの
  輸入品2670億ドル(約30 兆円)相当に新たに関税をかける用意があると表明している。
  これまでの制裁関税にこれを加えると、総額5170億ドルの輸入品に追加関税をかけること
  になるが、それは2017年の中国の対米輸出総額5050億ドルを上回る。

 2.  どこまで行くのか
 ーこの貿易戦争はいったいどこまで行くのだろうか?アメリカと中国はこれまで3回にわたって
  高追加関税の応酬をしているが、アメリカは中国から年間5000億ドル強の輸入をしているの
  に対して中国はアメリカから1300億ドル程度の輸入である。

 ー今回、互いの第3弾までの応酬で、アメリカは中国からのほぼ半額に相当する輸入品に追加
  関税をかけることになるが、中国の報復関税はすでにアメリカからの輸入品の8割以上に
  及ぶことになる。言いかえれば、中国はこれ以上、関税で報復することは難しくなる。
  それでは中国はこのチキンレースに敗退するのか。事態はそう単純ではない。

 ー中国は、鄧小平氏の時代に開放改革戦略で目覚ましい成長を遂げたが、習近平主席は鄧小平
  氏の韜光養晦路線を脱却し、”中国夢”のスローガンのもとに、170年の屈辱の歴史を克服して
  あからさまに世界強国への路線に邁進しており、簡単に引き下がることはありえない。関税
  追加が難しければ、非関税障壁も不買運動もありうる。ちなみに、中国はアメリカ国債の
  世界最大の保有国なので、もしそれを売却にすれば、米国の金利の高騰、株価とドルの暴落
  など世界は大混乱になるからそれは禁じ手だが、脅しにはなるだろう。

 3.  世界経済へのインパクト
 ー米中の対決は、米中の経済だけでは収まらない。現代の世界は中国を大きな核とする”サプ
  ライ・チェーン”で包まれており、米中の関税報復合戦は、実は、このサプライ・チェーンに
  部品や製品を供給する世界諸国に影響する。

 ーまた、このところ、アメリカが金利引き上げを続けているため、リーマンショック後、
  アメリカをはじめ世界諸国の金融緩和、財政出動で世界に散布された資金がアメリカに
  還流しており、低所得国の通貨下落、債務国の債務膨張が進行している。貿易摩擦はそう
  した苦境を増幅しており、これらの国々の需要の収縮が世界経済の低迷に拍車をかける
  という負の悪循環が波及している。

 4.  着地点はあるのか?
 ー貿易戦争が引き起こすこうした混乱や悪循環はどこかで収束するのか、着地点はあるのか。
  それは誰もが知りたい切実な問題だが、それは米中の指導者の認識や覚悟、また自国経済
  のみならず、世界経済の動向、また、不可測の事象など、多くの要因に左右される。この
  エッセイではその問題を考える手がかりを整理して提示したい。

 5.  日本の対応は?
  ーまた、この貿易戦争に日本はどう対応すれば良いのか。トランプ氏が世界に押し付けた
   鉄鋼とアルミニウムへの高追加関税の段階では、日本は高品質の鉄鋼をアメリカに輸出
   しているので、関税で価格が上昇しても数量への影響は限定的だったが、9月末になって
   トランプ大統領は、自動車への高追加関税を日本に対しても課税する姿勢を明確にした
   ので、トランプ氏が本気なら日本は重大な局面に入ることになる。この問題も考えたい。


Ⅱ.  トランプ氏のこだわり

 1.  2016選挙戦中の公約
  ートランプ氏は2016年選挙戦中から、保護主義的な主張を繰り返し強調していた。
  ー中西部や南部ラストベルトの選挙民にたいし、彼らの雇用機会(job)は中国や
   日本に騙し取られている。俺はそれを取り返してやる
   ”Your jobs have been ripped off and shipped off to China and Japan. I will
            get them back to you guys”
       ー以下のような主張:それは事実上の公約。選挙民はそれを信じて投票?
    ・NAFT見直し
    ・TPP離脱と二国間FTA主張
    ・中国を為替操作国と認定して45%関税
    ・米企業の海外移転を止めるための国境税
    ・対米黒字国に対しダンピングや非関税障壁など不公正貿易への対抗措置として高関税
     等々の保護主義主張。

 2.  トランプ流重商主義
   ートランプ氏の経済観は独特な重商主義。
   ・重商主義は16~18世紀の欧州の急速な経済発展期に、英国やオランダなど海洋国家が
    輸出を輸入以上に伸ばして国富を蓄積し、経済成長→発展を促進しようとする考え方。
    これはその後、帝国主義と植民地収奪の源流となった。トランプ氏はそれを現代の世界
    で追求しようとしているように見える。
   ・帝国主義時代の末期1930年代に、この考え方は列強の排他的関税戦略から第二次世界
    大戦の引き金となり破綻。戦後は、比較優位に基づく特化と開放的な貿易による世界
    経済の発展が、世界諸国の発展にもつながるという考え方が主流となり、開放的な
    国際貿易と国際協調による世界経済発展が志向され、大きな成果を挙げてきた。
   ・そうした国際協調による世界的な発展戦略を主導したのがアメリカだった。
   ・トランプ氏はそうした歴史も実績も理論も知らず、これまでのアメリカが主導して構築
    してきた国際協力の仕組みを破壊している。

 3.  異形のトランプ政権
  ートランプ政権は、これまでのアメリカ政治史上に類例を見ない特殊な政権。予測不能で
   かつ独裁的なトランプ氏が専横を振るう政権であり、その実態は互いの猜疑、密告、中傷
   と激しい勢力闘争で明け暮れている模様。その実態は、ベストセラーになったMichael
         Wolf “Fire and Fury”, Bob Woodward “Fear”などでも詳細に描かれている。

  ー貿易戦争の観点からは、この政権の中で、対中強硬派であるPeter Navaro 大統領通商
   補佐官とRobert Lighthauser USTR代表の役割が突出して大きいこと、また貿易交渉は
   閣僚レベルで合意しても、トランプ大統領にひっくり返されかねない不確実性が、とり  
   わけ留意すべき特質。

 4.  2018年から関税攻勢本格化
  ートランプ氏は、2017年は選挙公約を実現するため多くの大統領令を発令し、世界にかなり
   無謀な結果と被害をもたらした。
  ーまた、彼が主張した経済政策では、大型減税、大規模インフラ投資、高関税による雇用
   機会の確保が主な3つの柱。このうち議会工作が必要な大型減税を実現するのに2017年
   の大半を費やした。関税戦略は2018年に入って本格的に着手した。特に2018年3月に
   言明した鉄鋼とアルミ輸入品に対する大幅追加関税がその端緒となった。

Ⅲ.   鉄鋼・アルミへの高追加関税

 1.  安保理由の制裁関税
  ー2018.3.1. トランプ氏は鉄鋼とアルミの輸入増が安全保障上の脅威になっているとして
   輸入制限を発動する方針発表。鉄鋼25%、アルミ10%。

  ー米通商拡大法232条。これは1962年に制定。産品の輸入が米国の安全保障を脅かす
   恐れがある場合。これまで、79年の対イラン原油輸入禁止措置、82年の対リビア原油
   輸入禁止措置のみ。日本や欧州など同盟国にも適用する米国の主張に正当性があるか疑問。
  ー3.8 トランプ大統領は、鉄鋼とアルミの輸入制限する文書に署名。
  ・関税上乗せ措置は23日から発動。
    当面、カナダ・メキシコ除外(NAFTA交渉に関わるので)
  ・通商交渉や軍事負担でアメリカに譲歩した国は適用を除外する考えも。

 2.  同盟国へも課税
  ー中国の供給過剰に照準を合わせているが、一国だけ特定しても迂回輸出などで世界中に
   かかわるので、全ての国や地域に適用の考え。
  ・3.4.:与党共和党批判↑。特に国家経済会議コーン委員長は、政権内で関税反対の立場
   コーン氏辞任の観測も。(その後、辞任)      
  ・アメリカ産業界は負担増で競争力損なうと発動見送りを要求。
  ・中国、必要な対応とる(王毅外相)

 3.  諸国の批判・対応とトランプ政権の関税発動
  ー3.19  G20(財務相・中央銀行総裁会議)がブエノスアイレスで開幕。
     関税引き上げに批判集中。米国は強気で対決。
   ・主な輸入相手のEUやカナダなど7ヶ国・地域は関税適用を一時的に猶予。
    中国、日本は適用。
   ・日本政府は日本を適用対象から外すよう求めてきたが通らず。首脳の個人関係限界。

  -3.23. トランプ政権は、鉄鋼、アルミへの高付加関税による輸入制限を発動。
     対象は、最大で600億ドル(6.4兆円)
   ー3.22. トランプ大統領は知的財産権の侵害などを理由に中国製品に関税を課す
     大統領令にも署名。500億ドル相当の中国製品に高関税をかける制裁措置表明。
   ー米通商法301条に基づき、米国は外国による不公正な貿易慣行に対し、調査した
     うえで、一方的に制裁措置を発動できるとしている。
   ・これは1980年代から90年代初頭、主に日本市場の閉鎖性に制裁を加える手段として
    適用された。95年にWTO協定が成立し、WTO紛争処理に付託して紛争を解決する
    ことが義務付けられた。近年、米国は通商法301に基づく一方的な制裁を控えて
    きた。しかし、今回中国にたいして発動されている追加関税は、WTO紛争処理を
    経ずに一方的に発動されており、WTO協定に違反する可能性が高い。

  ー韓国文政権とFTA再交渉妥結を3.27発表。交渉開始から3ヶ月のスピード決着。
     内容:
     ・アメリカピックアップトラックの関税撤廃期限の延長
     ・米国安全基準適合車の韓国輸入台数枠を2倍に
     ・競争的な通貨切り下げを禁ずる為替条項導入。
     ・韓国の鉄鋼輸出の数量を制限するクォータ制導入。
       (事実上の数量規制はWTOのルール骨抜きの危険。価格競争力をつけても制限)


Ⅳ.   中国知財侵害への制裁関税

 1.  ナバロペーパー
  ーナバロ氏の主張
  ・世界貿易はペテン師にやり込められている。中国は最大のペテン師、米国にとって最大の  
   貿易赤字国。
  ・1947から2000年まで米国の平均成長率は3.5%。2002以降は1.9%、
   その一因は中国のWTO加盟だ。
  ・トランプ政権は我慢しない。貿易の不正がつづくなら防御的な関税を課す。

  ーナバロ・ペーパー(2016.9)
  ・貿易赤字解消でGDP押し上げ
  ・中国のWTO加盟で米成長率が低迷
  ・為替操作があれば報復関税課す
  ・中国が世界貿易で最大のペテン師
  ・関税は貿易不正をやめさせる交渉手段
  ・不正が止まらないなら関税を発動
  ・貿易赤字が減れば給料も↑インフレを相殺できる
  ・韓国、ドイツ、日本には原油や天然ガスの輸出増を要求。

 2.  USTRの調査報告書
   ーUSTRの調査では:1.中国進出の米企業が不当な技術移転を求められたり、
     2. 米企業の買収に中国政府の資金が使われたなどの「知的財産権の侵害」結論。
   ー技術移転の強制懸念:米政権が主張する中国の4 つの手口
     1.  外資規制で技術移転を強要:
       EVなどの中核技術を中国企業との合弁会社に移さないと事業できず。
     2.  技術移転契約で米企業を差別的扱い
       米企業が中国企業に技術供与契約を結ぶとき、中国企業間ではかけない厳しい
       規制をかける。
     3.   先端技術を持つ米企業を買収
        中国企業が特許侵害で争う米プリンター大手を買収。中国政府が資金支援。
     4.   米国企業にサイバー攻撃
        人民解放軍の攻撃を受け、鉄鋼や原発など米企業から情報漏洩。

    ー4.3.  USTR:知財侵害に対して発動する制裁関税の原案公表。1300品目
      制裁項目:生産機械、航空宇宙輸送機器、重工業、医療機器、部品、電化製品
      対象外:スマホ、PC,タブレット端末、AIスピーカー:消費者への影響考慮。
    ・4.5:中国製造2025を狙い撃ち
      産業用ロボット    105億ドル
      航空機、通信衛星    10
      船舶・タンカー    1600
                  鉄道車両、部品     2.5
       乗用車、商用車    20
       タービン・発電機   70
       農業機械       11
       化学品        92
       超音波診断装置など  47

 3.  ZTE事件
   ー4.16. ZTEに制裁。米企業との取引禁止。
   -4.27:米政府は、中国通信機器大手の中興通訳(ZTE)の制裁につづき、同最大手の
     華為(ファーウェイ)にも圧力↑。FWはZTEの5.5倍売り上げ。
     ZTEはイランとの違法輸出で米企業と7年間取引禁止。
     FWには、イラン違法輸出の疑い、スパイ活動懸念で米通信会社の調達禁止。
   ー5.14  トランプは習近平主席の要請を受けて、ZTEの米企業との取引禁止の見直し指令。
   ー5.25、トランプ氏は、ZTEへの制裁を見直すことで習近平主席と同意したと
     Fox TVが報道。ツィッターへの投稿では、13億ドル(1400億円)の罰金
     支払い条件に、米国企業との取引禁止を解く方針示した。しかし議会など
     では安全保障への懸念から反発強い。 
   ー6.6.  米政権は、ZTEへの制裁解除の見通し。ZTEはこの2ヶ月経営危機。中国スマート
    フォンメーカー問題が米側の交渉カードになった。米政府は中国側に、制裁解除の
    条件として最大14億ドル(1500億円)の罰金、現経営陣の退陣、米国による事業監視。
    (罰金:10億ドル=罰金、4億ドル=新たな違反時に没収する預け金)、また2017に
    9億ドルの罰金。合わせて23億ドル。 
   ー6.9  米国はZTE制裁解除の条件で、予想以上の成果で自信?
     ロス商務長官「過去最大の懲罰金」
    中国は今回の教訓を踏まえ、基幹技術の自前開発を急ぐ構え。

 4.  第一回米中通商協議(2018.5.3~4)
   -5.3~4:ムニューシン財務長官、ライトハイザー通商代表、ロス商務長官ら。
     訪中して通商協議。公式交渉
      ー5:3~4の通商交渉で米国が中国に突きつけた要求は馬鹿げている(M.Wolf
        FT 5.9)。
       ・1000億ドルの赤字(imbalance)を2018.6.から12ヶ月以内に削減
        さらに1000億ドル(11兆円)を2019.6から12ヶ月で削減。
       ・中国は過剰生産につながるあらゆる補助金を全面撤廃。
       ・中国は米企業から不当に技術を獲得するすべての手段を撤廃 
       ・中国は米国の輸出規制法に同意する。
       ・中国はWTOに対する関税や知財に関するすべての訴えを取り下げる。
       ・中国は米国が採択するあらゆる政策に対する報復をしない。
       ・中国は米国のハイテク分野への投資に対する米国の制限や処罰に反対せず
       ・米企業の対中投資に対して中国は完全な自由を提供する。
       ・2020.7までに、中国はハイテク以外の分野での関税を米国と同等に引下げる。
       ・協定は四半期ごとにモニターされる。もし米国が中国は忠実に協定を実行して
        いないと判断すれば、さらなる制裁や罰則を科す。中国はそれに反対しては
        ならず、受容すべし。
       ーこのような要求は、独立国に対するものではない。不平等条約の再来か?
        中国は即刻、拒否すべし。諸国は協力して米国の狂気の要求を阻止し、自由
        貿易を確保すべし

 5.  第二回米中通商協議と”手打ち”
    -5.17~18:第二回の貿易協議(於ワシントン)
       ・中国から劉鶴副首相招かれて参加
       ・米貿易赤字削減では、中国側が天然ガスや農産物の輸入拡大案を示し、
        一定の進展。
       ・中国が求めた国有通信機器大手ZTEへの米制裁緩和は結論出ず、溝深い。
        ZTEの利益は米国の制裁で激減。
       ・トランプ氏はZTEの制裁緩和に関して習近平主席から要請があったと暴露。
        共和党はトランプ氏のそうした取引による緩和を批判。トランプの奇怪な
        Uターン(FT5.15)
       ・5.21. 第二回の貿易協議。貿易赤字削減では歩み寄り。ハイテクは対立続く。

    ー5.20.:第二回の交渉を踏まえ、中国側がアメリカ農産物や石油関連産品の購入↑
        などで2000億ドルの赤字削減に努力する前提で、アメリカは、1500億ドル
        分の輸入に対する関税付加を、しばらくhalt(休戦)とするとムニューシン
        財務長官が発表。これに対してトランプ政権内部のタカ派からは、曖昧な
        口約束で信頼できない、などと批判も。

 6.  対米国際批判とトランプの対中チャブ台返し
      ー6.1. G7財務相、中央銀行総裁会議は、鉄鋼・アルミの輸入制限を↑した米国に
     非難集中。日本などはWTOルール違反と指弾。米国と6ヶ国は1:6に分裂。
  ー6.2 G7 財務相、中銀総裁会議は6.1~6.2で閉幕。通商政策をめぐる深刻な対立。
    対米批判は、鉄鋼、アルミの輸入制限につづき、日欧の基幹産業の自動車に
    および始めたから。米国は同盟国にも強硬姿勢。G7南欧発市場リスクなど素通り。
    6/8~9の首脳会議も波乱必至。
    →実際、波乱。トランプ主張。6ヶ国批判、
   ・異例の議長声明。カナダモルノー財務相「全員一致の懸念や失望」とする議長声明。6.6.
   ー6.6. EUは、米国の鉄鋼・アルミへの追加関税に対し、報復として280億ユーロ分の米国
   からの輸入品に追加関税かけることを確認。

   ー6.15. トランプ氏は、15日、知財侵害を理由に500億ドル(約5.5兆円)相当の
    中国製品への追加関税は、一部を除き、7.6に発動すると発表。
   -6.15. 中国国務院、米国産の農産物、自動車、エネルギーなど659品目(500億ドル相当
    に25%追加関税発表。  
   ー6.18 トランプ氏は、6.18.、中国からの2000億ドル(約22兆円)相当の製品に対し、
    10%の追加関税措置検討すると発表。6.16発表の500億ドル相当の報復関税に
    対する報復。

 7.  米政権内の強硬派主導
  ー5月以降、重ねた交渉では、トランプ政権内の強硬派が勢いを増し、中国では定まらぬ
   米側の姿勢やハイテク摩擦への発展に態度を硬化させている。

  ートランプ氏と習近平氏に、2017.4.そして11月の会談で、巨額商談が成立したはず。
   しかしその後も増え続ける貿易赤字に不満を深めたトランプ氏は、2018.3. 、関税発動
   を表明。5月からムニューシン財務長官や劉鶴副首相らによる高官協議で最後の譲歩迫る。
   交渉は、ムニューシン氏(穏健派)とライトハウザー氏の対立。

  ー当初強い発言権はムニューシンら穏健派。5月中旬2回目の協議後、米国の対中輸出増を
   盛り込んだ共同声明をまとめ『貿易戦争は一時保留」と宣言。ただし口約束。

  ー強硬派ライトハウザー氏はWHで関税の必要性を力説。メディアが「勝者は中国」など
   と書き立てると、弱腰批判を嫌うトランプ氏は対中交渉の進捗に不満表明。政権は強硬派
   に傾斜。中国の産業振興策「中国製造2050」に照準。巨額の補助金を使った米ハイテク
   企業の買収停止要求。人民解放軍を使ってサイバー攻撃をしているとまで主張。

 8.  中国の”以戦止戦”覚悟
  ー中国は姿勢を二転三転させる米国に不信感↑。6月初旬の最後の公式協議で、中国は
   農産品やエネエルギーの輸入拡大策を提示。しかし追加関税の撤回が条件とくぎ。米側の
   前言撤回を恐れ。米中が探った6月中旬の協議は流れ、互いに関税リストを公表。

 ー米国が仕掛けた貿易戦争に、中国側はトランプ政権の要求にある程度譲歩し、同時に
  米国のestablishment層の中国叩きを交わそうと行った対応をしてきたが、しかし、その後
  中国の対米認識が大きく変わり、6月に入って、中央外事工作会議では韜光養晦論を軌道修正
  し、そして対米方針では、「以戦止戦」の方針を決めたと見られる(朱建栄「視点・論点7
  以戦復降 vs  以戦止戦」(2018.8.20)

 ー中国側の一連の証言から、米中間の貿易交渉で3回も一旦合意されたが、その都度、米側に
  食言され、更に圧力を加えられたことで強い警戒感を持ち、対米認識と作戦の方針を変える
  に至った。

 9.  自動車関税の脅しと各国の対応
   -5,23. トランプ政権は、23日、安全保障を理由に、自動車や部品に追加関税を課す
    輸入制限の検討に入ると発表。乗用車関税25%↑を検討?対米輸出の多い日本に打撃。
    市場規模が大きい自動車にまでの一方的な輸入制限はWTO違反の恐れ大。
   ー5.30  トランプ政権が、ドイツ車に追加関税をかけるかどうか安保への阻害効果が
    あるか調査に入ることを支持したことに対し、ドイツでは閣僚から強い反発。

   ー6.23.  EUは6.22. 米国の鉄鋼・アルミ関税への対抗措置として、鉄鋼製品やオート
    バイ、ウィスキーなど28億EURO(3600億円相当)規模の輸入品に25%の報復関税を
    発動。オートバイ(ハーレイダビッドソンなど)やウィスキーは共和党議員の選挙区狙い

   ー6.24.  米政権の自動車関税引き上げに日本政府とメーカーは苦慮。ロス長官は事前調査
    を8月までに完了の予定。
   ・米国の2017自動車販売台数は1730万台。うちに本社は677(4割)。
    うち345万台(5割)は米国現地生産。177万台(3割)は日本からの輸出。
    残り2割155万台は、カナダなど日本以外から対米輸出。
    現地生産に振り向ける余地も限られており、WTO提訴しても時間がかかる。
   ・関税25%引き上げルト、影響額は2.3兆円(大手6社の営業利益総額4.5兆円の5割強)

        ー7.2  トランプ氏の自動車関税は、全面的な貿易戦争につながる恐れあり、とEUが警告。


Ⅴ.   対中追加関税の発動と報復

 1.  第一次対中追加関税発動2018.7.6
  ー7.6 トランプ政権は、6日、中国の知財侵害に対する制裁関税を発動した。産業用ロボット
    など340億ドル(約3.8兆円)分に25%の関税を課した。中国も同規模の報復に出る構え
    トランプ大統領は中国の出方次第では、中国からの輸入品全てに関税をかける可能性
    も示唆。
      米中が6日発動する関税の主な対象品目
    米国:818品目(340億ドル):
     自動車、産業用ロボット、半導体、医療機器、
    中国:545品目(340億ドル)
     自動車、大豆、牛肉など農産物、水産、ウィスキー

  ー中国政府は、これに対し、8/3夜、米国から輸入する600億ドル(6.7兆円)分の製品に、
    最大で25%の関税をかける報復措置を発表。品目によって追加関税率は異なるが、
    最大の25%適用する品目にはLNGや砂糖など。

 2.  トランプー欧州の一時休戦
   ー2018.7. トランプーユンケル欧州委員長会談(ワシントン)で新たな貿易交渉合意
    ○新たな貿易交渉開始
    ・自動車のぞく工業製品の関税・非関税障壁などゼロめざす。
    ・農産物、政府調達は交渉対象に含まず。
    ・高官協議で具体策詰め、120日以内で報告

    ○貿易戦争開戦を回避
    ・米国は自動車への追加関税を貿易交渉中は棚上げ。
    ・米の鉄鋼・アルミ追加関税をEUによる報復関税の解決めざす。
    ○EUは米国産大豆・LNGの輸入を増やす。
    ○不公正は貿易慣行是正、WTO改革で連携強化
   ーこれはそれまで高まっていたトランプ政権とEUとの貿易戦争への懸念を、新たな合意を
    めざす交渉過程で一時、鎮静させる意味がある。

   ーその後、フォローアップとして、9.11.  米欧高官会議 9.10.ブリュッセル
     米国からライトハイザー通商代表、EUから通商政策担当マルストローム欧州委員。
     関税ゼロなどの協議、米欧間の主張早くも食い違い。
            ・多くの技術的課題を克服できるか、11月の決着をめざす。      

 3.  第二次対中追加関税発動2018.8.23.
   -8.23.  トランプ政権は、23日、知財侵害を理由に、中国への制裁関税の第二弾を発動。
    半導体や化学品など、279品目。160億ドル相当、に25%の関税上乗せ。
    中国も直ちに同規模の報復。

   ・第二弾関税
      米国(279品目)半導体、プラスチック製品、ゴム製品、鉄道車両・部品
      中国(333品目) 古紙、自動車、銅クズ、アルミくず。

 4.  第三次対中追加関税発動2018.9.24.
   ー9.24、トランプ政権は、約2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に10%の追加関税
     を課す対中制裁関税第三弾を発動。
   ・中国も600億ドル相当の米国製品に5~10%を上乗せする報復関税と即日実施。
   ・両国の貿易戦争はお互いの輸入品の5~7割に高関税を課す危険水域に。

   ・今回、米国が発動したのは家具、家電など5745品目。
   ・第三弾で制裁対象は中国からの年間輸入額(約5000億ドル)の半分に拡大し、
     消費者への影響も大きい。

   ートランプ政権が制裁関税を乱発するまで、米国の平均関税率(関税収入/輸入金額)
     は1.5%程度で最低水準。対中関税第三弾で3.5%、2019.1.に追加関税が10%から
     25%に上がると平均関税率は5%近辺に。
 5.  第四次対中追加関税の脅し
  -9.9  トランプ氏は9.7. 中国からの輸入品2670億ドル(約30兆円)相当に新たに関税
    をかける用意があると表明。第3弾の2000億ドル相当とは別。
    これまでの第一弾と第二弾で、500億ドル相当に25%。第3弾2000億と第4弾2670
    を足すと計5170。中国からの輸入品(2017年5055)全てに追加関税が課される。
  ー9.24.:トランプ氏は中国が報復すれば全ての輸入品に関税をかけると脅し。

 6.  貿易戦争と世界経済への衝撃
   ー1930年前後の大恐慌を悪化させたスムート・ホーリー法の再来を不安視も。
     同法では、2万品目に追加関税。平均関税率が14%→20%に急上昇。
     トランプ氏が示唆するように、中国からの全輸入品に追加課税すれば、
     平均関税率は6%に達し、大恐慌時と並ぶ。自動車の追加関税まで実施すれば、
     平均関税率は10%を超える前例のない貿易制限となる。

    ー最悪シナリオは、世界景気の大幅減速。貿易戦争深刻化すれば、米中経済とも
     1%近い成長減速見込まれる。駆け込みで堅調な中国の輸出も、冬以降は腰折れ
     しかねない。

    ーIMFは、貿易戦争で、米国と中国の実質経済成長率が、2019年にそれぞれ最大で
     0.9%程度下押しと分析(9.24)。

 7.  日本にも貿易で圧力?日本の対応
   -9.8  トランプ政権は日本にも強硬姿勢↑。安倍首相が、貿易で米国を出し抜いて不当な
     利益を得てきたのに笑顔を見せられる関係はもう終わりだ!
   -9.9. これまでにない強い表現で日本に市場開放迫る姿勢。WSJに電話「日本が米国に
     対価をどれだけ払うべきか伝えれば、安倍首相との良好な関係は終わるだろう」
     これまでは中国問題があったから日本との交渉はおいておいたが、中国との貿易戦争
     が長期戦になることを見据え、日本と本格交渉を志向?

   ー9月末にNYで国連総会が開催され、諸国の首脳が集結した。NYで、トランプ氏は
    安倍首相と二度会談した。一度はトランプタワーの私的な食事。二度目は国連の場  
    で正式な首脳会談。首脳会談の結果、両国は、FTAではなく、物的な貿易に限定した
    交渉を開始することで合意した。それは脳産品と自動車と考えられる。

   ートランプ氏に最大の目標は、11月の中間選挙に勝つことであり、そのために選挙民に
    アピールできる成果を日本との交渉で引き出したいということだ。トランプ氏の面目
    も保ちながら、日本が国益に沿った解決をするにはどうすれば良いか。中川淳司氏は
    の提案が参考になる(貿易戦争の行方 日経18.9.7)

   ーそれは、1. 日本の農産物市場の開放。TPP11が発効すれば、TPPから離脱した米国
    農産物は不利になる。トランプが選挙で支持されるには日本の農産物市場開放必要。
    TPPの水準を上回らない市場開放に応ぜよ。それは米国のTPP復帰の地ならしにもなる。
    2.  知財、投資、国有企業規制、電子商取引 4分野で、実質的にTPP復活と同等の
    ルールを提案せよ。これらは米国の中国対策に理解を示すことになる。3  自動車、
    部品分野はじめ日本企業の対米投資拡大による米国の雇用創出に資する。

日本の国民から見た米朝会談の結果

 2018年6月12日、シンガポールで、歴史上初めての米朝会談が行われた。この会談の結果について、日本国民の一人として、私の感想を述べたい。

 会談の結果については、失望を禁じ得ず、また今後に残された大きな課題が懸念される。

 失望は、トランプ大統領が会談の直前まで主張しつづけていた会談成功の要件、すなわち朝鮮半島の完全な、検証可能な、そして非可逆的な”非核化”について具体的で明確な合意がなかったことである。共同声明文には、「金委員長が完全非核化への確固で揺るぎのない約束を再確認した」とだけ記されたが、これは4月27日の金委員長と文在寅韓国大統領との間で行われた南北会談ですでに合意されたことである。南北会談では、その具体的内容は、6月12日の米朝会談に委ねるとされたが、米朝会談ではその最重要事項について具体的な内容や手続きを確認するような前進は全くなかった。

 非核化問題をこのように抽象的な精神規定にとどめてしまった一方で、トランプ大統領は「DPRKすなわち朝鮮民主主義共和國に安全の保証を与えることを約束」した。言い替えれば、現在の金王朝体制の安全を保障したということである。これは金正恩氏の祖父である金日成氏の時代からの悲願であり、その悲願をトランプ大統領は非核化の具体的な内容を確認しないまま、いともやすやすと約束してしまった。

 その上、記者団に聞かれて、トランプ大統領は、米韓軍事演習は費用が高いので考えなおす、経済制裁は続けるが、最大の圧力をかけることはしないと言い、さらに、北朝鮮は、もともと偉大な国であり、考え方を変えれば素晴らしい繁栄を手にすることができるだろう、と言ったお世辞まで付け加えた。また、北朝鮮を支援する費用は、韓国と日本が負担すれば良いとまで発言した。

 トランプ大統領は、クリントン、ブッシュ、オバマなど歴代アメリカ大統領が、北朝鮮との交渉で繰り返し裏切られて核ミサイル開発を止められなかったことを批判し、自分は彼らとは異なって”Deal(取引)”に長けているので、必ず非核化を実現させると公言していた。しかし、今回の米朝会談の結果は、トランプ氏は、公約の非核化の具体的な答えを引き出せなかった一方、金正恩氏のかねてからの要望に充分以上に応えてしまった。取引の交渉としては、トランプ氏の一方的な負けと評価されても仕方がないだろう。トランプ氏は自分で言うほど強力な”取引交渉者”ではないのかもしれない。

 日本の観点から見ると、二つの大きな課題が残る。一つは、今回の交渉では、弾道ミサイルの問題が全く議論されなかったことである。トランプ氏は”アメリカ第一主義”を唱えているが、これは実は”トランプ第一主義”である。彼は2018年11月のアメリカ議会の中間選挙に勝ち、2020年の大統領選挙に勝つことに全てを集中している。米朝会談もそのための材料だ。アメリカの選挙民に「もうアメリカへの核ミサイルの危険はなくなった」とアピールするための会談だったと考えれば、今回の会談の結果はトランプ氏にとっては合目的である。しかし、中距離弾道ミサイルの問題が全く触れられなかったということは、日本、韓国、中国などの近隣諸国にとっては北朝鮮の軍事的脅威はそのまま残る。この問題は残された大きな課題であり、アメリカがこの問題に真剣に取り組まないならば、日本は中国の指導力に期待しつつ、この危険の除去のために、関係諸国と密接に協力して解決のために最大限の努力をする必要がある。

 今一つは、拉致問題である。トランプ氏はかねてからの安倍首相の要望をふまえて、米朝会談で拉致問題に言及したと記者会見で答えた。しかし、それは共同声明には盛り込まれなかった。拉致問題は15年前に、小泉純一郎首相と金正日委員長の会談で、数人の拉致被害者が帰国するという成果があったが、それ以降は全く進展がない。近年では北朝鮮は、拉致問題は”解決済み”として交渉は閉ざされている。無実の国民が多数、理由もなく拉致されて何十年も安否も不明というのは、国家主権の重大な侵害であり、日本がこの問題を深刻に捉えるのは当然である。安倍首相は今年の8月から9月に金正恩氏に会いたいという意欲を示しているが、会談が実現するのか、会談で成果が得られるのか、全く不明である。

 北朝鮮が、自国の国民に豊かな生活を提供できる国になることは、日本としても大いに希望することであり、そのために日本が技術や経済面で支援することは意義があり、日本は十分にその意思がある。しかし、日本がそうした協力を実行するためには、北朝鮮の核兵器と弾道ミサイルが完全に除去されることと、拉致問題が完全に解決されることが大前提である。

 

フランス: マクロン氏への期待と可能性

1. 奇跡の登場
 
 2017年5月7日に行われたフランスの総選挙はそれまでの予想を超える驚くべき結果となった。それまで極右の国民戦線を率いるルペン候補と中道系独立候補のマクロン氏に絞り込まれた大統領選の決選投票は、大方の予想を超えて、マクロン氏の圧勝となったのである。その結果は、

マクロン 66.1%(2075万票)、ルペン 33.9%(1064万票)

 エマヌエル・マクロン氏:39歳、オランド政権の経済相、中道系独立候補。対するマリー・ルペン氏が勝てば、彼女の主張にしたがってフランスもEU離脱をする可能性があった。多くの中産階級や経済人らはマクロンの勝利に安堵。

 この決選投票に前段の、第一回投票では、これまでフランスの政治の根幹になってきた共和党と社会党という大政党が大きく後退するという地殻変動が明白に現れた。4月23日に行われた第一回投票の結果は以下の通りである。

             マクロン       24%
             ルペン        21.3%
             フィヨン(共和党)  20.0%
             メランション(極左) 19.6%
             アモン(社会党)   6.4%

  大統領は上位2人の決戦投票で決まるので、この第一回投票結果によって、これまでフランス政治を リードしてきた中道右派共和党と左派の社会党候補が揃って破れるという前代未聞の事態となった。共和党と社会党の2大政党合わせても得票率は27%に過ぎず、社会党はたったの6%を獲得しただけだった。

  マクロン氏の選挙公約は:
    既成政党の刷新(ルペンと同じ)
    移民包摂・多様性の価値、欧州統合・独仏関係深化、ナショナリズム抑制、
    解放経済と国際協調の促進(以上はルペンと正反対)
 マクロン氏の支持派は、中大都市の住民と上中所得層などであった。一方、ルペン氏の支持層は、地方の低所得者層やラストベルト(経済成長に取り残された旧工業地帯)の労働者層などであることが投票結果の分析から明らかになった。


2.  マクロン大統領の政権と政策 

  マクロン氏の政策構想は大胆で画期的だが、実現可能性について、また大統領の実行力について当初、内外から疑義が提起された。

  例えば、マクロン氏は EUを連邦型にしたいと主張。そのためにはEUの財政統合を進める。具体的にはEU予算、財務相を置き、銀行同盟で規制と監督を強化するなどである。

   これに対して、理想は良いが、膨大な予算負担と事務量が必要となり非現実的。例えば、EU予算のために、フランスは現在の国家予算の半分もの付加的負担が必要になるとの批判。危機の回避なら加盟国間で緊急資金拠出など対応できる。極端な制度改革より市場原理を活用すべきだ、との批判。また、国内改革できるか?硬直的労働市場、莫大な政府部門とその非効率性、それらを解決することが宿題なのではないか、といった批判。さらに、マクロン氏は政治基盤がないので、そうした改革を主張して国民の支持得られるか?国民議会選挙で勝てるか、などの疑問が内外から提起された。


3.   国民議会選挙で圧勝

   こうした懸念や批判を尻目に、マクロン氏は2017年6月の国民議会選挙では、大統領の「共和国前進」が308議席と過半数(総数577議席)を獲得、中道連合を入れると350議席で6割を占めた。既存の共和党は113席、社会党は29議席、極右ルペン党首率いる国民戦線はわずか8議席にとどまった。
 
   マクロン大統領は議会で過半数と獲得したので、公約の公務員削減、財政再建、労働時間規制の柔軟化などこれまで主張してきた大胆な構造改革を提案。これにより、生産性を高め、フランス経済の再生を図る方針を強調した。


4.   マクロンの人気低下と上院選挙で後退

   これら改革提案はそれが国民や労働者の既得権の見直しを迫るものだったので、不人気だった。とりわけ緊縮財政で政府支出の8兆円削減や住宅手当の削減、またフランス軍幹部の大統領批判に対しての総司令官としての高飛車な反論の仕方などが国民の反発を招いた。

 
   8月になると支持率は4割以下となり、不人気だったオランド前大統領の同時期の支持率を下回った。しかし、8月、労組幹部に労働市場改革で合意取り付けるという画期的な成果を挙げ、その労働改革は59%の国民支持率を達成した。一方、マクロン氏は企業に対しては国内企業の損益状況で、海外で利益が上がっていても国内での損益状況が悪ければ解雇を可能にする税法改正を提案したが、これは経済界からは歓迎された。

   こうした動きをふまえた9月24日の上院選挙ではマクロン大統領の与党は後退した。「共和国前進」系正統派29議席から28議席(非改選9議席含む)へと議席を減らした。しかし、権限の大きい下院で過半数占めているので、マクロン陣営は所期の改革は追求できる、としている。ちなみに、上院の定数は348、今回はそのうち、171議席が改選された。なお、憲法改正には両院で3/5(555議席)以上の賛成が必要である。


5.   EU統合深化策提案(ソルボンヌ大学での講演)

 
   マクロン大統領は2017年9月26日、ソルボンヌ大学での講演で、 EUの統合深化策について画期的な提案を行った。その要点は以下のとおりである。  
    ・各国共通防衛予算
    ・急進的技術革新担うEUの専門機関
    ・利益あげた国での課税(グローバル企業のタックスヘブン利用阻止のため)
    ・法人税率統一(低税率国で生産:social dumping防止)
    ・富裕層減税capital gainsに同一税率(flat rate)

   マクロン大統領の改革提案は急進的でプロビジネスである。マクロン氏は大統領当選当初、既存の政治基盤を持たず、また政治指導力も未知数だったので、同氏が主張する改革が実行・実現できるのかについて懐疑的な見解が多かったが、その後、マクロン氏は国内のパワーネットワークをかなり掌握しており、意外にしたたか、という評価が増えている。 

   国内政治で地歩を固めつつ、特に、ユーロ共通予算の編成とユーロ財務相ポストの新設など懸案の財政統合に踏み出すものと見られる。一方、ドイツの選挙後、求心力が低下したメルケル首相も、マクロン氏の唱えるEU条約改正への取り組みには一定の理解を示している。

   しかし、彼女が率いる与党CDUは、2018年3月にようやく辿りついた大連合におけるメルケル氏のSPDにたいする妥協に不満で、SPDが主張してきたマクロン流のユーロ圏改革には反対もしくは消極的な態度を強めており、マクロン流のユーロ圏改革がどこまで進むかは現段階では不透明だ。


6.  労働組合との対決ーフランス国鉄労組のスト

   2018年4月3日、フランス国鉄(SNCF)の労働組合はフランス全土でストに突入した。スト初日の4.3.には、フランス国内の鉄道運行本数は、高速鉄道(TGV)は1/8、都市間移動の列車は1/5に減らされ、事前通告はあったが、一部の主要駅では人があふれ、自家用車の増加でパリ都市圏の道路は渋滞した。

   同労組は、4.3.から6月まで3ヶ月、5日に2日の頻度でストを続ける計画。フランスではストはたびたび起きているが、今回のストは早期に解決されなければ、2010年や2013年に発生した大規模ストに近いものとなると見込まれる。

   ストの理由は、3月にフランス政府が発表したSNCFに対する改革法案。社員の多くが終身雇用や年金優遇を受ける「鉄道員」として働くが、この運用区分をを今後の採用から廃止、同社を公的な法人から株式会社に改組し、規制も一般企業に近ずけるという改革。同社の累積債務は現在約545億ユーロ(約7.1兆円)。合理化でこうした債務も削減を見込む。

   マクロン大統領の改革は、これまで、労働者や公的部門が享受してきた特権的な保護や報酬を、大胆に見直し、組織の効率性と柔軟性を高めて、生産性を向上させ、フランス経済の活力と競争力を強化しようというものだが、その進め方は大胆で急進的なので、反発も強い。今回の鉄道労組のストは、トランプ大統領の経済改革が成功するか頓挫するかを占う重要な結節点になると見込まれる。トランプ政権は、このストでも妥協せず、改革を貫徹する姿勢で臨んでいる。

   トランプ大統領の大きな目標は、欧州とりわけユーロ圏の根本的な構造改革であり、それを実現するためには、まず国内で、不退転の指導力を示し、改革の成果を挙げることが必要になる。鉄道労組の全国ストは、トランプ氏の政治家としての指導力を試す重要な試金石になりそうだ。

ドイツの指導力への期待と陰り

1.  島田村塾ドイツ研修

 2017年7月、島田村塾では、恒例の海外探訪すなわち研修訪問でドイツを訪ねることにした。ドイツは、英国がEU離脱を決めて以来、とりわけ欧州の大国としてその存在感を増しており、しっかり勉強すべき国として村塾として選択したのである。

 この旅について企画を立て、アレンジをし、研修訪問の半分ほど現地で案内をするなど全面的に協力してくださったFranz Waldenberger博士にこの場を借りて深甚の謝意を表したいと思う。Waldenberger先生は今、ドイツの日本研究所の所長をしておられるが、本来はミュンヘン大学の経営学部の教授で、マクロ経済学、欧州経済、日本経済など幅広い専門を持たれた研究者である。Waldenberger 博士のご好意とご尽力で、普通なら会えない多くの方々に会い、貴重な勉強をすることができた。

 私たちの訪問は、実質、1週間の短い滞在期間だったが、その中で、ミュンヘン、ベルリン、フランクフルトなどの主要都市を訪ね、企業、地域行政府、議会などで、産業人、官僚、政治家、研究者など多様な人々に会って、様々な意見を聞き、知見を得ることができた。

 私は20年以上前に、日独文化交流プログラムの事務局の一端を担って、両国の学者、ジャーナリスト、企業や労働組合の幹部などの日独相互訪問と討論会の準備や運営を手伝っていたことがあり、その関係で、ドイツは数回訪ねたことがあるが、20年以上経って、訪ねたドイツは大きく様変わりしていた。

 ミュンヘンは当時と比べると一段と発展しており、多くのグローバル企業と中堅企業が集中して人々の生活も格段に豊かになっているように見えた。実際、ミュンヘンは近年ではドイツで最も繁栄した地域になっているようである。そのミュンヘン郊外で、休日を利用して、ダッハウの強制収用所跡を訪ねたのは有意義な経験だった。

 私も村塾の諸君も、イスラエルを訪ねるのは必修にしており、エルサレムのホロコースト記念館は何度か訪ね、第二次大戦中のヒットラーによるユダヤ人弾圧については一通り勉強したが、集団殺戮のアウシュウビッツはポーランドにあり、ドイツ本国で、ナチスの偏見によってユダヤ人はじめ多くの民族や人々が残酷な仕打ちを受けた強制収容所の発端となったダッハウ収容所の見学は当時のドイツやナチについて多くを考えさせられた。

 ベルリンはベルリンの壁の崩壊直後から2度ほど訪ねたことがあるが、今回のベルリンの印象は当時とは全く異なっていた。ベルリンは、壁によってソ連の共産主義体制と欧米の資本主義市場体制の東西地区に分断されていたため、壁の崩壊後も、その発展は大きく遅れていた印象があったが、今回訪ねたベルリンの印象は、ベルリン市が今、注力している目標でもある”Start Up City”としての全く新しい顔だった。ベルリンは今や、激しく変化する欧州の若者が参集する”自由都市”になっており、若々しい活力が満ちている様子が感じられた。

 一方、フランクフルトは伝統的な金融中心であり、ドイツ連銀も欧州中央銀行もマイン河を臨むビジネス街に位置し、悠然とした雰囲気を漂わせていた。折しも、英国がEU離脱を決め、かつての欧州の金融中心であったロンドンから世界の金融機関が流出を始める地殻変動を引き受ける年の自信と風格を感じさせた。

 以上、私たちが訪ねた都市の印象に触れたが、そのことを語るのは、本エッセイの本題ではない。村塾のドイツ訪問の詳細な記録はhttp://www.haruoshimada.com/shimadasonjuku/activities/world_travel/2017/germany/report/で閲覧できるので、興味のある方はそれを見て戴ければ幸いである。

2.  選挙の下馬評はメルケル陣営の圧勝

  私達がドイツを訪ねたのは、2017年7月下旬だったので、ドイツ総選挙の2ヶ月弱前だったが、ドイツではどこに行っても総選挙の最終段階であることを感じさせられた。この選挙戦は中盤でSPDが一時、勢いを増して、メルケル首相が率いるCDU・CSU連合を追い上げて話題を提供したが、それ以降は、やはりメルケル陣営が優勢となり、私達が訪ねた頃には、いつものメルケル神話、すなわち、選挙になると必ずメルケルが勝つ、という信仰がひろまっているように見えた。

 今回の総選挙でも、これまでのようにメルケル率いるCDU+CSUが圧勝し、第二党であるSPDが加わって与党大連合を組み、安定したドイツが再出発する、との印象を持って私達は帰国した。

3.   総選挙の結果

 そして9月23日に総選挙が行われたが、その結果の報道を見て、私は目を疑った。なんと、CDUは大きく後退し、SPDに至っては統一ドイツ発足後、最悪の結果になった。そして注目すべきは、最近、急速に伸びてはきたが、これまで連邦議会に進出する最低限の得票を確保できなかった極右政党のAfGが、大きく得票を伸ばし、なんと連邦議会に第3党としての議席を占めたことである。

以下、選挙結果を各党の得票率ならびに括弧内に前回選挙からの変化を記そう。
     1.  CDU+CSU    32.9 %(―8.6%)     246議席(ー65議席)
     2.  社会民主党(SPD) 20.5%(―5.2%)  153議席(ー40議席)
     3.  AfD 12.6%(+7.9%)   94議席(+94議席)
     4.  自由民主党(FDP) 10.7%(+5.9%)  80議席(+80議席) 
     5.  左翼党(Die Linke)  9.2%(+0.6%)  69議席(+5議席)
     6.  同盟(Bundnis) 90+緑の党(Die Grunen)8.9%(+0.5%)  67議席(+4議席)

 ここで、ドイツの議会の制度と政権成立の条件について少々説明しておきたい。ドイツ連邦は16州から構成されている。投票者は小選挙区の候補者と政党に記名して投票する。比例代表による法定定員は588議席、連邦総投票数で5%未満の党は連邦議会には議席を持てない。また小選挙区選出議席と比例代表議席は同数となっている。

 上記のような条件があるので、これまでAfGは連邦議会には進出できなかった。この最低得票率の足切り制度は、戦前のドイツでミュンヘンから出発し、バイエルン州で急激に伸びたヒットラー率いるナチスの政党がたちまちのうちに、連邦議会で第一党になり、ヒットラーの独裁を許す結果になったようなことを避けるいわば安全弁として上記のような条件を課したと言われる。

4.  政権組成の難題

 この選挙結果は、メルケル氏が率いるCDU+CSU与党連合だけでは、議席の過半数を確保できず、単独では安定政権を構成できないことを意味した。したがって、他の主要政党と大連を組むことが不可欠になった。当然の選択は、これまでも大連立を組んでいたSPDとの連立である。ところが、シュルツ党首が率いるSPDは頑なにこれを拒否した。

 SPDはこれまで3期12年という長期にわたってCDU+CSUと大連立を組んでいたが、その間、持続的に地盤沈下が進んでいた。とりわけ今回の選挙では、東西ドイツ統一以後、最悪の得票結果となり、SPDの党員や関係者の間で深刻な危機感が募った。彼らは、メルケル氏と連立を組んだ結果、メリットは全てメルケル氏に帰属してしまい、SPDは大連立に埋没し、独自のアピールができなかった。これ以上、連立を続けるとSPDは埋没どころか消滅しか寝ないという存亡の危機感を抱いた。

 SPDが連立に応じないので、メルケル氏は、FDP(自由民主党)とDie Grunnen(緑の党)と連立のための交渉を開始した。しかし、両党とも、CDUとは政策が大きく異なるので、連立交渉は不調に終わった。連立が組めないとなると、政権組成のために残される選択肢は二つになる。一つは少数政権を樹立すること。いまひとつは、再選挙である。少数政権では政策の採択と執行の能力が著しく低下して、ドイツの国家運営に多くの支障が生ずることが予想される。再選挙の選択肢はメルケル氏は否定しない、としたが、今回の選挙でこれまでの与党大政党が大きく後退し、極右のAfDが躍進したことなどを考えると、選挙結果はさらにドイツの政治を不安定化させることになる恐れが大きく、リスクが高い。

 総選挙が済んで、3ヶ月近くが経とうというのに、連邦政権が組成できないという事態は歴史的にも空前の異常事態である。内外から決められないドイツの政治に対する批判は当然高まった。そうした中で、12月に入ると、シュルツ党首が、連立は必ずしも拒否はしないという姿勢に変化した。12月8日には、メルケル氏と協議しても良いと言明したが、それでも、閣外協力という選択肢もあり、とにかく大連立の呑みこまれて埋没することは避けたい、という態度。

 SPDは2013~17年の大連立では成果は皆メルケル氏に帰属してしまい、その結果、2017の選挙は歴史的惨敗になった。したがって、何としても独自色を出したい。シュルツ氏は、仮に連立するにしても、フランスのマクロン大統領の主張に共鳴するような例えば、United States of Europeと言った思い切った構想をSPDの主張として公約に盛り込めないかなどの主張を展開した。12月16日には、シュルツ氏は、政権無きドイツは放置できない、しかし過去の大連立の延長は忌避する、との態度を再度強調した。

  18.1.13:MerkelーShultz 5日間のマラソン討議が行われ、党首合意が達成された。そこではドイツの経済と政治力挙げて欧州統合深化のためマクロン氏らと協力する、欧州予算に協力することにも、前向きな方向で一致したとされる。

  18.1.21のSPD党大会で大連立可否を決定する予定だったが、1.15. SPDのいくつかの地区代表と一般メンバー(特に左派と青年層)が、健保、住宅、移民、短時間労働者対応の政策が不充分として大連合に反対。SPDは2017.9.の選挙で史上最悪の結果になったのは、CDUとの大連立に埋没したためとして大連立忌避の傾向が強い。1.21の大会で承認される可能性が予断を許さなくなった。SPDが承諾しない場合は、残された手立ては総選挙のやり直ししかない。
 
5.   メルケル政権の指導力の低下と回復の可能性    

 メルケル氏主導の長期政権がつづいたドイツは、経済的に大きく躍進したと同時に政治的にも欧州の主軸としての存在感を高めてきた。今回の政権組成の未曾有の遅れに象徴されるメルケル氏の政治的凝集力の低下は、これからの欧州そしてより広い世界に向けてどのような意味を持つのだろうか。

 メルケル氏は、2005年、シュレーダー首相の後を受けて、ドイツで初めての女性首相としと登場した。それから2005→2017年の12年間、メルケル首相は長期政権を維持し、内外に絶妙のバランス感覚で指導力を発揮してきた。

 内外の際立った政策として、例えば、2008年のリーマンショックにつづく大不況に直面し、メルケル氏は金融安定化のために大胆な政策を敢行し、経済を回復に導いた。2010~2014年のギリシャ問題によるユーロ危機に際しては、EUの首脳をリードして解決に大きく貢献。また、2015年、東ウクライナ問題で、シャトル外交を展開し、ミンスク合意を取り付けた、など輝かしい成果を残している。

 2015年から急増した中東からの難民の受け入れに関しては、メルケル氏は、人道的観点からドイツとして大量の難民受け入れを宣言するとともに、EU各国にも受け入れ割り当てを提案したが、メルケル首相のこの難民受け入れ政策は内外から強い反発を招き、今回の総選挙における排他的な極右のAfDの急進に象徴される大きな社会政治変動にもつながったと言える。

 今回の総選挙でのCDUの敗北と政権組成の遅れに象徴されるメルケル氏の求心力と指導力の低下は、欧州そして世界におけるドイツの存在感を低下させたと言わざるを得ない。一方、2017年5月の総選挙で予想外の大勝を果たしたフランスのマクロン大統領は大胆で根本的なユーロ圏の改革を唱えているが、ドイツがフランスと協力して、このところ後退しつつあるように見えるEUの統合化と深化をどこまで推進できるかが問われている。

6.  大連立への険しい道とその成立

  2017.1.21のSPD党大会は、メルケル大連立体制に参加することに対する反論、Martin Schultz氏など党執行部への批判、またSPDの改革要求:難民問題(受け入れ制限 月1000人まで)、医療改革(公的保険と民間保険の格差解消)、雇用(有期雇用契約の大幅な制限)などを巡って紛糾したが、ギリギリ大連立に向けての協議に入ることについては了承された。ただ、シュルツ党首の指導力についての党内評価が大きく低下した。シュルツ氏の発言が責任回避的との印象を与えたことが響いたようである。

  SPD党大会でのギリギりの了承を受けてメルケル氏とシュルツ氏の間で、連立実現のための協議が行われ、大連合の閣僚指名も議題になった。シュルツ氏はドイツ国内政治にはこれまで参加しなかったが、EU議会の議長を務めるなど、国際派として自他共に許す地位にあった。しかし、大連立に対しSPD内で多くの反対論や批判論がある中で、シュルツ氏は大連立内閣が組成されれば当然と思われていた外相には就任しないことを早々と宣言せざるを得なかった。

  こうした動きの中で、メルケル氏は大連立内閣の主要閣僚に、SPDの若手人材やメルケル 批判派を多数、登用せざるを得なくなった。Jens Spahn、Daniel Gunter, バオル・ツィーミヤク氏などメルケル批判派が声を挙げ、世代交代を主張してくる中で、メルケル氏は そうした批判を受け止める姿勢を示すために、党の要である幹事長に、かねてミニ・メルケルと評された中堅の女性政治家、Kramp Karrenbauer氏を登用した。

  2月25日に発表された大連立内閣の閣僚名簿には、メルケル批判派であるSPDのSpahn氏が保健相、財務相にSPDのOlaf Scholz氏が登用された。現メルケル内閣からは官房長官のAltmeier氏が経済相に、また国防相にはVon de Alaien氏が留任した。SPD党内にも人事 抗争があり、大連立内閣で当初外相に予定されていたSigmar Gabriel氏がこの段階で突如引き下ろされ、法相候補だったが外交については全く未経験で未知数のHeiko Maas氏が指名されるというドンデン返しがあった。

  大連立への参加を公式に認めるかどうかのSPDの意思決定は最終的には党員投票にかけられれることになった。党員投票の結果は2018.3.4. 公表された。結果は、賛成66%、反対34%だった。この投票結果によって、2017年9月23日の総選挙から、半年近くを空費してようやく第4次メルケル大連合政権がスタートすることになった。

  しかし、大連合編成の過程で、上記のような混迷を続けた結果、誕生した内閣はメルケル氏への不満が凝縮された構成になっており、メルケル氏がこれまでのように欧州を代表する偉大なリーダーとしての采配を振るえる状況にはとてもなっていない。とりわけ財務相や外相という主要閣僚をSPDに譲らざるを得ず、しかも外相は外交は全く未経験という構成に対してCDU党内からは不満と批判が募っており、メルケル首相は困難な舵取りを迫られそうだ。

  実際、2018.4.15.にはCDU-CSUは議会会派の公式見解として、フランスのマクロン大統領が提案するEuropean Monetary Fund構想について明確な否定見解の報告書を提出した。これはマクロン大統領がユーロ圏改革の協議のためにベルリンを訪問する2日前というタイミングである。CDUのユーロ改革に対する否定的もしくは消極的態度はSPDからも批判されている。

  メルケル氏率いるCDUーCSUは、マクロン大統領の唱えるユーロ圏改革(EMF, Euro圏共同予算、Euro圏経済相設置など)は費用がかかり過ぎるとして批判を強めており、またNATOへの分担金負担支払いを引き上げることに対しても消極的である。

  マクロン大統領が登場し、欧州を代表する政治家のメルケル氏が力を合わせて、Euro圏の構造改革やEU統合進化のために画期的な注力をすることが、半年前までは、期待されただけに、メルケル氏の求心力低下、そして予想される指導力の当面の低下は誠に残念である。

米朝首脳会談への道程

 2018年4月27日、朝10時、朝鮮半島の休戦ラインにある板門店の空は穏やかな晴天に恵まれていた。この日は、第二次大戦後の朝鮮半島にとって歴史的な日として記憶されることになる。

 なぜなら、この日、1953年の朝鮮戦争休戦以来、北と南に分断されていた朝鮮半島の北朝鮮(朝鮮人民民主主義共和国)と韓国(大韓民国)の首脳が、初めて休戦ラインを超えて、板門店の韓国側にある「平和の家」で会談をし、共同声明に調印することになっていたからである。これまでに南北会談は3回行われたが、そのうち、2回はいずれも韓国の首脳が北朝鮮を訪ねて行われたもので、北の首脳が休戦ラインを超えて、韓国側に足を運ぶのは今回が初めてであり、その意味でも今回の首脳会談は歴史に記憶される出来事とされた。

 この日の歴史的瞬間を捉えようと、両国のメディアはもちろんのこと、世界中からメディアが参集してその経緯を世界に発信する態勢をとっていた。特筆すべきは、両首脳の休戦ラインを超えた解后と会談の様子が、メディアに対して同時中継が許可されていたことである。これは韓国側の事前の要請に北朝鮮側が応じたということでこれまでの両国の関係からは信じがたい決定であった。

 午前10時、休戦ラインの北側にある北朝鮮側の建物から、金正恩委員長が、多くのSPに囲まれて正面の会談を歩いており、ほどなくSPは離れ去り、金委員長が一人、休戦ラインの際に立つ文在寅韓国大統領に歩み寄り、二人で握手を交わす。その後、二人は互いに休戦ラインを二度超えて韓国側の「平和の家」で一つのテーブルを囲んで親しげに会話を交わす。双方とも映像が撮られていることを意識してか、精一杯の笑顔で友好的雰囲気を演出した。

 昼食は別々にとった後、再び、両首脳は会合し、その後、二人だけで散歩路を辿って、休戦ラインの近くに設営されたブルーの橋の中程のベンチに腰をかけ、40分ほど話し合い、最後に共同声明に署名の儀式が行われた。共同声明には、両国は、朝鮮半島の完全な非核化をめざし、半島の平和と繁栄と統一をめざして努力する趣旨が明文化された。

 この共同声明について、非核化の具体的な日程や方法などが書き込まれなかったので、不充分とのコメントもあったが、第一回の首脳会談としてはその意義は十分果たされたと言えるだろう。5月末か6月上旬には、金正恩氏とトランプアメリカ大統領との米朝首脳会談が予定されており、具体的な内容のある真の非核化への合意は、その会談のためにとっておかれたとも言える。言い換えれば、今回の南北首脳会談は、来るべき米朝首脳会談への予備段階としての役割は充分に果たしたというのが妥当な評価だろう。

  このブログでは、2018年4月12日に、「北朝鮮と核ミサイル問題」と題して、北朝鮮の近年の弾道ミサイルと核開発の問題を取り上げ、その歴史的経緯や、それが極東地域や世界に及ぼす影響や問題などについて詳しく解説した。北朝鮮の核とミサイルの無謀な開発は国際社会に深刻な脅威となっていたが、北朝鮮のミサイルや核実験の続行という危険な行動が、2018年冬の平昌オリンピックを契機とするオリンピックへの北朝鮮選手団の参加をめぐる韓国と北朝鮮のやりとりを通じて、にわかに北朝鮮が融和的態度をとり、友好ムードを盛り上げる態度に変わった。その流れを決定的にしたのが、3月8日、韓国代表団と金正恩委員長との会談の結果を報告するため、ホワイトハウスにトランプ大統領を訪問した際、トランプ氏が即刻、自分は金正恩委員長に直接会うと言明したことである。

 それ以降、北朝鮮は、おそらくそのための環境醸成のために韓国側と連携しつつ様々な対応をとり、今回の4月27日の首脳会談の開催となった。このエッセイでは、トランプー金正恩による米朝首脳会談に向けてどのような経緯があったかをやや詳しく振り返ってみたいと思う。

 以下、下記の項目に沿って事実経過を辿ってみたい。

1. 平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢
2. 3月5〜6日、訪朝した韓国特別使節団と北朝鮮金正恩委員長との会談とその意味、
3. トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に、3月8日、金委員長と会談の意向表明
4. 3月28〜29、金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問
5. 4/17〜18 安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談
6. 4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認。
7. 4/20、朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定
8. 4/27、板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談
9. 米朝首脳会談の背景、展望、課題


1.  平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢

 韓国の文在寅大統領は、従前より、北朝鮮との融和の重要性を説き、究極の目標として半島統一を希求してきたことは周知である。文氏は、韓国では金大中、盧泰愚大統領という左翼政党の系譜に連なる政治家で、彼はとりわけ強固な反日主義者であり、同時に北朝鮮との融和を強調してきた。2017年5月に大統領就任後、トランプ大統領の会談でも、トランプ氏の強硬路線に対して、北朝鮮との交渉の重要性を主張しつづけた。

 文氏は、2018年2月に開催される平昌オリンピックは、北朝鮮との融和ムードを国際的にアピールする絶好の機会と考えていたことは容易に想像できる。文大統領は2017年12月14日に北京に習近平国家主席を訪問し、北朝鮮問題は、対話による解決が重要であるとの共通の認識を確認している。

 北朝鮮側もこの機会を南との融和ムードを盛り上げるために利用できると考えたと推察される。2018年年明け早々、北朝鮮は韓国側との間で途絶えていた直通回線を2年ぶりに再会することに同意した。そして1月9日には、南北閣僚級会談で、北朝鮮は平昌五輪の成功のために全面協力を約した。この会談には、北朝鮮側からは、李善権、祖国平和統一委員長、韓国側からは趙明均統一相らが出席した。なお、この会談後、共同報道文が発表されたが、そこには、朝鮮半島問題は民族同士で、対話を交渉を通じて解決すると明記されており、これはアメリカなど超大国の影響を意識して釘を刺したものと言える。

 この会談直前の1月4日、文大統領はトランプ大統領と電話で会話をしたが、トランプ氏はその際、五輪開催中は米韓軍事演習を延期しても良いと発言したという。米国務省も南北会談は前向きな進展と評価。また1月10日、トランプ大統領はWall Street Jounarlとのインタービューで、金正恩氏と会えば、良い関係を築ける、発言したと伝えれらた。

 1月19日、韓国政府は、李洛淵首相への2018年業務報告で、平昌五輪を機に、米国と北朝鮮が直接対話に乗り出すよう「外交力を集中する」と述べた。

 北朝鮮は、平昌五輪に対して、アイスホッケーで南北合同チームで参加、また開会式には、金正恩労働党委員長の実妹である金正与氏、ならびに北朝鮮の序列2位である金永南最高人民会議常任委員長が代表として参加。2月9日の開会式にはアメリカからペンス副大統領も出席しており、北朝鮮代表との会談の打診をしたが、実現しなかったとされる。北朝鮮は大規模な「芸術団」と応援団も派遣し、大会中、融和ムードを盛り上げた。また北と南は選手団がそれぞれの国旗を使わず、白地にブルーの朝鮮半島をデザインした南北合同旗を用いた。文大統領は五輪期間中、北朝鮮の代表団に密着して歓迎に専心。韓国国内では合同チームや合同旗について批判の声も上がったと報道されたが、大きな盛り上がりにはならなかった。

 平昌五輪(2月23日終幕)後、金英哲(ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長ら北朝鮮高官代表団が2月25〜27日の3日間の行程で韓国を訪問、文大統領らと会談して27日帰国した。金英晢氏は、北朝鮮の韓国砲撃や韓国海軍艦艇などを指揮したとされ、韓国では警戒されている人物。3日間に渡る訪韓で韓国側首脳部との会談の内容は詳らかにされていないが、南北関係”前進”の重要性を強調したと報道された。


2 .   訪朝した韓国特別使節団訪朝と北朝鮮金正恩委員長との会談

 平昌五輪への北朝鮮の参加をめぐる一連の協議で、北朝鮮側から金正恩委員長の実妹を含む高官がたびたび訪韓したことへの返礼の意味も込めてか、韓国から3月5〜6日特別使節団が訪朝し、金正恩委員長を表敬して会談の機会を持った。

 金委員長は、歓迎の夕食会に、実妹の金与生氏や夫人の李雪主氏まで同席させるなど異例の歓迎をした。特別代表団との4時間半に及ぶ会談の席で、金委員長は、朝鮮半島の非核化に言及し、また米国首脳と会談の用意があると発言したと伝えられたが詳細は明らかにはされなかった。

 文在寅大統領の特使として訪朝し、6日に帰国した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長が記者会見で、会談の要点を報告した。
ー4月末に、板門店で、第3回南北首脳会談を開催
ー首脳間のホットラインを設置
ー北朝鮮は朝鮮半島の非核化の意思を表明。
 北に対する軍事的脅威が解消され、北の体制の安全が保障されるなら核保有は意味ないの意。
ー北は、非核化問題の協議および米朝関係正常化のために米国と対話する用意がある。
ー対話が続く間は、北は追加の核、ミサイル実験をしない。核兵器を南に向けて使用しない。

  この会談では、「非核化」が重要だが、非核化を実現するための具体的なステップや行動についての言及はなかったという。


3.  トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に3月8日、金委員長と会談の意向表明

 トランプ大統領は、3月8日、文在寅韓国大統領の特使としてホワイトハウスを訪問した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長と徐薫(ソ・フン)国家情報委員長と面会した。鄭氏によると、鄭氏は正恩氏の「トランプ大統領と可能な限り早い時期に会いたい。直接会って話すれば、大きな成果を出すことができる」と伝え、さらに、正恩氏の本気度を感じた、と強調したという。するとトランプ氏は、大きくうなずきながら「よし会うぞ」と即答したという。

  ホワイトハウスにはWest Wingと呼ばれる庭に向かって開かれた記者団や訪問団などとのオープンな会見場所がある。ここは大統領が重要な問題を比較的オープンに発表する時に良く使われるが、トランプ大統領の特別な計らいで、鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長らの韓国特別使節団代表はこの場所で、内外の記者に対して会見を行ったという。
  トランプ大統領と韓国特別使節団との会見につき、大統領報道官は以下の声明を発表した。
 ートランプ大統領は金正恩氏との会談を受け入れる。
 ー会談の詳細な日程と場所は未定
 ーすべての制裁と最大限の圧力は継続

 鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長の記者発表要旨
 ー金正恩氏が非核化の意志を示すとともに、核実験、弾道ミサイル発射実験を控えると約束
  したとトランプ氏に伝達
 ー正恩氏は韓米合同軍事演習の継続に理解
 ー正恩氏はトランプ氏とできるだけ早い会談を熱望
 ートランプ氏は正恩氏と5月までに会うと発言


4.   金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問

 3月25日夜、中朝国境の町、遼寧省丹東市の駅に、深緑色の特別列車が滑り込んできた。周囲は厳戒態勢。自ずから北朝鮮の首脳が中国に列車で訪問してきたとわかる。目ざとい中国人の野次馬が「太っちょの三男坊」の訪中とネットに書きたてたので、金正恩委員長の中国訪問は事実上、知られていたといえるが、金正恩氏の隠密の北京訪問が公式に発表されたのは、3月28日、中国国営新華社と北朝鮮の朝鮮中央通信のニュースだった。

 訪問は3月25日夜から28日まで足掛け4日間。その間、習近平夫妻は金正恩夫妻を2回食事でもてなし、会談、そして夫妻で見送るなど最大限の歓待だったようだ。会談の詳細は明らかにされていないが、金委員長は、朝鮮半島非核化について、北朝鮮の体制が保障されなら非核化を実行する意思はあると強調したとされる。

  Financial Times 3月29日版は、習氏と金氏の関係は、あたかも父親が非行の息子をさとすようだった、いまや従順になった息子とstern and benevolent(厳しくも寛大な)父親、と表現している。実際、金正恩氏は、父親の金正日氏から王朝を譲り受けていらい、北朝鮮の対中国関係を取り仕切っていた義理の叔父にあたる張成沢国防委員会副委員長を処刑、実の兄、金正男氏をマレーシアで殺害、また中国にとって外交上重要な節目でも無謀な核・弾道ミサイル実験を繰り返して中国の面子をつぶすなど”乱行”もしくは”悪行”を繰り返してきたから、今回の神妙な訪問がそのように表現されるのもわかる。

 金氏にとっては、トランプ氏との会談を前にして、これまでのような国際的孤立状態では甚だ心細いので、かつては”血の同盟”を誓い合ったこともある大国、中国の後ろ盾が欲しかったのであろうし、一方、中国にとっては、トランプー金の直接会談で事態が決まってしまうことは、中国の影響力の低下を意味するから、なんとしてもここで北朝鮮の後見人の役割を演じて、国際的影響力を確保したかったといえよう。この会談はそうした意味で両者の利害が一致するので、北朝鮮からの再三の会見要請に、このタイミングで中国が応じたというのが真相と推察される。


5.  安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談

 4/17〜18、安倍首相はトランプ大統領とフロリダで首脳会談を行った。両首脳の会談は2017年11月、トランプ大統領がアジア歴訪の際に日本に最初に立ち寄った時の会談以来、半年ぶりである。この間、国際情勢はとくに北朝鮮問題をめぐって大きく動いた。とりわけ2月以来、北朝鮮が急に融和ムードを演出する”微笑外交”に転じてから、極東をめぐる国際関係は激動した。

 冬季オリンピックを利用した文在寅韓国大統領と北朝鮮の金正恩委員長の掛け合いはあたかも出来レースのように進み、日本はこの重要局面でプレイヤーの役割が果たせず、いわば観客の立場で、置き去りにされた印象を持つ向きの多かったのではないか。日本にはこの局面でカードがなく、ひたすらアメリカと協調して、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで経済制裁などの圧力をかけ続けるとアメリカに強調する以外に打つ手はなかったように見える。

 そうした状況の中での日米首脳会談だった。フロリダでの初日は、ゴルフ好きの両首脳がまずゴルフを楽しみ、それから、安全保障問題を中心に議論した。そこで、安倍首相は、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで圧力をかけ続けるべきだ、との既定路線を強調したようだ。その際、拉致問題について、米朝首脳会談でトランプ氏が北朝鮮に誠意ある対応をするようにと要請した。

 そして、翌日の経済討議に進む予定だった。ところがそこで異変が起きた。安倍首相との初日の会談を終えた夜、トランプ氏は、ツイッターに次のように書き込んだのだ。「TPPは日本などがアメリカを復帰させようと望んでいるようだが、あれは最低だ。2国間の取引の方がアメリカの労働者にとってははるかに有利に交渉できる」と。安倍首相は、トランプ氏が1月のダボス会議でTPP復帰を匂わせて以来、その復帰を実現させるためにあらゆる環境整備を進めてきた。首脳会議2日目は経済が議題なのでそれが主題になるはずだった。

 Financial Times 4月19日号は、”これが最も重要な同盟国に対する仕打ちか?しかも安倍首相がスキャンダル問題で最も困っている時に、これ以上最悪な振る舞いはない”と批判している。トランプ氏は3月にいきなり鉄鋼とアルミについて高い付加関税をかけると宣言したが、その後、NAFTA交渉相手のカナダ、メキシコ、また欧州はじめ多くの同盟国は当面その適用除外とした。同盟国で適用除外になっていないのは日本だけである。日本は中国のように報復措置はとらず、ひたすら恭順にしているのに、この仕打ちは何だ、とFT社説は率直のトランプ氏を批判している。

 米朝交渉を控えて、世界諸国が、世界の安全と平和のためにそれぞれどのような役割を演じられるか工夫と努力をしている時に、北朝鮮の核とミサイルなどの影響を韓国と並んで最も受けやすい立場で、しかも経済的には世界に大きな貢献をしている日本は、トランプ氏から見れば全く何の価値もないように見えるのだろうか。


6.   4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認

 トランプ大統領は、4/18ツイッターで、「マイク・ポンペオが、先週、北朝鮮で金正恩と会談した。会談は順調で、良い関係を構築できた。・・首脳会談の詳細を今調整中だ」と書いた。ポンペオ氏の訪朝は17日にワシントンポスト紙が報じたが、同紙によると、訪朝期間は4月1日のイースター休暇の間。ポンペオ氏は3月13日に国務長官に指名されたばかりで、訪朝当時はまだCIA長官のままだった。

 トランプ氏は前国務長官のTillerson氏とは見解のそりが合わず、トランプ氏は国務省を重視せず、CIAの情報機能を重用する傾向がある。CIAでは昨年5月に「朝鮮ミッションセンター」を立ち上げ、北朝鮮や韓国の情報機関と頻繁に連絡をとって情報活動を進めているようだ。しかし、国際問題は過去の経緯や政策問題が前提になることが多く、国務省にはそのための専門家が多いが、単なる情報機関であるCIAの重用はリスクがあると指摘する向きも多い。トランプ式外交の特徴が吉と出るか凶と出るか、見守る必要がある。


7.  朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定

 北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩委員長が、4月20日、党中央委員会の報告で、「核実験や中長距離ミサイル、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射も必要がなくなり、北部核実験場も使命を終えた」と報道した。総会はこの日採択した決定書で、核実験とICBMの発射実験と中止し、北朝鮮北東部・豊渓里(ブンゲリ)の核実験場を廃棄すると表明した。

 これは新たな実験をしないと発表しているだけで、それが非核化に具体的にどのように繋がるのかの道筋が見えないこと、また、これまで4半世紀の間、北朝鮮は、非核化をすると何度も宣言して、その都度、制裁の解除や援助を獲得してきたが、結局、それらの約束は一つも守らなかったという経緯があるので、今回の発表は、”口先だけ”と取る向きが多い。


8.    板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談

 そして4月27日、史上3度目になる今回の歴史的南北首脳会談が板門店で開催された。その状況についてはやや詳しく冒頭に述べたので、ここでは、両首脳による「板門店宣言」の要点と、ここにいたまでの非核化についての首脳などの発言の経緯を整理しておきたい。

○南北首脳による板門店宣言の要旨
ー完全な非核化と通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認
ー朝鮮半島の非核化のため、国際社会の支持と協力と得るよう努力
ー今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換
ー南北と米国の3者または、南北と米国、中国の4者による会談の開催と推進
ー南北首脳で定期的に会談
ー文在寅大統領が秋に平壌を訪問。

○非核化をめぐるこれまでの首脳発言の経緯
ー2018.3.5.
  金正恩と韓国特使団による会談(韓国政府発表)
  ・北朝鮮に対する軍事的脅威が解消され、体制の安全が保証されるなら、核を保有する理由
   はない。
  ・非核化問題の協議と米朝関係正常化のために、米国と対話する用意がある。
  ・対話がつづく間、追加の核実験や弾道ミサイル発射など挑発を再開しない。

 ー2018.3.26.
   中朝首脳会談での金正恩氏の発言(中国外務省発表)
  ・「遺訓に基づき、半島の非核化に力を尽くす」
  ・「朝米首脳会談と行うことを願っている」
  ・「南朝鮮と米国が善意をもって我々の努力に応じ、平和の実現のために段階的で同時並行
    的な措置が取られるのであれば、半島の非核化問題は解決にいたることが可能になる」

 ー2018.4.9.
   朝鮮労働党中央委員会政治局会議(朝鮮中央通信)
  ・金正恩氏が北南関係の発展方向と朝米対話の展望を深く分析して評価

 ー2018.4.20.
   朝鮮労働党中央委員会総会
  ・金正恩氏「核実験や中長距離ミサイル、ICBMの試射も必要なくなり、北部核実験場も
   使命を終えた。

 ー2018.4.27.
   南北首脳会談での板門店宣言
  ・南北は完全が非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認。

 
9.   米朝首脳会談の背景、展望、課題

 最後に米朝首脳会談の背景、展望そして課題についてコメントしておきたい。

 まず、背景として、なぜ2018年に入って急転直下、これまで4半世紀にわたって想像することもできなかった米朝首脳会談がにわかに実現する方向になったのか、その背景を考えたい。

 
 第一は、これまで、核兵器を持つこと、しかもそれがアメリカの首都や東部の大都市を攻撃できるICBMに搭載できる核兵器であることは、北朝鮮の悲願だった。朝鮮戦争で血の同盟を誓った中国も、ゴルバチョフ以降のロシアも、北朝鮮にとっては敵国である韓国と1990年代初頭に国交を結び経済協力協定まで結ぶという状況変化の中で北朝鮮は国際的に孤立した。

 その孤立の中で、金王朝の存続を保証できる唯一の条件が上記の核・ミサイルによる攻撃能力であると金親子は考え、その実現に邁進してきたのである。世界最強のアメリカは北朝鮮の核兵器開発を阻止しようとしたが、果たせず、北朝鮮はアメリカが本気で武力行使に踏み切らないので、クリントン、ブッシュ、オバマ歴代アメリカ政権の足元を見て、核とミサイル開発を続けた。

 ところが、トランプ政権は対応が違った。トランプ氏は「すべての選択肢はテーブルの上にある」と武力行使も排除しない姿勢を示したが、トランプ氏は、世界情勢にも歴史にも疎い、というより興味がなく、Dealだけを信ずるいわば興行師である。彼はただ、2000年の大統領選に勝てば良い。そのためには、北朝鮮からの核ミサイルの脅威は「俺がつぶした」と選挙民の前で勝ち誇れればよい。そのためには、場合によれば本当に武力行使をするかもしれない。

 これまで常識あるアメリカの歴代大統領を見てタカをくくってきた北朝鮮、特に金正恩氏はアメリカの段違いの武力と、それを場合によれば使うかもしれないというトランプ大統領の実際的な脅威を、状況を分析するうちに理解したのだろう。日本の首相として初めて北朝鮮の金正日氏と対峙し拉致被害者の帰還を実現した小泉純一郎氏の感想を聞いたことがある。小泉元首相は、「アメリカは軍事力をただもっているだけでなく、毎年のように実戦で使っているので、その本当の戦力は圧倒的だ」と指摘しておられた。それを金正恩氏も理解し、トランプ氏に会いたいと韓国の特別使節に伝えたのだろう。

 一方、韓国の特別使節団からその報告を聞いたトランプ氏は、これはDealで生きてきた俺がやらざるを得ない。国務省の秀才どもに任しておいてはできるものもできなくなる、ということでその場で「会おう」と決断したのだろう。以上が、私の考える、今回の米朝首脳会談の背景である。

 次に、それでは交渉はどうなるか、その結果はどうなるか、すなわち展望を考えたい。北朝鮮は4月27日の南北首脳会談で、半島の完全非核化を目標とすると言い、それは板門店宣言にも書き込まれた。「完全非核化」はまさにキイワードであり、それがどのように実現するのか、世界中が固唾を飲んで見守っている。

 その言葉自体は明白だが、実際に、それが何を意味するのか、どのようにして実現していくのか、ということになると、そこには核兵器やミサイルの種類、どの段階で何をするのか、査察はどうするのか、査察で本当にわかるのか、などなど莫大な可能性の組み合わせがある。また朝鮮半島の非核化という場合、半島には北朝鮮だけでなく韓国もあり、韓国には米軍が常時駐留しており、必要とあれば核を動員することはわかっている。したがって、朝鮮半島の非核化とはそれも含む膨大な分野ということになる。

 私はある会合で、韓国大統領外交安保特別補佐官、文正仁氏の講演を聞いたことがある。氏は非核化ひとつをとっても上記のような多様な解釈と複雑なステップがあり得るので、その実現には膨大な交渉、査察、実行の手続きが要ると述べておられたのが印象的である。その文正仁氏が今年5月に入って「休戦協定を平和協定にするなら、米軍の存在は不要になる」という解釈を示して韓国首脳部で物議を醸したと報道されたが、論理的にはそうした可能性も排除できないということだろう。以上のように、米朝首脳会談の展望は、誠に複雑かつ不透明というほかはない。

 ちなみに、文正仁氏は、半島統一についても言及した。文在寅韓国大統領は二言目には民族の悲願として「半島統一」を叫んでいる。文正仁氏によると、統一にもいろいろな種類と段階があり、南北が完全に普通の単一国になることは困難でも、国家連合や連邦のような様々なヴァリエーションで将来像を描くことは可能との見方を示され、統一も全くの夢物語ではないことを感じさせられた。

 最後に課題、特に日本の課題について述べたいと思う。上記のような複雑な可能性の枝が森のように入り組んでいる中で、気の短いトランプ大統領が、自分の選挙第一(彼は実はAmerica firstではなく、Trump Firstなのだ)に結論を出すとどうなるか。それは要するにアメリカの自分の選挙区に核弾頭つきミサイルが飛んで来なければ良いのである。それを選挙民に約束すれば彼は次期大統領に再選されると信じているのだろう。

 それだけが条件ならば、金正恩氏も乗りやすい。核弾頭つき大陸間弾道弾をトランプ氏が見ている前で廃棄し、その生産設備も発射装置も破壊すれば良い。その他の兵器は温存できる。それもすべて廃棄なら彼は当然、米軍の半島からの撤退を要求するだろう。その他の兵器の中には何年も前に完成されたノドン、テポドンなどの中距離弾道弾は当然含まれる。日本全土はそうした中距離弾道弾の着弾域にある。

 それらはアメリカの脅威ではないから、トランプ氏が核ICBMの廃棄で良しとするなら、アメリカは北朝鮮が攻撃しない限り、アメリカが北朝鮮を攻撃することはない状態、すなわち、北朝鮮の事実上の核保有国化が実現することになる。その時、これまで日本を守ってきた日米同盟の「核の傘」はただの番傘になってしまう。

 すなわち日本の課題は、核の傘が形骸化もしくは事実上失われた状況の中で、国家と国民の安全と平和をどう守れば良いかというまさに朝鮮戦争以降、65年間、一度も真剣に検討したことのない問題に直面するということだ。

 一部の人々は、核保有国に対抗できる軍事力を持てば良いというかもしれない。なるほど日本には何十基も原発があって核技術はあり、プルトニウムは大量に保有しており、人工衛星打ち上げ技術も世界水準であるから、その気になれば10年も経たないうちに技術的にはそうした軍事力は持てるかもしれない。しかもそれは最も安易で安価な対抗手段かもしれない。

 しかし、戦後、唯一の被爆国として平和戦略を追求してきた日本民族と日本を取り巻く国際社会にとってそれは困難な選択だろう。それでは、核の傘がない状況で、この険しい国際状況の中で、信頼され、尊敬され、したがって安全が保障されるような国づくりと国際関係に陶冶を進めていくにはどうすれば良いか、それがこれからの日本にとって真の課題であると思う。

島田村塾三期生有志の中国湖南省研修訪問:とりわけ現地での議論の内容の紹介

Ⅰ.   はじめに

 島田村塾の有志と私は、2018年4月19日から22日まで、中国湖南省を訪問した。島田村塾では2年前にも同地を訪問して大変、有意義な経験と学びをしたので、前回の訪問の際に全面的にご指導を戴いた段躍中先生(日本僑報社)にお願いして、今回も充実したプログラムを企画・運営・ご指導を戴いた。まずはじめに段先生の格別のご厚情とご指導に心から感謝申し上げる次第である。

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 今回の報告は、前回の湖南省訪問の報告や通例に島田村塾の海外研修旅行の報告とはかなり趣を異にする。今回は、現地での学生諸君や応対してくださった政府機関などの方々との質疑やdiscussionの内容を詳しく報告することとした。そうした理由の一つは、前回(2016年)の湖南省訪問で、湖南省や湖南大学などの訪問先については詳細に説明(英語)したが、今回も訪問先はかなりダブルので、そうした説明は省略することとしたこと。

 今一つの理由は、今回、湖南大学での学生諸君との質疑の質は前回にも増してかなり高度で充実していたので、最近の中国の一流大学の学生諸君の知的水準と彼らの関心事を、私のこの報告でやや詳細に伝えたかったこと、また湖南省の湘潭県(長沙市の隣の県)経済開発特区での議論は、かなり突っ込んだもので私の長いコメントに対し相手方が最終的に大いに共鳴されたので、意味があったのではないかと思い、日中の議論の一つの有益な例としてこの報告で紹介したいということ、である。

 今回の研修旅行の日程の概要、ならびに参加者については参考のために以下に記します。

○研修旅行日程の概要
4月19日(木)9:25羽田発(JL081)にて上海へ、上海市内にて「歓迎昼食会」、
       長沙へ移動(高速鉄道)、長沙市内にて夕食会、長沙泊
4月20日(金)午前  長沙市内見学(馬王堆漢墓 他)、湖南大学学長主催「昼食会」、
       午後 島田晴雄先生特別講演会(於:湖南大学)、
       湖南省政府主催「夕食会」、長沙泊
4月21日(土)午前 毛沢東旧居見学、午後 湘潭県経済開発特区視察、
       湘潭県政府主催「夕食会」、長沙泊
4月22日(日)長沙出発、上海経由、14:00上海(浦東)発(JL876)にて帰国

○参加者リスト
島田晴雄、段躍中、倉持茂通、宮澤伸幸、磯野謙、秋山友紀、松田梨奈、阿座上正博、神内佑大、欧陽延軍


Ⅱ.  湖南大学でのセミナーでの質疑応答

 湖南大学は中国各地に展開するおよそ20ほどの一流大学の一つで、中国でももっとも歴史の長い名門大学である。湖南省は現代中国の創始者毛沢東を始め、胡耀邦、劉少奇、朱鎔基ら戦後を代表する中国指導者だけでなく清帝国を太平天国の乱から救った英雄、曽国藩などを輩出した特別な地域で、その中核的学塾としての伝統を守る湖南大学は、5万人の学生を始め多くの研究者と優れた研究・教育の成果をあげる誇り高い総合大学である。

 私は2年前の訪問の際に、同大学で、学生諸君200余名と教職員のために講演・討論会を行い、客座(客員)教授の名誉を戴いたが、今回も段献忠大学学長はじめ教職員ならびに段躍中先生の御尽力で同様の講演と質疑の貴重な機会を戴いた。私の中国語での30分に及ぶ講演『世界における中国と日本の地位と役割』のあとで、学生諸君と英語ならびに日本語での質疑があったが、彼らの質問の的確さの背後にある鋭い関心と問題意識が特に印象的だったので、以下で、その内容を詳細に報告したいと思う。なお私の中国語の講演は、私の中国語ブログ『島田中文説』(http://www.haruoshimada.net/chineseblog/2018/05/post-1969.html)に再録されているので、興味のある方はご参照ください。以下は、その講演に続く学生諸君との質疑の詳細の紹介です。

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○男子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:日本では労働者の労働時間が長く、超過勤務(残業)や過労死などが深刻な問題になっていると聞いています。この現象は、勤労者の生活の質(Quality of working life)にとっても重要な問題を提起していると思います。政府はこの問題に対してどのような政策対応をしているのでしょうか?

 A:   これは大変、良い質問です。なぜなら、これはまさに現在の日本政府すなわち安倍政権が”働き方改革(work way reform)”というテーマで最も重要な政策課題として取り組んでいる問題だからです。

   働き方改革には二つの重要な側面があります。ひとつは、残業を減らし、労働時間を減らして、勤労生活の質を高めるという課題、いまひとつは労働の報酬を労働時間ではなく成果に対して支払う、”成果報酬(pay by performance)”制度の導入です。後者のテーマは、経済のサービス化が進む現代にはますます重要な課題になりつつあります。サービス労働はベルトコンベアーの製造業とは異なり、その成果は必ずしも労働時間に比例しません。労働時間は短くても工夫と努力で大きな成果を挙げることができるからです。

   安倍政権は、働き方改革という政策を進める上で、この二つの課題に取り組んで来ました。労働時間の短縮は残業時間の上限を設けるなど、進展して来ました。その一方で、成果報酬制度の導入は足踏みしています。成果報酬を導入するために、政府は”脱時間給”という考え方を労働組合や経営団体に受け入れてもらうよう努めて来ましたが、労働組合などは抵抗しています。
 
   今次国会に、政府は、成果報酬制度の導入を含む”働き方改革”の法案を提議しました。厚生労働省は、そのための審議の資料として、成果報酬制度で働く勤労者の労働時間が比較的短いという統計データを示しましたが、そのデータの信憑性に疑義が持たれ、野党から激しい攻撃を受けたため、政府は結局、働き方改革法案から、”成果報酬”制度導入の部分を削除することを余儀なくされました。欺瞞のあるデータを提示した厚生労働省の作為とは思いたくありませんが、これは安倍政権にとっては打撃でした。

   なぜなら、労働時間短縮と成果報酬制度の組み合わせで、働き方改革はバランスがとれるからです。労働時間短縮だけでは、労働コストの上昇になりますが、仕事の質ないし生産性向上を刺激する成果報酬制度と合わせて、労働生活の質の向上と経済の効率化が同時に実現されるからです。

○女子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:  トランプ大統領は、アメリカが輸入する鉄鋼やアルミニウムに対して高い付加関税を課しました。アメリカに大量の鉄鋼を輸出している中国は大きな影響を受けるので、中国は対抗措置としてアメリカから輸入する農産物に対して報復関税を課すと発表しています。このような応酬は、貿易戦争に発展するのでしょうか?このような状況の中で、日本はどのような立場をとるのでしょうか。日本はどう対応するのでしょうか?

 A:  トランプ大統領が、3月に鉄鋼については25%、アルミニウムについては10%の付加関税をかけると言明しました。一部の同盟国や、NAFTA改革を協議中のカナダとメキシコ以外は、例外なく、この関税を適用するとしています。日本も例外ではありません。中国は構造的に鉄鋼生産の過剰設備を持ち、過剰生産せざるを得ず、アメリカに対する最大の鉄鋼輸出国なので、最大のターゲットにされています。

   中国は、アメリカの関税攻撃に対して、アメリカから輸入する農産物に高い関税をかけるという対抗処置をうちだしました。これは特にトランプ大統領の支持基盤である中西部の農民層を狙ったとも言われています。これに対してトランプ氏はさらなる対抗処置を講ずる用意があると脅しをかけています。

   しかし、中国は最近、これまで外資を厳しく制限していた金融市場の抜本的な開放政策を宣言しました。例えば100%外資でも参入可能にするとしていますが、それが実現すれば、数年以内に金融産業は大きく国際化されるでしょう。中国の政策当局は、金融のような基幹産業でも、開放できる実力を身につけたとの自信を持ったのでしょう。トランプ氏のさらなる攻撃目標はIT産業や知的財産権問題とも言われています。

   こうした状況の中で、大きな鉄鋼輸出国である日本は、比較的、冷静に対応しています。その理由は、日本からアメリカに輸出される鉄鋼は高品質の特殊鉄鋼が多く、それらは品質で差別化されているので、高関税を付加されてもアメリカの需要産業は買わざるを得ないという競争上の優位がある場合が多いからです。そのため、今のところ、日本はアメリカに日本を付加関税の対象から除くよう要望は出していますが、アメリカの対して中国のような対抗措置はとっていません。

   トランプ氏は、日本に対し、日本はアメリカを利用するばかりで、アメリカ製品に対して十分な市場開放をしていないと非難しています。アメリカは、これから日本に対して、特別な市場開放を迫ってくる可能性はあります。また、トランプ氏は、一度離脱したTPPに、もしアメリカに対してより良い条件を提供するなら、復帰しても良いと言っていますが、TPP11を推進してきた日本政府は11ヵ国で合意されたTPPの条件は原則的に変えないという立場です。

○女子学生、ビジネスカレッジ、英語

 Q:   日本の右翼(right wing)について聞きたい。日本では近年、右翼の活動が活発化していると聞きますが、実際は?日中関係は、かつては友好な関係の時もあったが、最近の日中関係は必ずしも友好とは言えない。”右翼”の活動の活発化で、友好関係の前進が阻害されないだろうか。

 A.:   まず、貴女は、右翼という言葉で何を意味しているのか、具体的にどのような勢力や人々を指しているのかを知りたいと思います。

  日中関係について言うと、戦後の日中関係の正常化(国交回復)に最大の貢献をしたのは田中角栄氏と思います。田中首相は、毛沢東時代、周恩来総理と交渉をして日中国交回復を実現しました。田中氏は戦後日本の最大の政治家と思う。彼は保守本流の政治家で日中国交回復という大事業を成し遂げたが、右翼ではない。

 一方、戦後日本には、ソ連のコミンテルンの影響を受けた共産党があり、それらと深い関係を持つ社会党、その後の民主党などの系譜がある。彼らは、中国共産党にも親近感を持つだろう。コミンテルンの影響下で発展したという意味では兄弟のような関係とも言える。これらは日本では一般に”左翼”と呼ばれている。

         ただ、日本では、これらの勢力は単に政権党に対して批判するだけで、国家を治める対案を提示してこなかった。彼らの主張は、現代社会から遊離した非現実的なもので、責任ある政治勢力ではない。しかし、国民の間に一定の支持はある。2009年から3年間、この流れを汲む民主党が政権をとった時期があったが、結果は、日本の混乱と衰退で無残だった。

   安倍首相については、国際的にもナショナリストという評価があるし、日本では”右翼”という人々もいる。しかし、彼は責任ある政治指導者である。一般に、政治家は皆、ナショナリストではないか。トランプ氏はAmerica Firstを標榜しているが、どの国のでも政治家は自国優先、自国firstは常識だろう。ただ、トランプ氏のAmerica Firstはその他の国々を犠牲にしても構わないという極めてegoisticなAmerica Firstなので、世界的指導者としては無責任でむしろ危険な存在だ。世界諸国のまともな政治家の”自国first”は、世界の共存、共栄のバランスをふまえての自国firstだ。

   日本の政治は基本的に”保守勢力”の政治。彼らは野党の批判は十分認識した上で政治を行なっている。それが責任ある政治ということである。単純に、日本の政治にRight wing(右翼勢力)の影響がある、とするのは、表現として不適切であり、実体の理解を妨げる危険がある。

 ○男子学生、法学部、英語

  Q:  日中交流は重要と思うが、メリットと同時に、ジレンマがあるのではないか。中国が台頭し、存在が大きくなってくると、国際社会には、それが国際秩序を変えようとしている、という懸念が高まる。とりわけ、アメリカは、中国の発展が、国際経済を大きく巻き込む ”一帯一路(One belt, one road)” やそれを支えるAIIBのような発展につながること、また、特に、”2025年情報化計画” などがアメリカを脅かす可能性があると認識して、中国の発展を抑え込もうとしている。

   日本にとって、中国の発展はどのような意味を持ち、どのように受けとめられているのか。中国の発展は、日本にとって、脅威なのか、それとも機会(チャンス)なのか、見解を聞かせて戴きたい。

  A:  結論的には日本にとって中国の発展は機会(chance)と考える。しかし、機会とするには日中双方にとって多くの努力が必要。

    中国の発展が世界に脅威を与えるように見えるのは、それが世界秩序に変更を迫るように思われるからだ。既存の世界秩序とは、覇権国やその勢力が確立した秩序。現在の世界ではそれは欧米諸国が確立した秩序だ。それは、例えば、自由、人権、競争、民主主義などに象徴される秩序でである。これはフランス革命、英国の産業革命、アメリカ合衆国の独立など欧米諸国の発展を通じて醸成され、確立された。

    後発国が覇権国を追い上げる過程で、両者の間では対立関係が先鋭化することが多い。よく知られた「ツキディデスの罠」はアテナとスパルタの対立が戦争に発展した故事からの教訓を説いたもの。近代では、19世紀の英国とロシアの”Great Game”と言われた対立、20世紀前半の日本の急激が発展による欧米列強との対立、そして現在に米中対立などはその例。このような後発国と覇権国の対立は、世界史を通観すると、約2/3は戦争になっている。

    欧米の秩序や価値観から見れば、中国は明らかに異質。異質の中国が発展し、その世界におけるプレゼンスを高めることは、そのままなら確かに欧米にとって脅威だろう。日本は今、建前として欧米の価値観を受容している。そうであるとすれば、中国の発展について欧米と同様の脅威感を共有するのだろうか?

    しかし、日本は第二次大戦前は、日本特有の価値観、国家観を奉じかつ主張していた。それは皇国史観にもとづいた”神の国”という国家観。神の国だから鬼畜米英に負けることはありえないという価値観で国民を戦争に駆り立てた。

    その日本は1952年、サンフランシスコ講和条約を契機に、急遽、それまでの価値観を捨て、米欧と価値観を共有すると宣言した。欧米は、市民革命や独立戦争などの試練を経て、このような価値観を醸成したが、日本は、被占領状態解除のいわば条件として、欧米流の価値観を受け入れたのであって、自分の努力で勝ちとったものとは言えない。

    日本は歴史的には、中国から1000年以上にわたって文明を吸収し、それを消化して日本の伝統や価値観を醸成、構築してきた。日本は、中国的価値観や国家観を研究してきた歴史があり、中国的価値観を理解する素地がある。中国は3000年に及ぶ世界でももっとも長い文明史があるが、多くの民族が入り乱れて王朝が変遷する歴史なので、必ずしも一貫していない。中国はそれ自体、異民族、異文化の葛藤と共存を繰り返してきた。

    現在の中国は、習近平国家主席の指導力の下で、中国的価値観と国家観を内外に向けて強く主張し始めている。これは現代中国の経済発展を主導した鄧小平が唱えた”韜光養晦(爪を隠して実力を磨く)”の考え方とは対照的。習近平体制で求められる価値観や国家観が何を意味し、何を求めるのか、を日本はもっと研究し、理解する必要がある。

    日本は、歴史的、文化的、地政学的にそれができる立場にある。ツキディデスの罠に陥ってはならない。共存・共栄の行き方を示せる可能性がある。その時、中国の発展は日本にとって、脅威ではなく、機会になるだろう。

  ○女子学生、外国語学院院生、日本語

  Q: 中国とアメリカの間で貿易戦争になりかねない対立が高まっています。最近、アメリカは中国のハイテク企業のアメリカ進出を禁止しました。トランプ氏は、鉄鋼やアルミへの高関税の付加、投資活動の制限、輸入制限措置の強化などの排他的、攻撃的政策を発動していますが、その理由は何なのですか?トランプのこのような対外通商政策は、アメリカにとって、また世界にとってメリットになるのでしょうか。中米対立がますます激化しそうな状況ですが、そうした中で、日本は、アメリカか中国か、どちらに付くのでしょうか?

  A:   たしかに貿易や通商をめぐる米中対立は大いに懸念されます。貿易戦争に発展するかどうかと言えば、その可能性はなくはありません。しかし、最近の中国は金融など重要な面で開放政策を発表するなど、対立の激化や紛争を避ける方向に努力しており、私はその努力は評価しています。

    トランプ氏がこうした排他的、また攻撃的通商政策を仕掛けてくる理由は明白です。トランプ氏は選挙中から、アメリカの労働者の雇用機会は中国の不当貿易で騙しとられ(rip off), 奪われた(ship off)のだから、それをとり返してやる、と繰り返し発言していた。それは彼の公約となった。その手段としてトランプ氏は必要なら40%もの高関税をかけると脅していた。今回、その公約を、鉄鋼には25%、アルミには10%という関税を付加することで実行した。

    トランプ政権のこうした行動が、アメリカや世界にメリットがあるかと言えば、それは全くない。逆にデメリットが大きく拡大する。なぜなら中国や日本からアメリカに輸出される鉄やアルミ製品は、アメリカ企業の製品の原材料や工作機械などに使われる生産材である。これらに高関税がかかると、アメリカ企業製品の価格が上昇し、生産量は下がる。これはアメリカ経済や消費者にとって悪影響を及ぼす。世界にとっても同様の影響で、価格上昇と生産縮小につながり世界市場は収縮する。

    実際、1930年代の大不況後、アメリカのSmoot Hawley法に基づく、関税引き上げが国際的な関税引き上げ競争を加速させ、それが第二次大戦の引き金になったという説もある。第二次大戦後の世界は、その誤ちを繰り返さないため、アメリカ主導で、自由貿易と守るための国際協力の枠組みを整備してきて。その仕組みをアメリカ大統領であるトランプ氏が、アメリカ第一のスローガンの下で、事実上、私利私欲の暴挙を行っていることは誠に残念。

    このようなアメリカと中国の対立の中で、日本はどちらに付くのか、という質問ですが、経済面では、日本は自由貿易と国際協力という戦後のアメリカが主導してきたシステムを活用して発展を実現してきた。TPPもその延長線上にある。
    一方、安全保障面では日本は日米安保が基本。日本の安全は今はアメリカに依存している。どちらに付くかは、経済と安全保障の総合的判断の結果。日本は経済では自由貿易を標榜しているが、パートナーとしての中国の重要はますます高まっている。中国とどのような関係を築くかについては先の質問者への答えのような努力が必要。

  ○男子学生、日本語

   Q:    日本では人口の減少と高齢化が進んでおり、労働力が不足していると聞いている。日本は移民が必要ではないか。日本政府や人々は、移民についてどう考えているのかを聞きたい。

   A: 移民はこれからの日本にとって極めて重要な課題と思います

    日本では現在、移民を厳しく制限しています。実際、日本には日本に受け入れる人々を管理する法律としては入国管理法と難民認定法しかなく、移民法も整備されていません。それが象徴するように、日本には移民を受け入れるための戦略もありません。

     移民受入の必要については、戦後、労働力不足の局面で、3回ほど議論が高まった時期がありました。それらは、高度成長で労働力が不足した1960年代、バブルで労働力が不足した1990年代、そして人口の長期的減少と高齢化によって長期的に労働力不足が懸念される現在です。

     歴史的に見れば、日本は移民で成立した国と言えます。5000年前には日本列島には縄文人と呼ばれる先住民がいました。彼らは主として南洋方面からの人種と思われます。3000年前頃に、中国やモンゴルを起源とする弥生と呼ばれる異人種が日本列島に参入し、縄文人は大部分排除されました。そして日本に古代文明が芽生えてから今日に至る2000年間は、日本には大量の移民受入れはありませんでした。

     私は日本では移民の推奨者です。ただ、移民はしっかりした受入の準備なしに受け入れると社会の低層に追いやられて差別される傾向があり、彼らにとっても気の毒ですし、受け入れた国でも深刻な社会問題となります。そうした弊害を避けるために、私は移民を受けるなら、7つの基本的人権を保障して受け入れよと主張しています。それらは、失業保険、医療保管、傷害保険などの公的保険や生活保護、住居で差別されない権利、子供が教育を受ける権利、地方選挙権などです。そして多くの国で法制化されている「移民法」を整備することは日本の基本的な課題です。

     世界史を見ても成熟国で移民を受け入れずに存続した文明はおそらく無いので、移民問題はこれからの日本にとって大変重要な課題です。

  ○男子学生、3年生、日本語

   Q:日本の職場の現状について伺いたい。特に職場慣行について聞きたいのだが、女性が差別されており、正規労働者と非正労働者との間の所得格差は大変、大きいと聞いている。それは本当か。また、女性が外で労働するためには、家事と外の仕事のバランスをうまく取らなくてはならず、そのあたりは日本では政策的にどのように対応しているのか。

   A:  確かに日本の職場で、男女間の格差はある。しかし、格差は次第に縮小している。女性でも、資格や高い技能を持った女性には男性との間で基本的に格差はない。

     しかし企業の中には、仕事の内容がほぼ同じでも、職位で工夫して女性の仕事には別の名称をつけて事実上、格差を維持している場合もある。ただ、こうした実情も時間の経過とともに着実に改善してきている。例えば、男女平等とされるアメリカでも40年前には、女性医師は非常に少なく、医学部に学ぶ女性が少なかった時代がある。それが今では、女性が医師の過半を占めている。日本はこうした状態を30年遅れで追随している。

     女性は家事労働の負担があるとされるが、日本の女性の外での仕事志向は高い。女性の外での就業を妨げる要因の一つは家事の負担。しかし、家事の負担は、技術の進歩で、年々減少している。例えば、洗濯機、掃除機、炊飯器などの電化製品やロボットの使用などで急速に減っている。企業の職場観光も影響する。また家族や夫の理解も大きい。しかしこれらの全般にわたって女性の外での就業を妨げる要因は減少し、女性の就業は増加の傾向にある。

  ○女子学生、日本語

   Q:日本での就職に興味があります。日本の職場では中国人への差別がありますか?

   A:  昔は、中国人が日本で就職するには困難があった。学卒の就職でも中国人は不利だった。私は大学で教えていたが、20年ほど前までは中国人の学生は日本での就職に苦労していた記憶がある。

     しかし、最近は、中国人社員へのニーズが高まり、需要が増えている。ユニクロなどはその代表的な例。中国人材への需要が増えているので、能力さえあれば差別はない。中国人材への需要は大きく増えているので、実情をよく調べて就職活動をすることをお勧めする。

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Ⅲ. 湖南大学MBAの学生諸君との対話

 学部学生諸君との大会場での質疑応答の後で、別室のセミナールームで経営大学院のMBAコースの院生諸君と座談会を行った。この座談会では、島田村塾の塾生諸君と湖南大学院生諸君との対論が主な趣旨であった。

中国院生: 今の国際情勢では、日中が協力してビジネスチャンスを増やすべき時。対日貿易に関わるビジネスチャンスをどう増やすかが課題と思う。

中国院生:私は日本企業のあり方などは映画やドラマで知る程度。日本では職人気質の技能者がおり、それが日本の工業の基礎になっていると聞く。しかし、今はITで毎日技術が変化しているので、職人気質だけでは対応が難しい時代になっているのではないか。

中国院生:仕事の仕方は、中国では、まずプロジェクトを立ち上げ、細かいところは後で詰める。日本はむしろ細部から積み上げて、全体を完成させる方式のようだ。

欧陽:私は投資業務に関わっているので、沢山の企業の現場を見てきているし、多くの調査分析もしている。その経験から言うと、日本はmicro innovation は強いと思う。hardware のkey components, consumer electronics製品、semi-conductor,などは強い。これに対し、ITのサービスは中国が優れている。ITはデータの規模が競争力も源泉になるので、人口が多い国が有利になる。日本は細かい部分は強い。ただ、中国も進歩している。お互いに、長所を組み合わせて双方とも発展することは可能と思う。

島田:中国政府は、今後10~20年以内に、中国の自動車を全てEV化するという大方針をうちだしたが、それは自動車産業の現場にはどのようなimpactをもたらしたのか?

中国院生:自動車生産のvalue chainは企業集団(中国企業、JV, 外資の独資など)や地域によっても大きく異なるので、一概にはいい難い。どのようなvalue chainを作るかが鍵になる。

欧陽: 中国の自動車の生産ラインでは、high endのロボットが足りない。

中国院生:生産ラインの完全なロボット化は、テスラでもできない。中国は技術を海外から獲得してきた。J way社はその国産化を進めている。low end,  middle endのロボットは今めざましく進歩している。

松田: 私は自動車部品製造メーカーの社長をしているが、私の業界では、給料を日本の2~3倍出しても日本の熟練技能者が中国企業に引き抜かれる例が後を絶たない。中国のITは例えばAI搭載機器などの形でも大きく進んでいる印象だ。

中国院生:私はMBAの院生として中国国内企業を見学する機会は多いが、租州には多くの日本企業が進出している。そうした企業の現場を見学したいができるか?

島田:それは大いに可能と思う。私は日本に留学している中国の研究者の高度研究の助成金の審査員をしているが、多くの中国人研究者が日本企業の研究調査に携わっている。良い研究計画を用意し、人脈をたどっていけばできるはずだ。

中国院生:私は社会的な課題に応えるビジネスに関心がある。そうしたビジネスinnovationの可能性はあるか?

島田:日本には今、ITやゲノム解析など最先端の技術を活用した医療ベンチャーが多く台頭している。一方、中国からは特に富裕層の人々が大量に、日本に良い医療を求めてやって来る、いわゆる医療ツーリズムが成長している。中国の健康保険システムは、未整備で多くの大衆はその欠陥の被害を受けている。そうした状況の中で、多くの富裕層の中国人が中国には期待せず、日本の医療を求めてやって来る現象が高まっている。日本でも最新技術を持った医療機関や医療研究ベンチャーがそれを受け入れている。ここには中国ベンチャーが介在する余地が多様にあるのではないか、そしてそれは社会的な課題に応えることでもある。


Ⅳ.   湘潭県経済開発区

  20180421_3 湘潭県は湖南省州都長沙市に包摂される自治体だが、ここは毛沢東をはじめ中国の数々の指導者の活躍の場となり、経済活動も盛んな意欲の高い自治体。その経済開発区の本部を訪問して県幹部と懇談をしたが、その議論が、日中の相互理解にとって重要な内容に触れるものとなったので、以下にそこでの議論の内容を紹介したいと思う。

 段副主任:湘潭県は外国企業誘致に関心が高い。医療や自動車部品などの分野はその例だ。(段副主任ー中国共産党湘潭縣委員会副書記、縣長段偉長氏)

 
 島田: 自動車産業のsupply chainはご当地ではどうなっている?自動車は数万点の部品を組み立てて製造される。その調達網は複雑に広域にわたって構築されるので、地域間の協業が大切なはず。ここではそれがどのような構造になっているのか知りたい。特に中国政府が、10~20年先には、自動車を全てEVにするという大方針を打ち出したので、自動車産業のsupply chainは根本的な構造変化を迫られるハズ。それがどう受け止められどのような対応が始まっているのか知りたい。

 中国側: 政府の2016~2020計画では、政府はEV公用車の支援をするとしている。2020年までには16万台が目標。当地ではEV生産はまだ5%に過ぎない。全国的には吉林省には自動車産業が集中している。北京汽車やVWも。日本からは、トヨタ、ホンダ三菱などが進出している。

 島田:私達の仲間の、磯野謙氏は、「自然電力」という企業を立ち上げ、電力の地産・地消を進めている。地産・地消なら送電線は不要。地域の発展と独立に役立つ。中国は広大なので、電力の地産・地消はとくに地域の発展と自立に貢献できると思う。

 
 磯野:中国の電力事業には外資は参入できるか。

 中国側:外資は参入できるが、それは発電機や発電所の分野だ。電力供給サービスは政府の管轄だ。

 磯野:100%外資は参入できるか?

 段副主任:それはものによる。

   太陽光発電は、中国では設備品質がもうひとつと思う。必ずしも成功していない。外資の対中投資は、投資に興味があれば原則全てOKだ。投資拠点作りたければそれもOK. 現状の上に何かプラスアルファの開発を進めてくれるような投資は大歓迎。

   湘潭県の特産は、コメ(ビーフン)、豚(豚料理)、ハスの実。

   また地中鉱産物「海泡石」の埋蔵量は豊富。海包石は炭酸の原料になるが、9億トンと推定。
 島田:それら地中埋蔵物は輸出するのか。

 段: 輸出はしない。海外の先進技術を持った企業が中国に進出し、地元企業を共同開発をしてくれるのはとくに歓迎だ。今は開発はもっぱら地元の中小企業が担っている。

 段:今ひとつ、湘潭県は長い歴史と伝統にもとづく人文と文化の蓄積が豊かだ。

   私達は当地で、文化産業を育てたいと思う。湘潭県は朝鮮戦争で中国軍の総司令官として米軍と戦った彭徳懐将軍の出身地であり、水墨画の巨匠、斉白石の生地でもある。近年韓国人が当地の文化に興味を持ち、文化産業の企業も進出して文化交流を進めている。

   日本の企業やNPOの進出に期待したい。そして文化産業と文化交流の発展に貢献してもらえたら、と思う。

 島田:文化産業に育成と交流は大賛成。ここでそうしたことを考える上で、巨視的な視点からコメントしたい。とりわけ日本との関係について少々時間を戴いて述べたいと思う。

 
            日本は古来、中国から文化、文明を学んできた。奈良時代以前、日本には人々が話す日本語はあったが、文字はなかった。中国は3000年も前から漢字を開発した超先進国。

   日本は中国からその文明を学ぶために、役人、僧侶、学者などが遣唐使、遣隋使などとして訪中、留学して中国文明を学習し、吸収し、その過程で、中国の行政制度や仏教などの宗教も導入された。奈良時代の朝廷では、おそらく例えば今日の日本で日本語と英語が併用されるような形で、中国語がそのまま話されていたのではないか。

    平安時代に入って、日本では仮名文字が開発された。それには宮廷の学問のある女官たちが大きく貢献したと言われる。仮名文字、平仮名などが開発され、それと漢字を組み合わせた日本独自の言語体系が発展した。この時代以来、近世まで、中国は1000年以上にわたって日本の師範だったと言える。日本の知識人は中国を尊敬し、憧れた。明治時代まで、日本の知識人は中国文化に親しんでいた。優れた知識人には、中国古来のエリート養成制度である「科挙」に合格するほど中国文化に通暁する人々もいた。彼らにとっていわゆる四書五経は薬籠中の教養だった。

    1850年代以降、欧米列強の圧力が日本にも及んできた。欧米諸国は、産業革命で強化した工業力を背景に国力を増強し、軍備を拡大し、アジア諸国の収奪を企んだ。中国はその餌食となり、アヘン戦争、アロー号事件などで搾奪された。欧州列強の暴威に対して無力だった清王朝を見限って、太平天国を樹立する太平天国の乱が起きた。これは清帝国そのものが直面する危機となるので、湖南省を代表する知識人でありかつ武人だった曽国藩が兵を起こして反乱を平定し、清帝国を救ったことは有名。

    欧米列強の脅威は日本にも及んだ。1853年のアメリカペリー艦隊による開国への圧力に続き、英、仏、ロシアなどが通商を求めて日本に圧力をかけたが、これは日本にとっては半植民地化への脅威だった。日本は、植民地化を避けるために、”文明開化”の掛け声とともに、欧米文明を猛烈に吸収した。

    幕末の開国以来、わずか20~30年間で、日本は西欧文明を急速に吸収した。それは科学・技術、経済・産業、行政制度、文化、医学など広範に渡り、明治20年頃には、これらのすべてが日本語に翻訳され、日本で学べるようになった。日清戦争に敗れ、科挙の制度を廃止した中国から、日本で西欧を学ぶために年間1万人にも及ぶ多数の中国のエリートが日本に留学したほどである。日本に留学した中国人の中で湖南省出身者が最多だったことは特筆されよう。そうした中でも、中国文化は日本の知識人にとって不可欠の教養であり続けた。

    ところが第二次大戦後、中国は日本の知識人にとって尊敬の対象になりにくくなった。それは、中国が、毛沢東時代、共産主義を強調するあまり、中国の宗教を否定し、古来の自らの文化遺産を尊重しなくなったからである。自らの文化遺産を軽視する中国は、日本の知識人にとって尊敬や憧憬の対象になりにくくなった。

    私は、かつて、中国社会科学院の副院長から次のような質問を受けたことがある。「日本人にはアメリカが好きな人が多く、中国を嫌いな人が多いと聞く。アメリカは先に戦争で原爆で罪のない日本国民を30万人も殺し、日本全土を焦土にし、310万人もの日本人の命を奪った。中国は日本に侵略されたが、日本を侵略したことは一度もない。それなのに、なぜ、日本人はアメリカが好きで、中国を嫌うのでしょうか?」

    これは大変重要な質問であった。私は次のように答えた。「確かに戦争中、アメリカは無差別爆撃などで、民間人も子供も含めて310万人の命を奪い、日本全土を焦土にしたので、日本人はしばらくアメリカを憎みました。しかし、ほどなく日本人のアメリカを憎む感情は薄れ、むしろアメリカを好きになり、アメリカを憧れる人々が増えてきました。

    それはAmerican way of lifeが日本人を魅了したからでしょう。自動車、電化製品、摩天楼、ハリウッドの映画、大学、等々。アメリカは日本人留学生を大量に受け入れました。それはまず、Fulbright上院議員の提案で、第二次世界大戦集結で、用済みになった大量の兵器の売却代金を、世界各国からの留学生の奨学金に充てたのです。そのおかげで日本だけからでも数十万人の留学生がアメリカの大学で学んだのです。それは多くに若者がアメリカを理解し、好きになり、そして尊敬する基礎になりました。

    実は、日本政府は、戦後の復興過程にも拘らず、経済援助の一環として毎年、数万人の中国人留学生をを受け入れてきました。その数は、戦後の半世紀で数十万人に及びました。その他にも多くの民間や私費留学生が日本に留学したので、その総数は200万人規模に達しているでしょう。その半数くらいの人々は日中の通訳ができるでしょうから、中国で日中の通訳のできる人は100万人はいるでしょう。それに比べ、日本人で日中の通訳ができる人は1万人もいるでしょうか。私は何度もこれまで中国を訪れていますが、日本人の通訳に日中の通訳をしてもらった経験はありません。

    日本に留学した中国人が日本を好きになったかどうかには様々な説がありますが、日本がまだ貧しい時代に、多くの中国人留学生に奨学金を提供してきた事実は注目すべきであり、留意すべきです。

    中国は今、世界中に、500箇所にも及ぶ「孔子学院」(Confucious School)を設立して中国語と中国文化の普及に努めていますが、私は中国に、むしろ、大規模な世界からそして日本からの留学生招聘計画を推進してはどうかと提案したいと思います。例えば、日本から毎年10万人の留学生を招いてはどうでしょう。それは日本の若い世代の中国理解を深め、中国ファンを増やし、中国を尊敬する次の世代を形成する上で大きく貢献するに違いないと思います。

    私はその意味で、段副主任が言われる文化交流の振興には大賛成です。」

 段副主任:習近平主席もこれから文化外交、文化交流に注力するとおっしゃっています。

 島田:文化戦略は、ソフトパワーの平和戦略で、大いに推進する価値があると思います。

北朝鮮と核ミサイル問題

l.   はじめに

 現在(2018年4月初旬)、世界の最大の懸念でありまた関心事は北朝鮮の核とミサイル開発問題だろう。北朝鮮はこの数年、核と長距離弾道ミサイルの開発を加速してきたが、それはアメリカ全土を核ミサイルで攻撃できる能力をほぼ入手できる段階に達してきたと考えられる。

 アメリカはそれは絶対に許容しない、ということで、国際社会に働きかけて北朝鮮に対する経済制裁を強化し、また必要であれば武力行使も辞さないという強硬な態度を取り続けてきた。日本はアメリカの同盟国として忠実に経済制裁路線にしたがっている。

 ところが、2018冬季(平昌ピョンチャン)オリンピックを契機に、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領の呼びかけに、北朝鮮側が応じて、オリンピックに選手団と応援団を参加させることになり、その交渉のために板門店での交渉、そして韓国入りした北朝鮮の高官使節団への答礼として北朝鮮を訪れた文大統領の特使に、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)委員長自身が応対するという厚遇の中で、金委員長は、「トランプ大統領と会う用意がある」「非核化について検討しても良い」という驚くべき言質を与えたとされる。

 文大統領の特使達は間をおかずにホワイトハウスにトランプ大統領を訪ね、北朝鮮の金委員長との会見の報告をすると、トランプ氏は二つ返事で、「私が金委員長と会おう」と発言。この歴史的会見は5月末までに実現する、とされた。それを受けて、北朝鮮側は、ピョンチャン・オリンピックを利用しての”微笑外交”に引き続き、中国をはじめ、欧州各国と積極的な接触を展開している。特に、中国に対しては、金委員長が突然、列車で北京入りし、習近平首席に面会したことが事後、報道され世界を驚かせた。こうした一連の動きの中で北朝鮮の核ミサイル開発を巡って、いつ戦争になってもおかしくないという緊張感が急速にほぐれ、対話による解決への期待感が世界的に高まっている。

 対話による解決とは、非核化とはいえ、それだけの核ミサイル能力を確保した北朝鮮を事実上の核保有国として認めることになると思われる。それはアメリカ、中国、ロシア、欧州主要国のように既に核保有国となっている国々にとっては、それほどの衝撃ではないが、アメリカの核の傘を命綱としてこれまで60年以上にわたって平和と経済的繁栄を享受してきた日本にとっては、大げさに言えば、地盤が崩壊するほどの大きな影響をジワジワと受けざるを得ないだろう。

 北朝鮮の核とミサイル開発の問題は、世界平和にとって大きな脅威であるという同時に、特に日本にとっては国家の基本戦略を見直さなくてはならないほどの大きな負の影響をもたらすという意味で、極めて深刻な問題である。今回から数回にわたり、私は北朝鮮の核とミサイル開発問題の事実、意味、そしてその世界と日本に対する衝撃もしくは影響について考えてみたい。そしてそうした新しい歴史の段階で日本のとるべき方向について私見を述べたいと思う。

ll.    北朝鮮の核・ミサイル問題の深刻さ

 1. 核と弾道ミサイル開発に盲進する北朝鮮

    2017.11.29、北朝鮮は最新の火星15型弾道ミサイルの発射実験を敢行した。
   それはロフテッド軌道(真上に打ち上げ)で宇宙4800kmの高度に達した模様。
   日本海側では火の玉の落下が目撃されたとの証言もあった。大気圏突入の際、数千度
   で燃え尽きたと推定される。 

    韓国国防省の推定では、これは通常軌道だと1万3000kmほどは飛べる能力という。
   そうであるとすればその意味は重大だ。その飛距離は米国東海岸全域を射程内に収める
   ことになるからだ。この実験の直後、金正恩氏は「我々は核戦力を完成した」と宣言し 
   た。ただ、専門家筋は、この能力が実戦配備されるにはまだ少なくとも以下の3条件が
   満たされる必要があるとする。

    それは(1)弾頭の大気圏再突入を円滑に実現する技術、(2)精密誘導技術、3.
   弾頭が狙った通り爆発するか、という技術である。これらの意味で、実戦配備の技術
   や体制、また搭載核弾頭はまだ完成していないと見られる。これらの条件を満たすに
   は、 早ければ半年、遅ければ数年と専門家の見解にも幅があるが、それは結局、時間
   の問題と考えられる。

  2.  核保有国をめざす北朝鮮

    北朝鮮は真剣に核保有国をめざしている。核保有国とは仮想敵国から抑止されない
   核武力を持った国である。アメリカ東海岸に届く核弾頭つき長距離弾道ミサイルの保有
   は、一撃でアメリカの政治経済の心臓部に深手を負わせる能力であり、その能力を持た
   れてしまうとアメリカも簡単に抑止できなくなる。

  3.   北朝鮮の核保有国化と米、日への衝撃

    北朝鮮が核保有国化すると、アメリカは攻撃を抑制せざるを得ない。日本はアメリカ
   の核の傘を抑止力とする日米防衛体制の下で平和を享受してきたので、アメリカが北朝
   鮮の脅威に対して抑止力を使用しにくくなると日本の安全保障体制は根底から形骸化す
   る恐れが大きい。アメリカの核の傘のない日米安保は言うなれば”張り子の虎”だ。その
   影響は軍事だけでなく通商でも領土問題でも交渉力の低下は不可避。アメリカの抑止力
   の効かない場合の防衛戦略をどう構築するか、これからの日本が直面する最大の課題に
   なる。
 
    また、文在寅(ムンジェイン)韓国大統領は半日の確信犯であり、逆に北朝鮮に対し  
   ては融和を唱えて土下座外交も辞さない。今回の五輪外交は北の宣伝戦に極めて効果的
   に利用された。北朝鮮はオリンピックに平和の”楽団”を派遣して平和ムードを盛り上げ  
   た。そうした空気と国際社会衆目の中で米韓軍事演習はしにくい。事実、軍事演習は
   オリンピック後しばらく経って開始されたが、規模は通例よりはるかに小規模となっ
   た。北朝鮮の外交戦略の巧みさが光る。北は「非核化を検討する意思がある」とする
   が、これまでにも何回も交渉相手を騙してきた実績があり、現時点では、米朝トップ
   会談がどのような結果になるか予測はつきにくい。
     
  4)世界核拡散の危険 
    北朝鮮が核保有国になると、イラン、サウジなどの紛争国やテロ集団など多くが
   北朝鮮の跡を追って核武装を求める可能性がある。今、北朝鮮の核保有国化を阻止しな
   いと、世界の崩壊に繋がる核拡散は防ぎようがなくなる可能性がある。この段階に達し
   た北朝鮮問題の核とミサイルの脅威は、世界そして人類的な規模の大問題と言わざる
   を得ない。   
  

lll.    北朝鮮の弾道ミサイルと核開発の経緯

 1.   開発の経緯

  (1)核開発
    北朝鮮の創立者、初代労働党委員長の金日成の時代に、核ミサイル開発を構想したが
   国力がなく、夢物語だった。当時、友好国だったソ連、中国から技術面の支援が得られな
   かったのも困難の原因。1985年、北朝鮮はNPT(核不拡散条約)に加盟させられ、IAEA(国
   際原子力機関)の監視下に置かれた。
    
    しかし、冷戦終結(1980年代末)で、事態は大きく変化した。ソ連が崩壊し、同国の核
   ミサイル技術のノウハウが技術者と共に流出した。ちなみに核兵器の多くはソ連邦の一部
  (民族共和国)だったウクライナにかなり集中していたし、技術者も多かった。パキスタン、
   イラン、北朝鮮などは、これらの技術者の協力で核開発が可能になった面が大きい。新し
   い技術人材や資源を得て核開発に着手した北は1993年3月、NPTを脱退した。

  (2)弾道ミサイル開発
    過去20年ほどの間に、下記のミサイルが開発された。
   スカッド(短距離弾道)最大射程 300〜1000km
   ノドン(準中距離弾道)同1300km:日本全域
   テポドン1型(1500km):日本全域
   ムスダン(中距離弾道)2500〜4000km →グアム
   テポドン2型(大陸間弾道)6000km、テポドンの派生型は1万km以上の飛距離をもち、
   主に人工衛星打ち上げなどに利用された。ただし、2017.4頃までは成功率は極めて低
   かった。例えば、ムスダン2016.4 以降、8発中7発失敗している。これらは旧ソ連の技術
   を使って、北朝鮮で実用化を図ったものである。

  (3) 2017.5.からの様相変化
    ところが、2017年5月頃からミサイル開発の様相が大きく変化した。技術レベルが
   飛躍的に高まったのである。その経緯を振り返ると、開発は以下のように加速度的に
   進んだことがわかる。
   ・スカッド後継。5.29発射。海上艦船狙える。精密操縦誘導システム。誤差7m?
   ・北極星1型。潜水艦から発射。SLBM: submarine launched ballistic missile
   ・北極星2型。2.21、5.12.発射。北極星1型を地上型に改良。固体燃料、移動自由
     発射位置特定しにくく、攻撃されにくい。実用性は高い。
   ・火星12型(グァムを射程)、ムスダンの後継、ロフテッド軌道で、5.14発射。
     なお、8.19、9.15にも発射。ロフテッド軌道。日本上空通過、襟裳岬沖。
   ・火星14型(ICBM) 7.4,  7.28発射。アメリカ本土ほぼ全域射程内に。
   ・火星15型(ICBM) 最大飛距離13000km。東海岸含むアメリカ本土全部。

  (4) 大気圏への再突入問題
    このように飛距離は飛躍的に伸びたが、これらのミサイルを実用化する、すなわち
   実戦配備するにはまだいくつかの課題が残されている。

    2016.6.からロフテッド軌道で発射実験を6回行っている。それはムスダン1回、北極星
   2型が2回、火星12型が1回、そして火星14型が2回である。これらの発射はデータ収集が
   主たる目的であったと考えれる。ロフテッド軌道での発射を繰り返して行い、データを収
   集して搭載する核弾頭の実用化にメドをつけようということと思われる。
 
    ロフテッド軌道は真上に打ち上げて、真下に落下する軌道だが、大陸間のような長距離
   弾ミサイルの場合、大気圏に再突入する際の通常軌道の射角は10度くらいとされる。この
   入射角度でのデータはまだおそらく未入手だろう。もし大陸間長距離弾道ミサイルでその
   実験をするとすると、ミサイルはアメリカ大陸の周辺に打ち込まなくてはならない。それ
   はアメリカはじめ国際社会の激しい反発を引き起こすので、その規模の実験でデータを
   収集することは容易ではない。データとは、例えば、摩擦温度、振動、加速度、軌道の
   ブレと命中精度への影響などである。
  
 (5)搭載核弾頭
    北朝鮮の発表では、2017.9.3.に水爆実験は成功したという。それは火星14型に搭載
   する核弾頭を入手したということかもしれない。しかしそれを搭載するミサイルは現段階
   ではまだ未完成ではないか、と推測される。

  (6)長距離ミサイルの誘導システム   
     現在のICBMでは、計画軌道と打ち上げ後の位置の誤差を修正するのに、おそらく北
    朝鮮が利用していると思われる、ミサイルそのものに搭載される慣性航法装置とGPS
    だけでは不十分である。これはピッチャーが直球を投げるようなもので、何千キロ
    という長距離の行き着く先での誤差がかなり大きくなる、すなわち目標に打ち込めない
    リスクが大きいということである。

     アメリカでは、ミサイルの発射後、星の位置を測定して弾道ミサイルの軌道修正に利用
    する技術が確立している。例えば、ミニッツマンのような12000km級の大陸間弾道ミサ
    イルで、着弾地点での誤差は経ったの80mに抑えられるという。もっとも、北朝鮮は
    米軍のようなピンポイント攻撃は殻なずしも必要ない。北朝鮮のICBMはアメリカ軍の
    ようにミサイルサイロのような小さな目標でなく、大都市狙いなので80mもの精度は
    不要だが、誘導システムは不可欠だろう。また、核弾頭の小型化も必要だ。北朝鮮は
    彼らの戦略目標に合わせて、種を絞って開発を集中化する方向に注力しているのでは
    ないかと推察される。

lV.  北朝鮮はなぜ弾道ミサイルと核の開発に執着するのか

  1.  朝鮮戦争は終わっていない

     第二次大戦後73年がすぎ、朝鮮戦争勃発から58年が経過しているが、朝鮮
    戦争は現実にはまだ終わっていない。朝鮮半島では1953に南北朝鮮間で休戦協定が
    結ばれたが、未だ、38度線の休戦ラインを境に南北は軍事的に対峙しており現在でも
    休戦中の状態にある。

     北朝鮮は通常戦力は量は大きいが装備も古くて弱体。その中で長距離砲兵部隊と
    スパイなど特殊部隊とサイバー部隊は突出している。北朝鮮はこれまで25年にわたり
    核とミサイルに偏った軍備を進めてきたので軍備の実態は以上のように極めて偏って
    いる。北朝鮮は正規軍120万人と準軍隊20万人を擁している。それは全人口2500万人
    のうち、18人に1人が軍役についていることになる。ちなみに徴兵制を敷く韓国が、
    国民約75人に一人の比重。北朝鮮の人的資源は伸びきっていると言える。

     その現実の中で、国家体制存続の保証を取り付けるためアメリカに核ミサイル保有に
    よる核武力を認知させることが唯一の体制保障になるとの戦略に固執している。
  
  2.   冷戦後に孤立した北朝鮮

     北朝鮮は、ソ連も中国も、アメリカのように駐留軍を置いて守ってくれてはいない
    したがって、北朝鮮は自力で自国防衛をしなくてはならない。その意味でも戦争状態
    が続いていると言える。

     中国は、朝鮮戦争の際、人民解放軍の義勇兵(実際には中国軍)を大量に送り込み
    北朝鮮を助けた。この共闘は”血の同盟”と言われた。ソ連は、最新鋭のジェット戦闘
    機部隊を戦略的に派遣し、北朝鮮と中国の同盟軍を支援した。中ソの参加と支援が
    あって朝鮮戦争は初めて休戦に持ち込むことができた。これがなければ、圧倒的
    な米軍の戦力の前に金日成指揮下の北朝鮮は国家として崩壊していたはず。

     そのソ連が、まずゴルバチョフ時代、北朝鮮を見限って韓国に接近し、1990年に
    国交回復をした。1992年には韓国ロシア基本関係条約が締結された。中国も1992年
    に韓国と国交を樹立。1998年には中韓協力パートナーシップ、2008年には戦略的
    パートナーシップを締結し、互いの経済交流を深めている。こうした動きは北朝鮮か
    ら見れば裏切りの驚愕と見えたはず。そうした中で北朝鮮は事実上、国際的に孤立化
    した。これは例えば、アメリカが日本を飛び越して北朝鮮と国交回復した状況を想像
    すれば、北朝鮮にとっての深刻さが理解できるだろう。

     かつて、私が長女と一緒に、1990年スイスのダボス会議に参加した際、参加
    各国も行っているような北朝鮮のディナーミーティングに出席したことがあった。
    外国人の参加はわずかで、日本人は私達と読売新聞の記者が一人だけだった。参加者
    は皆、胸に金日成の徽章をつけており、彼らが口を揃えてソ連を厳しく非難してい
    たのが印象的だった。ソ連からは何も援助ないし、むしろ北朝鮮を妨害していると
    行った不満を述べていた。これはソ連が韓国と国交回復した頃の率直な感情だったの
    だろう。ちなみに私は帰国後、京都の公安係官から何度も訪問質問を受けたことが
    記憶に残っている。

V.    北朝鮮を誤解させたアメリカの対北戦略

              北朝鮮が核開発に着手し始めた1994年、 アメリカは核開発の中止(核放棄)を要求
    した。しかし、その後24年間、クリントン、ブッシュJ, そしてオバマ大統領は抑止の
    ための軍事力使用をためらい、もっぱら国連による経済制裁と6ヶ国協議の対話に期待を
    かけたが、結局、その成果はなく、北朝鮮は上述のような核とミサイルの開発で長足
    の進歩を遂げた。
   
     クリントン政権時、米国は北朝鮮国内での核開発の凍結、国交正常化の道筋をつける
    枠組みで北朝鮮と合意をした。しかしそれは結局、反故にされたので、クリントン政権
    は、一旦は北への爆撃と地上軍攻撃を計画したことがあった。しかし地上戦が起きれ
    ば、韓国で100万人規模の民間人の犠牲者が出るというアメリカの研究機関の報告が
    あり、クリントン氏は攻撃の決断を躊躇した経緯がある。そして94.6.クリントン大統領
    は、カーター元大統領を特使として平壌に派遣した。そこで金日成はアメリカの派兵
    停止と新たな援助と引き換えに、核爆弾製造可能な黒鉛炉の導入と運転の停止を約束、
    見返りに軽水炉導入の「米朝枠組み」に合意した。その直後に金日成は死去した。

     クリントン政権はその合意を受けて1995年に「朝鮮半島エネルギー開発機構
   (KEDO)を設立。しかし、結局、北が核凍結を破棄して核施を再稼働させたため、2003
    年、枠組み合意は崩壊し、その後、北朝鮮は核と弾道ミサイルの開発を再開した。

     米朝枠組み崩壊後、2003年から6ヶ国協議(北、アメリカ、韓国、中国、ロシア、
    と日本)開始されたが、結果から見ると結局、北朝鮮による一次的な時間稼ぎに利用さ
     れただけと言えるだろう。6ヶ国はそれぞれ事情も違い、関心も違う。日本は拉致
     問題が重要だが、他の諸国はそれを共有しない。そうして齟齬を北朝鮮は巧みに
    「食い逃げ外交」に利用してきた。

     ブッシュJ大統領は北朝鮮をイラク、リビアと並べて「悪の枢軸」と非難し、テロ支援
    国家に指定した。しかし任期の末期(2008)にそれを取り下げている。

     オバマ大統領に至っては、北への軍事力行使というオプションを完全に放棄してし
    まった。こうした経緯を振り返ると、北朝鮮の核疑惑が顕在化した1993年からオバマ
    大統領の退任する2017年初までの24年間、アメリカは実質、何もせずに来たと言わざ
    るを得ない。その間に北朝鮮は実験を重ね、長距離弾道ミサイルと核弾頭の開発に注力
    してきた。 
  
     こうした対応が20年以上も続いたため、北朝鮮の内部には一つの神話ができたのでは
    ないかという観測もある。それは、北朝鮮が何をしてもアメリカは武力攻撃はしてこな
    い。「アメリカが北を怖がっているからだ」という考えがあったとすれば、それは妄想
    という他はない。ただ、日本がかつて、生産力が10倍も大きいアメリカを相手に太平洋
    戦争に挑んだ頃の日本のメディアの喧伝や軍部の戦略判断を思いやると、北朝鮮の”妄想”
    は四半世紀の経験の基づいているだけ、日本のかつての経験より”実証的”かもしれない。

Vl.   2016年から変わった米朝関係

 1.  アメリカの認識の変化

   北朝鮮の弾道ミサイルの開発が新段階に入り、米本土攻撃が現実味を帯びてきた2016
  年頃からアメリカの認識に変化が起きたようだ。アメリカはその頃から攻撃準備態勢に
  入ったと観測される。たとえば、2016.10.ネバダ州で核爆弾投下実験が行われ、それを
  ”公表”した。通常、このようなことは軍事上の秘密にされるのが常識だが、公表には、核
  の使用を辞さないとの意思表示が含まれていると見てとれる。そして、2016から2017に
  かけて北朝鮮を十分に射程内にとらえる最新鋭の大陸間弾道( ICBM)ミニットマンの発
  射実験を5回以上も行っている。

   2017.3.北朝鮮は日本近海に向けてテポドンの発射実験を4回行った。北朝鮮はそれは日本
  に設置されている米軍基地を攻撃目標と想定していると明言した。それは、アメリカの一部
  である在日基地に駐する米軍人を人質にとるということで重大な意味がある。ムスダンの成功は
  グアムを射程内に捉えるということだ。米本土の前にアメリカの一部である基地を照準としたのである
  しかし、オバマ大統領は戦略的忍耐(strategic patience)を続けた。

   オバマ大統領は、かつてシリアに対して、化学兵器などで一般民衆を殺害した時は、それを
  シリア政府が”Red Line”を超えたと見なし、その時は武力制裁も辞さない、としていたが、
  実際に、国連の機関が、明らかに化学兵器で殺害されたと見られる多数の民間の犠牲者の被
  害について報告したとき、オバマ大統領は、自ら示したレッドラインを超えても、議会に
   図って攻撃の判断を保留し武力攻撃を控えた。中国はそうしたアメリカの足許を見て
   南シナ海の埋め立てを進めたという観測がある。
      
 2.   トランプ大統領の登場

       2017.1.のトランプ大統領の登場を契機に、アメリアかはこれまで24年間の実質的放置か
   ら軍事力の行使も辞さない姿勢へ大きくを舵を切ることになった。実際、2017年4月、
   シリアのアサド政権が化学兵器を使ったとしてシリア政府軍の空軍基地を突如、ミサイル
   で攻撃した。しかもそれはトランプ氏がフロリダの”別荘”に迎えた習近平首席との会食中
   という劇的な行動で、それは北朝鮮への強烈なメッセージを意図されたものとされる。

    トランプ氏は独特のツィッターを使った”口撃”も繰り返しており、レトリックが激しい。
   例えば、2017.7に北朝鮮がグアム島攻撃を示唆した際には、「世界が見たこともないよう
   な炎と怒りに包まれるだろう」と述べ、また2017.9.19の国連演説では「防衛のために
   は、北朝鮮を完全に破壊する以外、選択肢はない」と公的に威嚇した。

    
Vll.    北朝鮮を非核化できるか

  1.  ”すべてのオプション(手段)はテーブルの上にある

    トランプ政権は「すべてのoptionはテーブルの上にある」と繰り返し警告しているが、
   これは必要なら武力攻撃も辞さないというメッセージである。
     
  2.   外交と経済圧力
    国際協力による外交圧力としては、国連安保理事会での合意がある。そこでは、北朝
   鮮の危険な朝鮮に対して非難と警告そして経済的な制裁協議の合意が段階的に強化され
   てきた。
 
    経済制裁による圧力としては以下のような対策が取られている。
    ・国際協調:北朝鮮の石炭など産品不買、北朝鮮に資材を不売、
     北朝鮮の収入を遮断:交流国への出稼ぎ収入、鉱産物販売収入、ミサイル収入など
     を遮断
     石油の禁輸:最近の制裁:国連合意(2017.12.22):石油製品9割禁輸
    ・これらの制裁は徐々に効果を発揮してきていると観測される。例えば、北朝鮮国内 
     の市場では外国品が姿を消し、ほとんど国産品となっているが、それは禁輸措置が
     影響を持ってきているので、当局は国産奨励しているからではないか。それは経済
     制裁への危機感の反映と考えられる。
   
  3.  軍事手段
   ー先制攻撃
     アメリカはしばしば先制攻撃を仕掛ける。アメリカが最後の手段として武力を選ぶ
    場合、国連、同盟国にすら相談せず、戦略的に最適のタイミングを選んで、
    一方的かつ強烈な一撃を加える。例えば、1990年湾岸、2001年アフガン、
    2003年イラク戦争などが前例だ。

     ただ、北朝鮮の場合、同盟国ソウルと日本に深刻な被害の可能性がある。ソウルは
    長距離砲兵隊の展開地から2〜30kmしか離れておらず、日本はノドン、テポドンの
    射程距離内にある。

  ー斬首作戦:
    こうした脅威に対してピンポイントで金正恩の殺害を図る斬首作戦が有効という見方
   もあった。それは事前の諜報で金委員長の可能な所在拠点を把握して超高精度の攻撃で
   殺害するというもの。これは金体制の崩壊を狙うが、崩壊後の安定化の見通しが立たな
   ければ混乱助長してむしろマイナス。あくまで非核化が目的なので、現体制は維持する
   方が現実的との見方が現在は主流。

  ー外科手術(surgical strike)
    これは、北朝鮮を迅速に効果的に”無力化”するための軍事作戦である。
    まず、手術の前には麻酔で神経を麻痺させる作戦。すなわち、サイバー攻撃で情報
   ネットワークを妨害して遮断し、通信を混乱させて機能不全状態にする。直後に、
   ミサイル発射装置、軍施設、司令装置などをピンポイントで攻撃して破壊する。
   その際、長距離砲兵隊(火砲8500門とされる)、戦車3500輌、核兵器とミサイル部隊
   と各種防空施設は重要な攻撃目標。それら所在場所の情報が鍵となる。

    第一次攻撃は最初の5〜6時間。東西海岸沖からの艦艇、潜水艦からのトマホーク。
   グアムから出撃のB1やB52など爆撃機による巡航ミサイル攻撃。
    第二次攻撃は第一次で破壊漏らした残存戦力や施設に:F16や海軍のFA18など
   有人戦闘爆撃機投入でwipe outする。

    こうした攻撃が迅速に実行されれば被害は最小限に抑えられ、例えば、韓国に在住する
   米民間人約20万人も移動の必要はないという見方もある。多数の人々の移動は戦闘を用意
   しているとうシグナルを敵に送ることになり、負の効果があるとされる。
   
      4.   迫るタイムリミット

    北朝鮮が火星15級ミサイルの大気圏突入データ収集と突入対応技術、着弾誘導
   精度向上技術と核弾頭の小型化を進めて実戦配備するのにかかる時間は今や秒読みの
   段階にあると見込まれる。そのX dayはいつか?アメリカ本土を射程に入れる核ミサイ
   ルが完成間近とすれば、アメリカは独自の情報で躊躇なく軍事行動起こす可能性がある。
    2018年平昌冬季オリンピックを契機に、北朝鮮が積極化した微笑外交、
   それに応ずる姿勢を見せているトランプ大統領。

    2018年2月以来、事態は大きく変化。次回のエッセイでは、現下の新展開について論じたい。

Brexit(英国のEU離脱)

Ⅰ.   はじめに

 英国は2016年6月の国民投票の結果、EU(欧州共同体)離脱を選択した人々が多かったので、その後の政治プロセスの中で、英国としてはEUを離脱することになった。ところが、その離脱を具体的にはどのような内容とプロセスで実現するのか、について、英国内、また政権党である保守党内でも意見は統一しておらず、さらに相手であるEU当局、またそれを構成するEU27ヵ国の政府との間でも、合意を達成することが容易ではない。

 現在(2018年春)の段階では、2019年の3月末に、EUを離脱(Brexit)することになっているが、その期限までに多くの交渉案件などについて合意を確定できるかといえば、事実上、困難との見方が多く、最近になってようやく、それ以降もさらに21ヶ月の”経過期間”(transitional period)を置くことでEU側と合意を見た。

 しかし、Brexitの内容とプロセスについては、依然として、多くの不明確な部分が多く、その全容はかなりの不確実性につつまれている。その事は、英国に投資をしている日本を含む世界の多くの企業にとって困難な問題を提起することになる。

 すなわち、Brexit以降、それらの企業はどのような条件で、英国やEU諸国の中で、投資、雇用、営業などをすれば良いか、その条件が不明確なので、企業に意思決定が迅速に的確にしにくいという企業経営にとっての大きな阻害要因となるからである。

 この問題には、多くの国々が関わるので、世界的にもさまざまな障碍要因となる。以下では、Brexitが国民投票で採択されてから今日に至るまでに、英国内で、またEUとの間で何が起き、何が決められたのか、を振り返り、、そしてこの先はどうなるのか、などの点について考えてみたい。


Ⅱ.   Brexit国民投票(2016.6.23)の結果

 2016年6月23日に行われた国民投票の結果は、Brexit派が僅差で勝利した。投票結果は51.9%対48.1%だった。投票のうちわけを見ると、青年層、高学歴層、ロンドンなど大都市の市民は残留を選択し、地方在住、低学歴者、中高齢者層はほどんど離脱派であり、国民の地域、学歴、社会階層などによって投票の傾向が明確に異なっていたことが判明している。

 このような投票結果の分布は、その底流に、技術進歩と知識層が推進するグローバル化の急速な流れから阻害された人々の根強い不満が色濃く反映していることが見てとれる。そのような技術革新やグローバル化に対する抵抗や反感が、このような投票結果に現れたようだ。グローバル化の流れの中でも、とくに移民の問題が多くの国民には容認しがたい問題だったようである。  


Ⅲ.   国民投票にいたる事情

  国民投票は2013年に当時のDavid Cameron保守党党首が、2015年総選挙で保守党が勝てば 2017年末までに実行すると約束。その約束をした背景に、2015年に迎える総選挙をどう戦うか についてCameron党首は、対策に頭悩ませていたことがある。そのひとつは英国独立党が2006 年以降急速に躍進し、2014年には27%という最高得票率を得たことに脅威をいだいたこと。また保守党内も一枚岩ではなく、党内意見の対立が深刻だったことがある。

 Cameron党首はそうした内憂外患の状況の中で、保守党の分裂を回避し、人々の注意を国内政治の外にそらすために、Brexitの可否を国民投票に委ねるといういわば賭けに訴えたようだ。

  これには、実は前例がある。1975年に、同様な党内の意見分裂に悩んだ当時のWilson首相(労働党首)がECに残留するか否かという設問で、対立する党内の争点の”外部化”をはかって国民投票を実施した結果、大差で残留が決定し、世論も集約されたという成功例である。 Cameron首相はこの前例をふまえて、国民投票に期待した可能性がある。

  EUに対する英国民の不満と批判は、英国主権が浸蝕される、移民の流入、社会保障の負担が高すぎる、環境規制が厳しすぎる、原発を抑制するために電力が高価になる、高いEU会費とその使い道、EU政府の過度な官僚主義などに対して募っていた。

  また、英国は歴史的にEUに対して批判的であった。英国はEUには参加したが、Euroには非加盟である。英国はこれまでも独自の自己主張が強く、いうなればEUの問題児だった。英国はEUの理念にも理想にも基本的に関心はな、実利だけで付き合ってきたといえる。また、サッチャー首相の厳しいEU批判も(主権と自由の侵害)英国人の考え方に色濃く影響している。

 サッチャー首相は、英国の選挙民に選ばれてもいないEUの首脳や官僚が英国の国内問題にまで干渉するは英国の主権への干渉であり、自由の侵害だと強く批判していた。

  2015年5月の選挙結果は予想に反して保守党が大勝し、単独で政権を担うことになった。

 その結果を受けて、国民投票は2017年でなく2016年6月23日に前倒しされた。保守党の内部でも、さらに内閣の内部でもEU離脱如何については意見は分裂していた。

   Cameron首相の盟友であり、Boris Johnson前ロンドン市長を、Cameron首相は自身の後継者にと考えていたとされるが、そのJohnson氏がCameron氏と裏切り、離脱派の扇動者となった。さらにCameron氏の盟友である法相のMichael Gove氏が離脱派に参加することとなったのは Cameron氏にとっては大きな打撃だった。

  Cameron氏はEU当局と交渉して、英国の要望をできるだけEU側に伝え、ある程度の理解と譲歩を得たので、残留が国益になるとの信念を強め、残留を強く訴えた。Cameron氏ら残留派は離脱がいかに国民にとって損になるか、残留が利益になるか、を詳細なブックレットにして選挙民に配布するなどしたが、結果的にはその内容は詳細すぎて人々には良く理解されなかったようだ。

  これとは対照的にJohnson, Gove氏らの離脱派は、「EU離脱で、外国人労働者の脅威が無くなる。EUに支払う負担が減る」ともっぱら情緒的に訴えた事が奏功したとされる。彼らは真っ赤なバスに「我々は毎週3.5億ポンドをブリュッセルに送金している。その金を医療充実に使える」と大書して全国遊説をした。それは、英国がEU本部に加盟国として毎年、支払っている分担金などが戻ってくる、という趣旨だったが、後述するように担金は戻るどころか、離脱の前提条件としてのこれまでの分担金などの未払い分を負担しなくてはならないことが判り、このスローガンは国民を欺く嘘であることが後日、明らかになった。

  また、離脱派の勝利後、離脱派のリーダー達の不可解な行動が世間を驚かせた。離脱派の急先鋒ファラージュ英国独立党党首は、投票直後に雲隠れし、Johnson氏は国民投票についての責任回避の発言をした。後日、EU離脱で債務清算金支払い義務が発生し、離脱が得にならないことなど離脱派の欺瞞行為が明らかになるにつれて、巷では「離脱派に騙された」「こんなことになるなら投票に行ったのに」「BrexitでなくBregretだ!」の悔悟の言葉も聞かれたという。


Ⅳ.   May首相の登場とhard Brexit宣言

 
  国民投票の結果、僅差とはいえ、離脱派が多数を占めたので、残留を主張していたCameron党首は辞任し、後任にTheresa Mary May首相が就任し、彼女は2017年3月に正式にBrexitを宣言してEU当局にその意志を通知した。ここでは、May首相就任の経緯と彼女のEU離脱宣言に至る経緯を確認して置くことにしたい。

 ーなぜMay首相になったのか?:

  保守党の党首選は2段階で行われる。まず、下院議員が選挙する。そして一般党員(現在12万人?)が選挙するという2段階だ。今回は、離脱運動を主導したBoris Johnson氏が当然の首相選挙の候補と目されたが、彼に対しては、長年の盟友Cameron氏を裏切って離脱派を宣言したことが、次期首相狙いの野心と見られて関係者の間で反感もあったため、Johnson氏は出馬を回避した。

   Johnson氏に代わって、Johnson氏の後ろ盾的な存在であり、離脱派の黒幕と目されていたMichael Gove氏が「ジョンソンには離脱問題を仕切る指導力がない」と自ら党首戦に出馬する意向を表明した。こうした経緯は、キャメロンがジョンソンに裏切りで刺され、こんどはジョンソンがゴーブに刺されるとう、あたかもシェイクスピアの戯曲さながらの展開だ。

 ーTheresa May(テリーザ・メイ)とはどんな人物?        

   Theresa Mayはいわゆるエリートの出身ではない。彼女は1956年10月1日、イングランド南部のイーストボーンで、イングランド国教会牧師の一人娘として誕生。父の影響で政治家を12歳から志す。公立進学校卒業、オックスフォード大学セント・ヒューズカレッジ進学し、地理学。卒業後、イングランド銀行を経て、決済サービス協会に勤務。傍らロンドン市の保守党区会議員。1997年ロンドン西部メイドンヘッド選挙区から立候補、下院議員に初当選。3度目の挑戦だった。 

   2010年の総選挙で保守党が勝利してキャメロン政権が誕生すると、内務大臣に任命。

  2015年第2次キャメロン政権でも留任。内務大臣は首相、財務大臣、外務大臣と並び国家の4大要職とみなされる。この要職を6年間無事に勤め上げた。彼女の人柄については残留派の重鎮とされるKen Clark氏が”Bloody difficult woman(ひどく難しい女)”と評したことが知られているが、これは”手強いヤツ”という程度の意味で、むしろ力量を認めた表現だろう。また彼女は世間ではとかくthe ice Queen or Cold Fishとも言われている。

  ー第一回投票(7月5日)の結果

   第一回投票の結果は、メイ199、レッドサム84、ゴーブ46で 最下位のゴーブが敗退。

 その後、対抗馬のレッドサムが決選投票前に7月11日に、選挙戦から撤退を表明したのでメイ氏が自動的に首相になった。この選挙プロセスは、メイ首相の正当性にやや問題があるとする見方もある。メイ氏はキャメロンの後継首相ではあるが、議員選挙も、党員(約15万人とされる)も経ていない。そして決選投票前にレッドサム候補が辞退をしたので党首選挙も経ていない。この問題は、メイ首相の中で、総選挙で国民の信を問う必要があるとの気持ちとして残ったようだ。

  ー当初の優柔不断:

   首相就任後しばらく(8〜9月)はメイ首相の発言は旗色不鮮明だった。彼女はもともと残留派だったので、国民投票は実は法的には参考意見に過ぎないという理由で、ウヤムヤにするのでは、との観測も一部にはあった。私見では、それができたら彼女はしたたかな政治家と思う。しかし、彼女はやがて「国民投票の結果は明白であり正当だ。離脱は離脱(Brexit is Brexit)。我々はそれを成功させる、との立場を明確にするようになった。

  ー10月保守党大会での宣言:

   彼女は10月の保守党大会で、強硬離脱(hard Brexit)と世界の英国という宣言とし、旗色を鮮明にした。党大会での演説で、彼女は、「大英帝国は独立国であり、司法制度でEUの支配は受けない。」「大英帝国はglobalな帝国であり、EUとも世界のあらゆる地域、国々とも友好関係を維持し発展させる。」「政府は必要なら市場に介入する。

  保守党は労働者のための党だ。」などの点を強調した。


Ⅴ.   国民投票の 正当性とEU離脱通告:

  ー国民投票でのEU離脱決定は妥当か?

   この点に関して2人の議員から「6月の国民投票には法的拘束力がない。参考意見でしかない。」との理由で、EU離脱に関する「第50条訴訟」が提起された。訴訟の審理は2016.10.13. 高等法院で開始。11.3には「議会の承認必要」と主張する原告側が勝訴した。メイ政権は直ちに上告。最終判断は最高裁で2018.1.に。予断は許さない。

   ー離脱通告:

    2017.3.29 リスボン条約50常に基づき、メイ首相はEU本部に”離脱”を正式に通告した。離脱期日は、2年後の2019.3.29となる。しかし、党内では依然、離脱派と残留派が対立して低次元の内部闘争が進行中。そのため。政治が混乱し、機能不全状態に陥っている。


Ⅵ.   6月8日の総選挙とMay首相の賭け敗北:

  メイ首相は、6月8日、総選挙を挙行した。彼女は総選挙によって、1. 総選挙を経た首相となること(その理由は上記)、そして 2. 圧倒的多数をとってとりわけEUに対する交渉力を高めることを目論んだ。しかし、結果は完全に裏目に出てしまった。

   6/8の英国総選挙でメイ首相率いる保守党は12議席も議席を減らし、318議席と過半数(326議席)をも割り込んだ。労働党は逆に229から262議席へと議席を大幅に増やした。そこでメイ首相は10議席を有する北アイルランド保守政党の民主党一党(DUP)に擦り寄り、閣外協力で合意を 得て、ようやく政権は継続できることになった。

  しかし、少数与党の脆弱さは否定できず、メイ首相の指導力の低下は目を覆うばかりである。与党内の意見対立もあり、交渉態勢も整わない。2017年7月に島田村塾の有志がドイツ研修旅行でベルリンを訪問した際、ドイツの人々は、離脱交渉のテーブルで英国交渉代表者達が書類ゼロで臨むFTの写真が英国側の準備不足を露呈していると指摘(失笑)していた。

  メイ首相は、単一市場からの脱退と移民制限を両輪とするhard Brexit路線を固持している。

 しかし、この政治情勢では、単一市場残留を主張するsoft Brexit派のパワーが高まるのは必至であり、先行きは極めて複雑だ。


Ⅶ.   離脱交渉の条件ーBrexit入り口での3つの障碍:

 1.  Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算

   これは(EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の保証分など)であり、当初EUは600億ユーロ(8兆円)を要求したが、英国が特別扱いを要求。これにたいし、EU(メルケル氏)は”ルールはルール”として妥協しなかった。困難な交渉の結果、12月に入ってようやく英国側が400億〜450億ユーロ(5〜6兆円)を英国受け入れたので、原則合意が得られた。 

 2.  在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護

 3.  英国とアイルランド国境の問題

   アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の歴史に血塗られた困難な問題である。現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)と北アイルランド(英連邦、北部地域、プロテスタントが多い)に分割されている。

   南北ともこれまではEU加盟国だったが、英国の離脱で、北が英国領である限り非加盟となる。 EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を保証することを離脱の条件として要求している。 メイ首相は12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示した。

 これにたいし、12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党は閣外協力の撤回も辞さずと強硬に反対。自由流通・移動だとアイルランド共和国側から移民が北に無制限に入国することを排除できない。

  国境問題は今後の通称協議で継続審議ということで、12月13.14のEU首脳会議の段階では玉虫色で一応決着した。

  EU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したとして離脱条件に関するE.Commission Recommendationを承認した。


Ⅷ.   離脱交渉の条件ーBrexit入り口での3つの障碍:

     1. Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算
      (EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の
     保証分など)当初600億ユーロ(8兆円)英、特別扱い要求。EU(メルケル
     氏)”ルールはルール”12月に入ってようやく400億〜450億ユーロ(5〜6
     兆円)を英国受け入れ、原則合意。 
 
     2. 在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護

     3.  英国とアイルランド国境の問題
      ・アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の
        歴史。
        現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)北アイルランド
       (英連邦、北、プロテスタント多い)に分割。
      ・南北ともこれまでEU加盟国だったが、離脱で、北は非加盟。
                     EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を離脱条件に要求。
                     メイ首相は12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示。
      ・12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党首から閣外
        協力撤回も辞さずと強硬反対。(自由流通だとアイルランドから移民
        が北に無制限に入国)
      ・国境問題は今後の通称協議で継続審議、玉虫色で一応決着
      ーEU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したと
        して離脱条件に関するE.Commission Recommendationを承認。


Ⅸ.   これからの通商交渉:

   これからの通商交渉については、以下のような順序で、交渉が進められるもの
   と予想される。

    ー2018.10まで:
     ・英政府、将来の対EU関係の要望を提示)(FTAなど)(国内法整備)
     ・移行期間の合意、21ヶ月(2018.3.決定)
     ・アイルランド国境問題解決(夏まで)

    ー2019.3.29まで:
     ・EU27国が離脱最終案承認
     ・離脱後の英とEUのFTA大枠決定

    ー2019.3.29→移行期間終了まで
     ・安全保障、治安、刑事協力枠組み協議・決定
     ・EUや非EU諸国との新FTA交渉:協定見直しは750件もあると予想され
      る(日経18.1.9)


Ⅹ.  経済に深刻な不確実性と負の連鎖効果をもたらす

  ー交渉担当、推進の能力:
    問題は果たしてこれだけの交渉を限られた期間にこなせるのか? 英国は
   国民投票後に国際貿易省を設立したが、貿易交渉ができる官僚の数と質が絶対
   的に不足している。離脱の期限に間に合わず、貿易協定交渉がタイムアウトにな
   れば、協定もなしに英国はEUから放り出される。そのような場合は相当の混乱
   は不可避。

  ーBrexitに伴う負の効果:
    国民投票直後はポンドレートが下落したため英経済は好況になった。しか
     し、ポンドレートは次第に低下し、英国経済は不況の様相が見えてきてい
     る。 
    EUメンバーとしての特権(非関税、金融パスポート:ライセンス、高技能移
    民)を失う損失は大きい。
 
    新体制の諸条件が不明で不透明。それは大きな不確実性であり、企業の投資
    の意思決定を阻害する。投資が縮小あるいは遅滞すれば経済に大きな負の効果
    をもたらす。

    英国経済だけでも離脱により長期的に年率GDP換算0.9%のマイナス予測が
     あるが、そうした負の効果は英国だけにとどまらず、世界経済の密接な相互
     依存関係をつうじて世界全体に負の波及効果をもたらす。

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