Brexit の経緯と課題(3)

Ⅶ.  合意なし離脱の悪夢

○高まる合意なし離脱のリスク
ー英国とEUの合意なき離脱(No Deal Brexit)を回避するギリギリの期限は、離脱の条件や方法を
 規定する「離脱協定案」と離脱後の通商協定など将来の英EU関係の大枠を提示する「政治宣
 言」が2018年末までにいわゆるクリスマス合意として達成されることである。この期限をすぎ
 ると、EUの27加盟国で議会承認の手続きに要する少なくとも3ヶ月の時間を確保できないの
 で、合意は不成立となり、英国は合意なき離脱に漂流することになる。また、2018年末までに
 英国とEUが合意できるためには、いうまでもなく、英国側はその議案を議会で承認を済ませて
 いることが大前提となる。
ー2018年11月末現在では、メイ首相は英国案をなんとか内閣で承認させたが、12月の議会で
 承認されるか大きな不確定要因があり、前後は不安ぶくみだ。その意味で、残された時間が
 刻々と少なくなっていくのに反比例して、合意なき離脱のリスクが高まっている。

 ○合意なき離脱の被害
 ー産業界は合意なき離脱のリスクが高まる中で最悪のシナリオに身構え始めた。
 ー欧州トヨタ会長(ディディエ・ルロワ)は「工場の生産停止を避ける方法はない」
  トヨタのバーナストン工場は、部品在庫を4時間しか持たない。物流が滞れば一時生産停止。

 ー1日5000台のトラックが行き交う英仏海峡トンネルでは、合意なき離脱で移行期間が白紙に
  なると、19.3末から英仏国境で通関手続き必要。準備期間や施設が足りない。港湾当局は
  2分足止めでも27km超の渋滞となると想定。

 ー英南部のスウィンドンホンダ工場も部品在庫は半日分。トラックの通関が15分遅れると
  1.2億円のコスト増。

 ー独BMWの英工場。「ミニ」部品の6割がEU製。完成車を欧州大陸に輸出するまでシャフトは
  英仏海峡を4回渡る。そこで生産拠点の一部をすでにオランダに移転した。

 ーオランダやフランスは通関業務の急増に備えて、税関職員を数百人ずつ増員。
  英では5000人の増員が必要とされるが現状ではその手当は1000人どまり。

 ー英・EU感の2017年モノの貿易総額は約62兆円。合意なし離脱なら英GDPは最大10.3%
 (31兆円)縮小するという試算もある。
  EUについても域内GDPが長期的に1.5%減少の試算。IMFは「EU離脱に勝者はいない」と
  している。

○製造業の心配
 ーメーカーが懸念するのは、税関手続きが2019.3に復活し、輸入の停滞でサプライチェーン
 (部品供給網)が混乱すること。
 ー日本は、トヨタ、日産、ホンダ 合計80万台(2017)生産し、欧州各国に輸出。
 ーパナソニックは10月、欧州本社を英国からオランダアムステルダムに移転。
 ー英国拠点を縮小し、EUの人員を増やす動きが加速すれば英国産業の空洞化進む懸念。

○金融産業への影響
 ーCityの金融界も神経を尖らせている。多くの金融機関が一部機能をフランス、ドイツなどに
  移す方針を発表。
 ー合意ある離脱では、離脱後の2年間は現在の関係が実質的に変わらない「移行期間」が前提。
  しかし、合意なき離脱(無秩序離脱)になると移行期間もなくなり、突然の変更を迫られる
 ーこうした不確実性のために、企業は業務体制が決められないまま損失が拡大する。

 ○金融取引への障碍
  ー英・EU間のデリバティブや保険など金融取引の継続性に不安が強まっている。
  ー英中銀は、10月10日条件合意なしの離脱の場合、想定元本ベースで最大41兆ポンド
   (約6000兆円)のデリバティブが不安定な状態におかれると警告。

  ーIMFは合意なき離脱の場合、それは企業や経済に多大な損害を与え得ると警告。
   そのコストは国民生産の1~2%に及び、英国経済や財政運営に大きな障碍となる。


Ⅷ.  May首相のBrexit新協定案

 1. メイ首相のBrexit新協定案

○新協定案の骨子
ー新協定案は2018.11.14に公表された。協定案は585pにおよぶ文書で離脱協定案、市民の権利、北アイルランド問題など広範な課題を網羅している。
ーその要点は、英国はすべての財政的責任を果たし、離脱の結果、EU加盟国の負担が増えること
 のないようにする。英国は、400兆ないし450兆ユーロの負債を完済し、英国在住のEU市民に
 充分な権利を保障する。
ー2020年末までで合意された「移行期間」はEUと英国双方の合意で延長することができる。
ー北アイルランド問題(30job):北アイルランドへのbackstop(安全策)は英国全土がEUの
 関税同盟に残留することで保証される。これは、メイ首相のred lineであるアイルランド海峡
 や国境で税関審査をしないことを保証する。
ー北アイルランドに、どれだけ自由に商品がEU域内を流通できるかを規定するEU非関税規約が
 適用されても、英国はもっと基本的な非関税方式を北アイルランドに提供する。それによって
 関税、数量制限、原産地規則などは英国とEUの通商で適用不要になる。
ー公平なビジネス機会を保証するため、英国はEUの競争法などのルール、EU労働法、環境規制
 そして税制を遵守する。
ー英国とEUは共同委員会を設置し、アイルランド国境とその安全策の修正や廃止を決定する。
 これは双方が互いの誠意ある対応を保証するためのものである。 

ー労働党のCorbyn党首は、この案はまだ ”生焼け”と批判したが、一方、これを批判する
 保守党の強硬離脱派は自らの首を絞める結果になる。英国の最優先課題は「合意なき離脱」
 を回避することではないか、とFinancial Timesは論評(2018.11.15)

○ラーブ離脱相の内閣離脱
ーメイ首相のこの新協定案が公表されると、Dominic Raab 離脱担当相が辞任を宣言。
 彼は、メイ首相の案は、英国の誠実さへの脅威であり、保守党の公約違反であり、国民
 の信頼を裏切るもの、と辞任の理由を述べた。
ー彼の辞任につづいてEsther McVey労働・年金相が、首相は国民投票の結果を尊重していない
 として辞任。さらにSuella Barverman離脱担当副大臣、またShailesh Vara北アイルランド
 担当相も相ついで辞任した。
ーRaab離脱相の辞任は、パンドラの箱を開けたかも、メイ政権の終わりの始まりか、とも言わ
 れる。

○メイ首相の方針。
ーメイ首相は、この新提案をひっさげて、たとえ保守党が激動してもやり抜く覚悟。メイ首相は
 今後の方針について以下のように主張。
  ー11.25の緊急EU首脳会議で、離脱協定案とともに正式決定したい。 
  すでに585Pにおよぶ英EUは政治レベルでは合意済み。26p政治宣言案でも
  合意したので、11.25に向けて前進。
 ーモノの貿易で、野心的な自由貿易圏創造。サービス貿易でもWTOをはるかに上回る自由化
  を目指す。
 ー金融サービスは「同等性評価」の仕組みを相互に導入。
  (英金融機関はEUが金融規制を同等と認められればEU域内で営業可能)。
 ー20年末の移行期間については「最大1~2年」の延長が認められる。
  (なお、これまで延長は一回限りで合意があったが、いつまでの延長するかは未決定だった)
 

Ⅸ.  今後の展開

○各界の反応
ー強硬離脱派はメイ首相の新協定案に強く反発している。メイ首相不信任案を画策する動きも
 あるが、不信任投票を求める書簡を保守党に提出したリースモグ議員は「自身は首相に就任
 するつもりはない」としている。また、Boris Johnson議員は「協定案をなげすてよ」など
 舌鋒は鋭いが、代替策や自身の首相就任の意思は明言していない。

ーメイ内閣には、強硬離脱派に近い立場のMichael Gove環境相など数人が、新協定案の
 修正案をつくる動きがある。

一方、EU当局は、新協定案の再交渉に応ずることはないとの立場だ。EU加盟国の中には、この
 協定案の作成についてBarnier交渉官が譲歩しすぎたとする批判もあり、EUはこれ以上譲歩は
 できないのが実情。

ービジネス界はメイ首相の新提案を一応歓迎しているが、全面的に賛成という訳ではない。
 新協定案は、サービス業で英国が独自性を持つことを強調しているが、金融サービスに
 ついては、equivalence ruleが明記されており、英国の金融規制がEUと同等と評価された
 場合にのみEU内での営業が認められる。EUは金融規制が英国より厳しいので、金融産業
 をめぐる環境はこれまでより厳しくなることへの懸念がある。
 また、政界の混乱・激動を懸念して、万が一に備えた用意は怠らないとしている。

ーメディアは、新協定案が、大部の文章の割には具体性が乏しく、EUにたいする譲歩と妥協
 が多いとして厳しい評価が多い。交渉のし直しか、合意なき離脱の方が望ましいという声
 もある。

ーアイルランド共和国は、hard border(厳格な国境管理)を避けるback stop(安全策すなわち
 当面英国全土が関税同盟に残留することで、これまでの現状を維持する)を確保するよう
 強く要請。

ー一方、北アイルランドのDUPの幹部は「議員の選択は、英国全体のために立ち上がるか
 EUの属国となるために賛同するか」と協定案を批判。協定案は将来の通商関係の内容
 が決定されるまで英国全体をEUの関税同盟に残す」として北アイルランドに配慮した
 内容だが、それでも北アイルランドだけに物品基準などEUの規制が残る内容に、DUP
 は「英本土から分断される」と強く反発。ちなみにDUPは頑迷なプロテスタント信者の政党
 で筋金入りのEurosceptic(欧州嫌い)である。

ー英メディアには、DUPと保守党強硬離脱派10人が反対して協定案は否決されるという
 観測もある。保守党は下院(650議席)で議長を除き315議席しかないので、協定案を
 承認するには10議席のDUPの協力が欠かせない。

○今後の展開
ーメイ首相に対する不信任投票で不信任が否決されれば、メイ政権は維持されるが、
 可決されると、首相選出の選挙になる。
ー12月の下院議会で新協定案が可決されれば、秩序あるBrexitに進む。
 否決されると1. 合意なき離脱、2. 再交渉、3. 再国民投票のいずれかになる可能性。
ー労働党から内閣不信任案が提出される可能性もある。
 不信任案が否決されればメイ内閣は継続。
 可決されると、メイ内閣は退陣。新たに総選挙になる可能性がある。

○11月25日、Brusselsの緊急首脳会議で正式決定
ー2018年11月25日、BrusselsでEU緊急首脳会議が開催され、メイ首相が提出したEU離脱新協定
 案は正式に承認された。これでBrexitの進捗は、しばらく前まで懸念された2018年末ギリギリ
 というタイミングより1ヶ月早まり、EU加盟各国議会での協定承認の手続きの時間に余裕が
 生まれる。しかし、英国内では、野党労働党が新協定案に反対するだけでなく多くの与党議員
 やメイ内閣に閣外協力をしてきた北アイルランドのDUPが反対に回る可能性があり、協定案が
 英国議会(下院)で承認されるかどうか、予断を許さない。否決されれば、合意なき離脱か、
 交渉のはじめからのやり直しか、場合によっては再国民投票が、現実の選択肢として浮上
 する。BrusselsでEU側との正式決定を確保したメイ首相の次の難問は議会をいかに説得する
 かになる。
 
ーBrexitの展望には、まだこのような大きな不確実性があり、年末にかけて正念場がつづく。


Ⅹ.   Brexitの意味するもの
 1. 国民投票選択の失敗
 ー2016年6月の国民投票の実施は、世界史にも記憶される最悪の政治判断だったというほかは
  ない。David Cameron首相は2013年当時から保守党内の亀裂や英国独立党などの急激な台頭
  に悩まされ、1975年、Wilson首相(労働党首)がEC残留をめぐって国民投票を実施し、世論
  の集約に成功した体験をおそらく参考にして、2015年保守党が総選挙で過半数を得た機械に
  EUに残留するか離脱するかの設問で国民投票を実施した。結果は僅差で離脱となった。

 ー選挙結果を分析すると、情報を持った大都市市民や若い国民は残留、地方の低学歴、熟年層
  は離脱を選択したことが明白だ。メディアで情報に接している人々は、EUを離脱することが
  経済的には大きなマイナスになることを知っていたので、当然、残留が多数と信じて投票に
  行かなかった人が多かったという。

 ー議会制民主主義の英国では、国家の正式な決定は議会でなされるので、制度的には国民投票
  は参考意見に過ぎない。実際、英国の高等法院は国民投票の法的拘束力についてそのような
  判断をくだしている。しかし、メイ首相は、国民投票の結果は、政治的に尊重すべきとして
  Brexitを政治方針として採択した。それは政治決定として理解されるが、これが、その後の
  すべての混乱の元になった。

 ーEU当局とのやりとりを通じて、Brexitの道程は容易ではなく、また膨大な経済的負担もしく
  は損失につながることが明らかになるにつれて、国民投票のやり直しを主張する人々が増え
  たが、法的議論はともかく政治の信義として国民投票の重さはもはや否定できなかった。
 
 2. Brexitに共底する世界の構造変化
 ー2016年6月のBrexitの選択は、その後の世界の多くの地殻変動現象の先がけとなった。たとえ
  ば2016年11月のトランプ氏の大統領当選がある。彼はナショナリズムと排外主義を強弁して
  はばからない異形な人物で、戦後70年間の世界史では考えられない政治家である。その後も
  欧州各地でそうした政治家や政治潮流の台頭が相次いでいる。その根底には、情報化が進み
  グローバル化が進み、世界規模での競争の激化で取り残された人々の不満と怒りの鬱積が
  ある。トランプ氏の登場は、彼個人の問題ではなく、トランプ現象とでも形容すべき現代
  経済社会構造の地殻変動の発現とみるべきだろう。
 
 ーEUは、二度の大戦の戦場となって莫大な犠牲を払った欧州の先覚者達が二度とこのような
  過ちを繰り返さないために、狭隘な国益を超えて、近代を超えるポストモダーンな超国家の
  政治組織として構想し、高い理想と強い決意と莫大な労苦を経て構築してきたいわば理想の
  超国家である。しかし、グローバル競争に取り残されたと考える人々にとっては、理想より
  も競争の脅威、とりわけ移民による身近な競争が耐え難い脅威に映るのであろう。Brexitは
  そうした世界史的な地殻変動の一つの発現形態と見ることもできる。

 3. メイ首相の奮闘と英国政治の堕落
 ーTheresa May氏は、Brexit問題については、残留派だった。しかし国民投票後の政治混乱の
  中で、本文で詳述したように、彼女は消去法で首相の重責を担うことになった。彼女は裕福 
  でも社会的に恵まれた家庭環境で育った人ではない。苦労して国会議員になった刻苦勉励の
  人である。しかし一旦、首相になったからには、国民投票の結果を彼女なりに重視して全力
  でBrexitを実現しようと苦闘してきた。言うなれば、彼女は責任感と使命感の塊のような
  人物である。

 ー彼女の苦闘は、本文を読んで戴ければ容易に理解されると思うが、EU27加盟国という巨大
  な集団を代表するMichel Barnier首席交渉官に象徴されるEU官僚機構とその集団を構成する
  27ヶ国の首脳との闘いはいうまでもないが、それ以上に、与党保守党の強硬離脱派といわれ
  るBoris Johnson, Michael Goveらの人々の内輪の反乱が彼女を背面からたえず危機にさらす
  ことになった。

 ーMacronフランス大統領は彼らが現実を軽視する嘘つきと表現している。敢えてつけ加えるな
  ら彼らの多くは信義を重んじない裏切り者と言わざるを得ない。彼らの裏切りのために多く
  の混乱が生まれ、英国、欧州そして英国と通商関係の深い日本など関係諸国は英国の政治 
  過程の理のない混乱と不確実性から多大な被害を被ってきた。英国はかつて民主主義の模範
  と目された時代があったが、Brexitに見られる英国の政治の劣化はまさに目を覆うばかりだ。

 ーまた、野党の労働党は今、左翼扇動家のCorbyn党首が率いているが、彼は国民投票時に残留
  を唱えたが全く行動をせず離脱派の勝利に結果として貢献した。2017年6月の総選挙では予
  算の裏付けのない無責任な政策を若者向けにアピール。彼は極端なユダヤ排斥主義者で国際
  社会で問題視されており、また労働党の影の内閣では、鉄道の再国有化など時代錯誤の政策
  綱領を唱えている。この労働党は、2017年6月の総選挙で大勝しているだけに、離脱協定案
  の下院否決や合意なき離脱の混乱の中で、保守党の内部分裂があれば、政権党として浮上
  する危険もある。

 ーメイ首相は、2017年6月、総選挙という賭けに出た。そして大敗を喫した。政権を維持する
  ために北アイルランドの地域政党DUP(民主統一党)の閣外協力を懇請したが、これが
  政権を困難な罠に陥れることになった。アイルランド国境問題は本文で詳述したので省略
  するが、2018年12月の下院議会で、離脱協定案を葬る鍵は実はDUPが握っている。彼ら
  は頑迷なプロテスタント信者だが、積年のアイルランド闘争の怨念で、深層では英国に
  悪意を抱いているようだ。メイ首相はこうした手強い人々を相手に、持病の糖尿病
  を抱えて、毎日インシュリンを打ちながら孤軍奮闘しているという。

 4. 合意なき離脱の打撃
 ー2016年後半から英国は政治とりわけ与党内の意見分裂の混乱で貴重な時間を浪費したため、
  Brexitプロセスの遅れを懸念したEU当局は、メイ首相が宣言した2019年3月末の離脱期日の
  後で、1年9ヶ月の「移行期間」を設定して秩序あるBrexitの実現を期待した。また、2018年
  11月25日にEU当局とメイ政権の間で正式決定された離脱協定案では、両者が合意すれば、
  「移行期間」をさらに一年程度延長することもあり得ると明記された。

 ー移行期間を利用して、秩序ある離脱をするのが、合意ある離脱だが、英国議会が協定案を
  否決するようなことがあれば、英国は合意がないまま離脱の海に漂流する恐れがある。
  その場合には、上記の「移行期間」も適用されないことになる。すなわち、2019年3月末
  をもって突然、英国もEUも互いに第三国を相手にするのと同様の高い関税や数量規制や
  国境審査やヒト、モノ、カネ、サービスの制限措置などに直面することになる。

 ービジネスなどの組織は常にできるだけの確実な情報を元に意思決定をするが、合意なき
  離脱は、事前の準備ができない状況の中で、諸条件の激変に直面するので、産業活動は
  不確実性の衝撃の下で莫大の損害を被ることになる。

 5. Brexitの英国、欧州、世界への経済的impact
 ー一方、合意の下での秩序ある離脱は互いにできるだけの準備ができるから、合意なき離脱に
  よる以上のような衝撃は、回避あるいは少なくできるが、Brexitそのものは、英国、欧州
  そして英国と通商関係のある世界諸国にとって大きな経済的損失をもたらすことは避けがたい。
 ーそれはEUがこれまで提供してきた、EU内でのヒト、モノ、カネ、サービスの自由な移動が
  英国との間で、ある程度制限されることになるからである。IMFをはじめ多くの関係機関や
  調査研究機関は、Brexitが英国や欧州そして世界経済に数%から1%程度のGDP減少をもた
  らす可能性があると試算している。Brexitは政治が人為的に世界にもたらす最悪の災禍
  である。しかし、Brexitは何らかの形て実現されると思料されるので、私たちはまたも
  世界のこの不幸な現実に立ち向かっていかねばならない。

Brexit の経緯と課題(2)

Ⅲ.   通商協議開始と移行期間の設定

 1. 通商協議入りの停滞
  ○入り口の停滞
  ー2017年末、つまり国民投票から1年半かかってようやく離脱の三条件についてまがりなり
   にも暫定合意が得られ、Brexit本丸の離脱後の英国とEUの通商関係についての交渉が開始
   される段階になったが、それがなかなか進まない。

  ー離脱条件の一つとして基本合意されたはずの「清算金」についてEUから上積み要求が出
   出され、また2017年7月に予定された第二回交渉を前にしてメイ首相は、7.17. EU離脱を
   めぐり、移民制限や司法権の独立など英国の権利回復を優先すること、また単一市場から
   完全に離脱すると表明。2016.6の国民投票の民意を尊重するとして、強硬離脱路線を強調。

  ー7月20日に開催された第二回交渉では、「清算金」に関する英国とEUの溝が埋まらず、
   通商協議に入れるか展望開けず。英与党保守党内の議論もまとまらず、英国の交渉姿勢
   不確定。総選挙に大敗したメイ政権の求心力が著しく低下し、政治が動揺する中で、
   産業界には、英国とEUの交渉がまとまらず合意なき離脱という最悪のシナリオも
   あり得るのではないか、との懸念↑。

  ○メイ首相の来日
  ー2017年8月末、メイ首相が初来日。彼女は30社ほどの英企業幹部を引き連れての来日。
   Brexitで英国に直接投資している日本企業のつなぎとめ、とさらなる対英投資の勧誘
   を意図。その際、日本とのFTAも提案。これは彼女が主張しているGenuin Global
   Britainの手がかりの模索?日本はすでにEUとFTA交渉が大詰めにかかっているので
   行方の判然としないBrexitを抱えた英国に不用意に言質を与えるわけにはいかない、
   という消極姿勢の終始。

  ーちなみに、メイ首相が京都から東京に向かう前日、私はBBC世界TV放送で、メイ首相
   についてのコメントを求められた。「メイ首相のFTA提案に対して日本は消極的
   だが・・」とういう質問。私は「日本とEUとのFTA交渉の手前、日本政府として慎重
   にならざるを得ない。しかし日本人は英国を評価して応援しているので、頑張れ!」
   とメイ首相にエールを送った。

  ー2017.10、EU離脱第5回交渉。英国の政権内部で意見錯綜。「清算金」問題で停滞。
   通商協議への展望もてず。離脱交渉に残された時間が少なくなる中で、関係企業は
   英・EUの交渉決裂に備える動き↑。

 2.  移行措置の検討
 ー交渉がとりわけメイ首相の求心力の低下と保守党の内部混乱で停滞している一方、
  交渉の課題は膨大なので、EUは早くも暫定措置として「移行期間」設定の提案。
  EUと英国は、「移行期間」について2018年3月合意をめざす。しかし離脱の
  激変緩和措置としての「移行期間」については、延長の余地や各種権利の保持
  で溝が多く、交渉は綱渡り。

 ー2018.3.2. メイ首相はロンドンで演説。英国はEUと世界一緊密なFTAを結ぶ。
  英国は独自に規制を定める権限を取り戻す一方、製造業については無関税など
  の恩恵は維持したいと主張。May首相の見解にたいしてEU側は「いいとこ取り」
  と反発↑。FTA交渉が円滑に進むか予断を許さない。EUと合意が得られなければ
  2019年3月末の無秩序離脱のリスクも残る。

 ー英国とEUは、移行期間をめぐり暫定合意。2020年末まで1年9ヶ月の延長。
  2018.3.22開幕のEU首脳会議で、英離脱の「移行期間を2020年末までと設定し暫定合意。
  移行期間中の単一市場残留問題について4月から準備協議を開始することで暫定合意。
  しかし、アイルランド問題は複雑で、本格協議は先送り。なお英国はTPP参加の可能性を
  排除しないとした。

  3.  通商協議開始
 ー2018.3末でようやく本丸の通商協議に入るメドが立った。これからは時間との闘いとなる。
 ー2018.5. 金融の扱い焦点。BoE(イングランド銀行)は独立性、独自ルール設定を望む。
  Treasury(財務省)はCityの現状維持で税収を望む。EUは妥協案としてequivalence rule
  (同等原則)を提案。しかしEUのequivalence ruleは規制色が強い。英金融関係者は、City
  は競争力があるので、EUの統制志向は回避し、できるだけ自律性独自ルール設定力)を維持
  することが望ましい、との立場。

 ーこの点に関し、上述した私とCity of Londonの金融関係者が、「Cityは、英国のEU離脱で
  EUの単一市場や関税同盟のメリットを受けられなくなったとしても、これまでの世界最大
  の取引実績、技術・制度インフラ、そして何よりも金融人材の厚い蓄積があるので、それほど
  大きなダメージは受けないでやって行けると思う」と静かな自信を見せていたのが、印象に
  残る。


Ⅳ.   アイルランド国境問題
アイルランド国境問題とは何か
○北アイルランドとアイルランド共和国の国境
ーBrexitで最大の難関となったのが、アイルランド国境問題である。それは何か?そしてそれが
 なぜBrexitの最大の難関となるのか?

ーアイルランド国境問題とは、アイルランド島の北部にある英領北アイルランドと南部を占める
 アイルランド共和国の間の国境である。

ー英国の国民投票の結果としてBrexitの方針が採択されるまでは、英国本土も北アイルランドも
 アイルランド共和国も皆、EUの加盟国ないし加盟地域だったので、国境問題はなかった。
 EUは単一市場と関税同盟を採用しており、EU加盟国や地域の間では、ヒト、モノ、カネおよび
 サービスの流れは全く自由で、入国審査や関税検査などはなかったからである。

ーところが、Brexitが実現すると、北アイルランドと英国本土はEU非加盟となるので、北アイ
 ルランドとアイルランド共和国の間の約500kmにわたる国境では、ヒト、モノ、カネの移動
 についてチェックが必要になる。

○メイ政権のアキレス腱
ー単独では下院で過半数を確保できないメイ政権率いる保守党は、北アイルランドの地域政党
 DUP(民主統一党)の閣外協力でようやく過半数を維持している。このDUPは、2016年6月
 の英国の国民投票の際に、北アイルランドが全体として「残留」が多数だったのに、「離脱」
 を掲げ、また、厳格な国境管理には絶対反対の立場で、事実上国境管理のない国境のあり方
 を実現・維持することをメイ内閣への閣外協力の条件とした。

ー英国がEUを離脱、すなわち関税同盟を離脱すると、必然的に国境管理は英国のEU加盟以前の
 ように復活せざるを得ない。しかし、復活が不可避となれば、DUPは閣外協力から脱退し、
 そうなればメイ政権は崩壊する。それを避けるには、英国はEU非加盟国としてDUPの要求
 する事実上国境管理のない国境のあり方を実現するという難問を解決せねばならない。その
 現実的な具体策がこれまで(2018年11月)英国から示されてこなかったために、交渉は
 膠着状態で遅々として進まない。これがアイルランド国境問題がBrexitの最大の難関と
 なっている所以である。

 2. アイルランド国境の歴史的背景
 ○17世紀から20世紀初頭まで
  ー1600年代半ばに、イングランドの宗教改革後の混乱を受け、清教徒革命が起きて
   クロムウェルが政権を取ると、カトリックの巣窟だったアイルランドに侵攻して
   カトリック教徒の大虐殺が起こり、宗教戦争の様相。
  ーその後の名誉革命(1688年)の際にも、宗教が絡んで、オレンヂ公ウィリアムによる
   アイルランド遠征が行われ、イングランドが完勝してアイルランドは完全に植民地化。
  ーその後もアイルランドの対英反乱が繰り返され、手を焼いたイングランドは、徐々に
   アイルランド議会の権限拡大を認めるなど、現地プロテスタントを通じた支配を行っていく  
   が、差別された被支配カトリック教徒を服従させることはできなかった。

  ーところがフランス革命からナポレオン戦争に至る過程で、カトリック教徒たちは、
   フランスに触発されて第反乱を起こし、さらにはナポレオンと軍事的に提携する動きを
   見せたことから、イングランドは、アイルランド議会を通じて、1800年には連合法を
   成立させ、翌年アイルランド併合に踏み切った。その結果、グレートブリテン連合王国
   はグレートブリテン&アイルランド連合王国になった。

  ーしかしアイルランドでは、人口でプロテスタントを大きく上回るカトリック勢力が
   反乱やカトリック差別の解消を求める大デモなどを通じ、徐々に英国議会内における
   政治勢力を伸ばし、20世紀に入ると自治に向かっていた。

  ○第一次大戦から北アイルランド紛争まで
  ーところがそれが実現されようとする矢先に第一次大戦が勃発して実現が遅れた。
   これを不満とした強硬派が、大戦に追われる英国の隙をついて、英国からの完全な
   独立を訴えて武装蜂起。その反乱は英国軍の武力で鎮圧されたものの、1918年の
   選挙で勝利した独立派は1919年1月には再び武装蜂起してアイルランド共和国の成立  
   を宣言。アイルランド独立戦闘に突き進んだ。

  ーこの独立戦争はおよそ1.5年にわたって続き、1921年12月にようやく休戦協定が
  成立。そして大英帝国とアイルランド共和国暫定政府の間で条約が結ばれ、アイルランド
  に英連邦内の自治領として「アイルランド自由国」の建国が許された。

 ーその際、プロテスタントの多いアイルランドの北部6州は大英帝国に留まることを選択。
  カトリックの多い南部の26州はアイルランド自由国に加わることを選択。その結果、
  アイルランドは北部6州からなる北アイルランドと南部26州からなる「アイルランド自由国」
  に分断。

 ーアイルランド自由国は、1922年に英国国王の名のもとに正式に発足したが、国内では
  異論が渦巻いていた。その不完全な分断状態が、再びプロテスタント対カトリックの争い 
  と結びついて激しい内戦になった。内戦は1922年から約1年続き、多くの犠牲者が出た。
 ーその後も、北アイルランドでは、英国のプロテスタント支配から脱して、南北アイルランド
  の統一を求める人々が半数近くを占めた。アイルランド自由国は1937年に英連邦から離脱
  したが、南北分断への不満はくすぶり続け、1960年代になると、北アイルランド内での
  カトリック差別への不満が武力闘争に転化し、3000人を超す死者を出す北アイルランド紛争
  が起こる。

○Good Friday Agreement(ベルファスト合意)
 ーその紛争解決に向けた長い和平プロセスを経てやっと「聖金曜日合意(ベルファスト合意)
  が結ばれたのが1998年4月。この和平合意によってアイルランドは国民投票によって憲法を
  改正し、北アイルランド6州の領有権主張を放棄した。

 ーその和平合意が実施され、やっと北アイルランドの自治政府が成立したのは2007年。
  そこでは統合派(プロテスタント)と民族派(カトリック)の両方の政党が代表を
  出しており、現在も微妙なバランスを維持している。

 ーしかし和平プロセスは英国やEUの経済支援もあって機能しており、孤立した和平反対
  の単発的なテロはあるが、政治問題としての北アイルランド紛争は決着している。

 ーEUは和平合意をサポートする目的で毎年数百億円相当の予算をアイルランド向けに支出
  している。(このEUの資金援助も北アイルランドが残留を支持した理由の一つ)。
  こうした歴史背景のもと、今回の国民投票では、北アイルランドは、離脱反対が55.8%
  を占めた。

 ー紛争中は治安当局がチェックしていた南北アイルランド国境は、和平の一環として自由に
  往来できるようになったが、英国が離脱したら、それが制限されかねない。さらに英国が
  離脱すると、南はEU,北は非EUということになり、関税問題も。またEUに残るアイルランド
  では、これまで通り、EU諸国から自由に移民がやってくる。その移民たちが理屈続きの北
  アイルランドに入ってくるのを国境管理なしで止められるかという差し迫った問題がある。

 ーまた離脱後、北アイルランドはEUから開発支援を失うので、経済水準向上という和平
  プロセスへの支持基盤を維持するため、これに代わる経済支援を英国が見つけなければ、
  という難問もある。

 ーアイルランド国境での「厳格な国境管理」に反対する北アイルランド人の心情を、ある
  政府高官は率直に語っている(日経2018.10.22)。「厳格な国境管理の復活は政治的、感情
  的に受け入れられない。北アイルランド紛争では3000人以上の犠牲者が出た。国境の復活が
  すぐ紛争とはならなくても国境警備官への攻撃などはありうる。経済も重要だ。英国は
  アイルランドにとって最大の輸出先。北と共和国の間では数千の中小企業がビジネスが
  行われ、ヒト、モノ、カネが行き交っている。合意なき離脱と国境復活のどちらを選ぶか
  は飢饉か疫病かを選択しろということだ。」
 
○メイ政権の提案、EUの代案、英国の与野党の見解
 ーBrexit実行後、英国はこのアイルランド国境で、厳格な国境管理のない国境という稀有の
  状態を実現しなくてはならない。EUは英国の直面するアイルランド国境問題という難問
  について「厳格な管理のない国境(no hard border)」を実現するという原則で英国と
  合意している。

 ー問題は、それをどのような形でいかに具体的かつ現実的に実現するかである。
 ーメイ政権は、後述するように2018年7月はじめに発表した政府白書(通称Chequer’s Plan)
      で、厳格な国境管理を回避する具体策としてITの先端技術を駆使して、関税事務所や関税
  手続きの目に見える作業なしで、事実上、関税業務を実現させる新しい入国審査や関税業務
  のあり方を提案した。しかし、これはこれまでには世界のどこでも実施されていない未踏の
  空想的な技術であり、現実性・具体性がないとしてEU首脳から全く評価されなかった。

 ーEU当局は、メイ政権が具体案を示せずに時間が浪費されることにしびれを切らし、2020
  年末までの「移行期間」については、北アイルランドだけを関税同盟に残すという案を
  提示したが、これに対しては、メイ首相が、それは英国を分断するに等しいので、全く
  認められない、と拒否した。

 ー具体的な解決策が見つからずに窮地に追い込まれたメイ首相は、2018年11月になって、
  英国の分断を回避し、かつ厳格な国境管理をしないで済む方策として、北アイルランドを含む
  英国全土をしばらくの間(当面は「移行期間」)、関税同盟に残すという対案を提案した。

 ー関税同盟に当面残留することについて、英国労働党は肯定的な反応を示したが、メイ政権内
  および与党保守党の強硬離脱派は激しく反発している。離脱後の英国が当面(明確な期限は
  未定)関税同盟に残留することは、その間、英国はEUの諸規則の制約を受けることになり、
  EUからの国家主権の完全回復を求めて選択された国民投票の趣旨に完全に反するという理由
  である。


Ⅴ.  Chequer’s plan、離脱相と外相の辞任

Chequer's plan
○Chequer’s Plan(メイ政権離脱白書)の公表
ー2018年7月はじめ、メイ首相は、離脱後のEUとの通商関係に関する英国政府(メイ政権)
  の基本方針を取りまとめた。これは98pにおよぶ文書で、将来の通商関係に関するメイ政権
  の方針を体系的に記述している。メイ首相は、彼女の別荘Chequer's Houseに内閣の関係
  閣僚を招いてこの案を提示・説明したことから、この文書は「白書」もしくはChequer's
  planと通称されることになった。

ーBrexitの交渉は、離脱の方法などを規定する「離脱協定案」と離脱後の通商協定
 など将来の英EU関係の大枠を提示する「政治宣言」に大別される。Chequer’s planは
 後者に当たる。

○白書の概要
ーその内容は、基調としてEUと特権的な関係(privileged link)を保持することを謳っている。
 英国はモノについての自由貿易域(free trade area)を維持し、アイルランド国境を含め国境の
 すべてにおいていかなる摩擦も回避するよう精緻に構築された仕組みによってEUの関税同盟の
 メリットを享受する。しかし、英国のGDPの80%を産出するサービスについては英国とEUとの
 間により緩やかな関係を提案。すなわちサービスについては英国は自律的にルールを設定でき
 る自由度を確保する、という趣旨。

ーモノの自由貿易地域では、アイルランド国境も含めてEUの関税同盟のメリットを享受し、国境
 のすべてにおいていかなる摩擦も回避するように精緻に構築された仕組みを活用する、として
 いるが、その焦点がアイルランド国境にあることは明らか。これまで繰り返し述べてきたよう
 に、この問題については、北アイルランドのDUPから国境管理のない国境を実現するよう厳し
 い注文がつけられている。この要請に答えるため、当初は、500kmの国境でなく、港あるいは
 海上でフェリーの上で税関業務をするという案も検討された模様。それはEU地域向けの商品
 の関税徴収を英国の税関が輸入側のEU加盟国側の税関に代わって行うことになるため、EU当局
 から主権にかかわる問題として棄却された。

○厳格な国境管理を避ける夢の技術
ーそうした試行錯誤の結果、Chequer’s Planでは、最先端のITを駆使した目に見えない方法で
 事実上の税関業務を行うという夢物語が語られている。具体案はつまびらかでないが、例えば
 貿易商品にICチップを埋め込んで、税関吏の現場での作業なしに、関税審査などが実行される
 といった未来志向の構想のようだ。しかし、このような技術はこれまで世界のどこでも実用
 されたことがなく、近い将来に実現する保証もないので、EU首脳からは問題外と批判された。

ーメイ首相はこれまで、離脱後には関税同盟を脱退するとの方針を掲げてきた。EUはそれなら
 FTA が唯一の選択肢と主張。しかしFTAなら原則として税関手続きの復活が不可避となる。
 またEUへの輸出品が英国製であることを証明する原産地規則も適用される。

○白書の特質
ー今回のChequer’s Planでの英国提案の自由貿易圏は「関税ゼロで税関手続きも不要」という
 現状の恩恵を享受しようというもので、英国にとってかなり都合の良いことを書き並べている
 が、メイ首相がホンの半年前まで主張していた強硬離脱路線からは大きく転換し、穏健離脱(soft Brexit)にむけて舵を切ったことは明らか。

ーまた、英国GDPの8割を占めるサービス(金融が大きい)については、英国は自律的に独自の
 ルールを設定する権能を保持するという原則論を掲げている。すなわちサービスについては
 独自色を強調しているが、詳細かつ具体的な言及はない。

ー一方、離脱後もEUからビザなし短期観光・ビジネスを容認し、企業間異動や高度人材、留学生
 受け入れを促進するとしている反面、移民の受け入れについては制限するという基本的立場を
 主張している。

2.  白書への批判:EU当局と英国強硬離脱派
○EU当局者の批判
ーこれにたいし、EU当局者は、英は「いいとこ取り」と警戒。EUの首席交渉官(chief
  negotiator)であるMichel Banier氏は、英国はモノの取引だけで単一市場型のメリットを享受
 して、サービスやヒトの移動の分野をそうした扱いから除外することは許されないと警告し、        英とEUがあたかも合同の関税領域にいるような状況つくるIT技術の実現性についても疑問を
 呈した。

○英国強硬離脱派の批判
ー一方、白書の提案は、英国が離脱後もEUルールに縛られることを意味する。離脱後は英国はEU
  ルールの作成や変更に関与できないため、一方的な順守迫られることになる。EU離脱で国家
  主権を取り戻すことを訴えてきた強硬離脱派から見るとメイ首相の提案は譲れない一線を
  超えた?

3.  離脱相と外相の辞任
○離脱相と外相の辞任
ーそして破壊的な事態が起きた。7.6のChequer’s Houseでの閣議で、メイ首相穏健離脱方針に
 閣議全閣僚が同意したが、7.8夜、Davis離脱担当相が辞任。同氏は2016年7月から離脱担当相
 として交渉に当たってきたが、M首相の穏健離脱方針に反発した。さらに、デービス離脱担当相
 につづき、D担当相辞任発表の15時間後、ジョンソン外相が7.9辞任した。

ー両氏の辞任の引き金は、離脱後のEUとの経済関係の交渉方針を決めた7.6の特別会議。
 M首相は10時間を超えるマラソン閣議で、EUとの自由貿易圏創設、工業製品の規格・基準の
 EU との共通化を提案。強硬派からは関税同盟に残るとEUに譲歩を迫られやすい弱い立場に
 なるとして批判。ジョンソン氏ら強硬離脱派はEUの単一市場から撤退し、他国と自由貿易を
 拡大すべしと主張。

○メイ首相不信任の動きも
ー保守党の規定では、党議員の15%(48人)の同意で、不信任投票が開始できる。メイ内閣は
 危機的状況に陥った。


Ⅵ.  Saltzburg9月臨時EU首脳会議、Brussel10月EU首脳会議

SaltzburgEU臨時首脳会議
○Saltzburgでの臨時EU首脳会議の開催
ー2018,9.20〜21にかけてSaltzburgでEUの臨時首脳会議が開かれた。EUは英国に対して
 アイルランド国境問題の具体的な解決策をはじめ、離脱後の通商関係をついての
   workable(実装可能)な構想を提示するよう宿題を出していた。Chequer’s Planはメイ
 政権のそれへの回答という位置付けだったが、その白書が公表されると、EUの首席
 交渉官Michel Barnier氏はじめ多くの関係者から厳しい批判が寄せられた。

ーEU当局は、問題の重大性に鑑み、2018年10月の定例首脳会議の一ヶ月前に、臨時の
 EU首脳会議を開催し、メイ首相を招いて、より率直に英国案について、EU加盟国首脳
 の意見を伝え、改善を求めようとしたものと思われる。

ーEU首脳は、メイ首相が登場する前にすでに意見を述べ合い、メイ首相が登場した時には
 あたかも待ち構え得て批判・攻撃するような形になった。

ー首脳の発言のいくつかを紹介しよう。フランスのBruno Le Maire蔵相は、Chequer’s planは
   欧州の基本信条を掘り崩すもので、これを認めることは欧州の終焉を意味する。英国はEUを
 離脱するが単一市場のメリットはすべて享受するというのではそれは欧州主義の否定だ。
 マクロン大統領は、2016年の離脱派の勝利は、容易な解決策しか考えない嘘つきの人々が
 仕組んだものと批判し、Brexitはコストと帰結を伴うことを知るべきだ、と強調。
 デンマーク、ベルギー、オランダなど英国と密接な通商関係を持つ国々からは、英国の
 このような「いいとこ取り」が許されるなら、我々の国は地盤沈下してしまう。

 ーDonald Tusk EU委員長は、「Chequer’s Planは”いいとこ取り”で、具体的な提案が
  なく、その主張はEUの単一市場の仕組みを崩すものだ」と批判し、10月の定例EU
  首脳会議までに4週間あるから、それまでにより良い案を提示してもらいたい」と
  要望した。

 ー総攻撃を受けたメイ首相は、かなり激昂して「Donald Tuskは、我々の提案は機能
  しない。それはEUの単一市場を掘り崩すものだ、と非難したが、彼はそれがどのように
  掘り崩すのか、その理由も具体的説明もない。そして対案も示さない。Brexit交渉の
  全過程をつうじて、私は常にEUに敬意を払ってきた。貴方方も英国に対して少しは
  敬意を払うべきではないか」と論駁。

 ーSatzburgの顛末を伝えた報道機関は、このサミットの意味するところは、これは
  論理の対決というより力の対決であり、力で勝るEUが英国提案を”いいとこ取り”
  として批判し拒絶したということ(Financial Times, 2018.9.22.) また、英国政府
  は自らの力を過信して、失敗した。これは正義の有無ではなく力の有無が左右した
  場面だった、と論評。

 ー結局、定例の10月18.19のEU首脳会議での最終決着は事実上断念され、懸案は
  11/17〜18の臨時首脳会議に持ち越されることになった。

2. 英国保守党大会
 ○メイ首相、保守党大会乗り切り
 ー018.10.3.保守党大会が開催。大会では、メイ首相が閉幕前に演説。持論の主張を繰り返した
  が、力がこもっており、大会の空気を主導。「「必要なら無秩序離脱も恐れない!」と自ら
  の離脱方針を維持する立場を強調、迫力あり。Boris Johnson氏らも演説したが、具体的内容
  に乏しく、しかもメイ首相に対抗して保守党党首を奪取しようという気迫なし。大会はメイ
  首相ペース。メイ首相の国内での復活を感じさせた。

3.  国民投票の再投票問題
 ○再投票問題への関心の高まり
 ー労働党は関税同盟の維持などEUとの関係重視を求め流が、メイ首相の離脱については
   拒否する構え。労働党では党員の9割が再投票支持。
 ー再投票の運動を推進するジョン・カー上院議員(EU条約の離脱条項策定に携わった)はなぜ
  に答えて”informed concent” だ。

 ースコットランド国民党の党首は、英国下院の35名の議員はもし再投票になれば疑いなく
  参加して英国のEUとの交渉が決定的な結果を産むよう議会をつうじて働きかける、とした。

  ○再投票は民主主義の毀損
 ー再投票の最大の被害は、democracyの毀損(Financial Times2018.10.8 )
 ー再投票は国民を分裂させる(Financial Times◉)
 ー再投票をすれば、今度はEU残留が多数を取るのでは、との観測が多々なされるが、私が
  2018.10末に懇談をしたロンドンの金融や大学の関係者は、民主主義国家としてあの国民
  投票の再投票をさせることは考えられない、との見解。それは国民への信義の問題という。

4.  10月EU首脳会議
○10月首脳会議の重要性
 ー10月17〜18に予定されているEU首脳会議を前に、バルニエ交渉官は今回の首脳会議が
  合意なし離脱を回避できるのかどうかの「決定的瞬間になる」とした。

 ーこの会議では、英国を除くEU27加盟国の首脳らは17日の夕食会で英国離脱を議論。
  一方、英国は16日に開く閣議でEUへの妥協案を協議する方針。交渉打開につながる
   提案をメイ首相が示せるかが鍵。

  ーEUと英国は各国の議会承認の手続きの時間を確保するため、10月首脳会議で
  (1)離脱の手順や条件などを定めた「離脱協定案」、
  (2)通商協定など将来関係の大枠を示す「政治宣言」の合意をめざしてきた。
   しかし、英国内の離脱方針をめぐる混迷で交渉は停滞。
  ー9月中旬、ザルツブルグで開いた非公式EU首脳会議では10月合意を断念。代わり
   に、EUは10月首脳会議で、交渉の「最大限の進展」(トウスクEU大統領)を 
   確認できれば、11月17〜18に臨時の首脳会議を開いて合意をめざすと表明。
   その進展がなければ「合意なき離脱」が一気に現実になる。

○首脳会議の結果
ー10.17〜18開催のブリュッセルEU首脳会議。行き詰まる交渉の打開策描けず。
  11月の最終合意をめざしてきた英・EUは最終期限をクリスマスまで伸ばしたが、
  実現のハードルは下がっていない。
 ーEUのトウスク大統領は「十分な進展はなかった」と18日、首脳会議閉幕後の記者
  会見で淡々と語った。
 ーアイルランド紛争の再発を避けるために英・EUはno hard border(厳しい国境管理
  を避ける)で2017.12に合意。英国は具体的な解決策を示すと約束したがEUの
  理解をも得られる妙案を出せていない。

 ○EUの暫定案
 ーこの問題では、EUは、まず、英国がEU関税同盟から完全離脱する2020末までに
  解決策を見つけられなければ、北アイルランドのみを関税同盟に残す、と提案。
 ーメイ政権はこれに反発。最長2021末まで英国全体を関税同盟に残す案を6月に公表。 
 ーEUは英提案が、21年末以降の国境管理の復活を避ける安全策(back stop)を欠いている
  と批判。
 ー開幕直前の14日、EU当局は(1)EUが英国全体を関税同盟に当面残す英提案を受け入れ、
 (2)英提案が機能しなかった場合の「第二の安全策』としてEU提案も残すとの暫定案を提示

  ○消えた暫定案
  ー暫定合意案に、Boris Johnson氏ら強硬離脱派は「投げ捨てるべきだ」と激怒。これでは
   アイルランド問題の解決策がみつからなければ、英国は永久に関税同盟に残り、離脱後
   もEUルールに縛られ続ける、と猛反発。

  ーメイ首相は、EUとの合意を急げば、メイ政権の強硬派閣僚が更に複数辞任するとの観測。
   メイ首相はそこで土壇場で合意案に「待った」をかけた。14夕、ラーブ英離脱担当相は
   急遽ブリュッセルにバルニエ交渉官を訪ねてメイ首相の懸念を伝達。暫定合意案は幻に。

 ○合意期限を12月に延期
  ー10.16、バルニエ首席交渉官は、英を除く27加盟国閣僚らに「合意なし」の
   離脱を避けるための交渉の最終合意期限は12月になるとの見通しを伝えた。
  ーただ、以降期間中の英国はEUの法律や規制に縛られ、EUへの拠出金の支払い
   義務も残る一方で、EUの意思決定に参加できない。英国の主権回復を掲げて
   きた強硬派を中心に以降期間を短くすべき、との声も根強い。

 ○メルケル首相の発言
  ーメルケルドイツ連邦首相は、EU首脳会議は、もっと柔軟な考え方で、Brexitの
   進展を阻害しているアイルランドの国境問題の解決に取り組むべきではないか、
   と発言。

 ○10月首脳会議以後の展開
 ー10.20. EUのトウスク大統領は移行期間の延長を「英国が決断すれば各国首脳も肯定的に
  検討するだろう」
 ー一方、英与党保守党の強硬離脱派は、延長案は、問題解決の先延ばしに過ぎないと反発。
  移行期間が伸びれば英国がEUルールに従い、EU予算に拠出する期間が長引くから。
 ー閣外協力の北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)も移行期間延長は国境管理の
  厳格化をしない保険にはなっていないと批判。DUPは本土と北アイルランドの分断に強く
  反対し、具体策を求め続けてきた。

 ○アイルランド問題で浮上した二つの打開策成立せず
  1. 物理的な国境は設けない代わり、双方の地元の工場など生産拠点で、製品が安全基準を
   満たしているかなど通関に必要な手続きをする。英政府はこれで厳格な国境管理の回避
   と判断? しかし、動物検疫や食品検査は国境でのチェックが必要。また、DUPは明確
   な国境がなくても通関手続き自体が事実上の国境と問題視。英国分断の関税障壁ができる
   なら予算案に反対と声明。
  2.  メイ首相は11日夕関係閣僚集めて「Ir 問題解決まで一定期間、英国全土を関税同盟に
   残す」案を提示。10月14日のラーブ離脱相とBarnier交渉官で一致、17日のEUサミット
   で大枠合意めざした。しかし、この案には保守党内強硬離脱派が反発。問題解決策が
   みつからないで、英国が永久に関税同盟に残り、EUルールに従い続ける中途半端な離脱
   になることを懸念。

  ージョンソン氏は「閣僚は首相案に反乱せよ」と主張。メイ首相はこの案を強行すれば閣僚
   辞任や予算審議で造反を懸念。この案も断念した。
  ー17日のEUサミットで設定されたクリスマスまでという期限に、合意なき離脱を回避できる
    かの、まさに正念場。

Brexit の経緯と課題(1)

Ⅰ.   はじめに

   1. Brexitへの世界の心配
  ー今、Brexitがどうなるかについて世界の関心というより心配が集中している。
   ーBrexitが経済にマイナスの影響をもたらすことは周知である。
  ーそれは、英国というEUの中ではドイツと並ぶ大きな経済国がEUの単一市場と関税同盟
   から離脱することで、英国とEU諸国との間でのヒト、モノ、カネの自由な流通が一定程度
   制約を受けるから、貿易や投資活動がそれだけ低下し、英国や欧州だけでなく関係する
   世界諸国の経済にマイナスの影響が及ぶからである。

  ーしかし、それ以上に現在、世界がBrexitのゆくえに大きな不安を抱いているのは、2018年
   11月25日、大きな曲折を経て、ようやく英国とEUの間で、離脱の協定について正式決定
   に漕ぎ着けたものの、英国議会で反メイ首相の動きが高まり、この協定案が12月の英国
   議会で否決される可能性が少なくないということだ。これが否決されると、Brexitは合意
   なき離脱になるか、はじめからの交渉のやり直しか、あるいは新たな国民投票か、と
   いった混乱に陥る。

   2. 合意なきBrexitの悪夢
  ー心配される合意なき離脱とは何を意味するのだろうか。
  ー英国はこれまでEU加盟国として、投資、貿易、金融、雇用、運輸などの面で、EU加盟諸国
   が共有する単一市場そして関税同盟のメリットとして、関税免除、投資や雇用の自由、国境
   なき金融ライセンスなどを享受してきた。

  ー合意なき離脱とは、2019年3月末日をもってこれらの特権が消滅し英国は第三国の扱いを
   受けることになるので、英国の国民や企業はもとより、英国に投資をしている欧州や世界
   の企業や英国を訪ねる人々などは、突然、これまで享受してきた特権が失われた状態に
   適応せざるを得なくなる。

  ーそうした激変への対応や適応には、多大な時間とコストがかかり、関係諸国や企業や
   人々は突然見透しのつかない膨大な損害を被ることになる。
  ーその危険が現状では現実となる可能性が少なくないのである。
  ーBrexitの行方についての最大の不安と心配はこの点にある。 

  3.  Brexit交渉過程の混乱と英国政治の劣化
  ー英国の離脱は2019年3月末に予定されているが、そこで離脱が秩序ただしく実施される
   ためには、離脱後の英国はEUとどのような通商関係になるのかについて両者の間に
   適切な合意が成立していることが前提条件になる。
  ーその合意が、EU当局者と英国政府との間で、ようやく2018.11.25に得られたが、これ
   から、二つの関門がある。一つは正式決定された協定案が、EU加盟27ヶ国の議会で
   承認されねばならない。どの手続きにはどんなに早くとも3ヶ月以上はかかるとされる。
   ギリギリのタイミングだが、その手続きは、離脱期日の2019年3月末までにはおそらく 
   完了するだろう。いまひとつは、英国議会での協定案の承認である。

  ー協定案をここまで持ってくるのに、多くの曲折があったが、メイ首相が最善と主張する
   この協定案に対し、英国議会(下院)では、野党のみならず、与党内にも”強硬離脱派”を
   中心に強い反対があり、さらにメイ政権を閣外協力で支えたきた北アイルランドのDUP(
   民主統一党が協定案に異論を唱えており、反対する可能性があるということだ。与党内
   の造反とDUPの反対があると、協定案が議会で承認されないリスクが高くなる。
  ー英国与党である保守党内の意見対立、さらには内閣内部の意見不一致で翻弄されてきた。
   英国の政治はかつて民主主義の模範とされたこともあったが、近年とくにBrexit問題が
   かかわるこの2年間の英国政治は、目を覆うばかりの劣化と言わざるを得ない。

  4.  EUの原則とBrexitの論理
  ーEUは民族国家を超えるポストモダーンの超国家体制を構築しようと努力してきたが、
   その核心は、EU全域にわたる単一市場と関税同盟に象徴されるヒト、モノ、カネの
   自由な移動である。これらはEU体制の基盤であり、一体として維持、確保されねば
   ならない。それがEUの大原則である。

  ーメイ首相が現実案として提示する条件は、貿易は自由だが、移民は制限するなど、
   EUの大原則からは許容しがたいcherry picking(いいとこ取り)に映る。
  ー英国がEUから離脱で求めたことは多岐にわたるが、司法や様々な規制でEUから制約
   を受けずに独立性を確保すること、そして最大の要件は、移民受入れの制限だった。
  ー離脱のあり方をあえて大別すれば、それらの条件を完全に実現する強硬離脱(hard Brexit)
   といくつかの面でEUと妥協する穏健離脱(soft Brexit)とがある。メイ首相は当初は
   hard Brexitを掲げていたが、現実的な困難を踏まえて、次第にsoft Brexi路線に傾斜
   した。

  ーBoris Johnson氏ら強硬離脱派は、メイ首相の最近のsoft Brexit路線に対して、それでは
   一体何のためのBrexitだったのか、と激しく批判し、担当政務の辞任、造反、メイ首相
   不信任投票や議会での首相案否決の画策などで、意図的に混乱を掻き立てている。この
   対立構造が英国政治の劣化現象を助長している。

  ーダイナミックな国家運動としてのBrexitの全貌を理解し、世界に対するその意味を考える
   ことは容易ではないが、以下では、2016年6月の国民投票以降のBrexitの動きを事実を
   踏まえてできるだけ詳しく展望し、またその動きの背後にあるEUの理念や英国の政治
   の動きも見据えつつ、Brexitを理解しその意味と影響を考えることにしたい。
 

Ⅱ.   Brexitと離脱交渉の経緯

1. 2016.6.23の国民投票とBrexit
○国民投票の結果:
 ー2016年6月23日に行われた国民投票の結果は、Brexit派が僅差で勝利した。投票結果は
  51.9%対48.1%だった。投票のうちわけを見ると、青年層、高学歴層、ロンドンなど大都市
  の市民は残留を選択し、地方在住、低学歴者、中高齢者層はほどんど離脱派だった。国民の
  地域、学歴、社会階層などによって投票の傾向が明確に異なっていた。

○国民投票にいたる事情
 ー国民投票は2013年に当時のDavid Cameron保守党党首が、2015年総選挙で保守党が勝てば
  2017年末までに実行すると約束。その約束をした背景に、2015年に迎える総選挙をどう戦う
  かについてCameron党首は、対策に頭悩ませていたことがある。そのひとつは英国独立党が
  2006年以降急速に躍進し、2014年には27%という最高得票率を得たことに脅威をいだいた
  こと。また保守党内も一枚岩ではなく、党内意見の対立が深刻だったことがある。

 ーCameron党首はそうした内憂外患の状況の中で、保守党の分裂を回避し、人々の注意を国内  
  政治の外にそらすために、Brexitの可否を国民投票に委ねるという賭けに訴えた。Cameron
  党首は1975年のWilson首相(労働党首)の前例に学ぼうとした?Wilson首相がECに残留
  するか否かという設問で、対立する党内の争点の”外部化”をはかって国民投票を実施した
  結果、大差で残留が決定し、世論も集約されたという成功例である。

 ーEUに対する英国民の不満と批判は、英国主権が浸蝕される、移民の流入、社会保障の負担が
  高すぎる、環境規制が厳しすぎる、原発を抑制するために電力が高価になる、高いEU会費と
  その使い道、EU政府の過度な官僚主義などに対して募っていた。

 ーまた、英国は歴史的にEUに対して批判的であった。英国はEUには参加したが、Euroには
  非加盟である。英国はこれまでも独自の自己主張が強く、いうなればEUの問題児だった。
  英国はEUの理念にも理想にも基本的に関心はなく実利だけで付き合ってきたといえる。
  また、サッチャー首相の厳しいEU批判も(主権と自由の侵害)英国人の考え方に色濃く影響
  している。サッチャー首相は、英国の選挙民に選ばれてもいないEUの首脳や官僚が英国の
  国内問題にまで干渉するは英国の主権への干渉であり、自由の侵害だと強く批判していた。

 ー2015年5月の選挙結果は予想に反して保守党が大勝し、単独で政権を担うことになった。
  その結果を受けて、国民投票は2017年でなく2016年6月23日に前倒しされた。保守党の内部
  でも、さらに内閣の内部でもEU離脱如何については意見は分裂していた。

 ーCameron首相の盟友であるBoris Johnson前ロンドン市長を、Cameron首相は自身の後継者
  にと考えていたとされるが、そのJohnson氏がCameron氏を裏切り、離脱派の扇動者と
  なった。さらにCameron氏の盟友である法相のMichael Gove氏が離脱派に参加することと
  なったのは Cameron氏にとっては大きな打撃だった。

 ーCameron氏はEU当局と交渉して、英国の要望をできるだけEU側に伝え、ある程度の理解と
  譲歩を得たので、残留が国益になるとの信念を強め、残留を強く訴えた。Cameron氏ら残留
  派は離脱がいかに国民にとって損になるか、残留が利益になるか、を詳細なブックレットに
  して選挙民に配布するなどしたが、結果的にはその内容は詳細すぎて人々には良く理解され
  なかった。

○劣質な離脱派の政治家
 ー対照的にJohnson, Gove氏らの離脱派は「EU離脱で、外国人労働者の脅威が無くなる。EU
  に支払う負担が減る」ともっぱら情緒的に訴えた事が奏功したとされる。彼らは真っ赤な
  バスに「我々は毎週3.5億ポンドをブリュッセルに送金している。その金を医療充実に使える」と大書
  して全国遊説をした。それは、英国がEU本部に加盟国として毎年、支払っている分担金などが
  戻ってくる、という趣旨だったが、後述するように担金は戻るどころか、離脱の前提条件
  としてのこれまでの分担金などの未払い分を負担しなくてはならないことが判り、この
  スローガンは国民を欺く嘘であることが後日、明らかになった。

 ーJohnson, Gove氏らはこのように目的のためには手段を選ばない人々であることをこの事実
  は示しているが、それにしても、明らかな虚偽で国民を扇動しようというやり方は事実上の
  詐欺師であり、このような種類の人々が政界で大きな顔をしている英国政治はひどく劣化して
  いるといわざるを得ない。

 ーまた、離脱派の勝利後、離脱派のリーダー達の不可解な行動が世間を驚かせた。離脱派の
  急先鋒ファラージュ英国独立党党首は、投票直後に雲隠れし、Johnson氏は国民投票につい
  ての責任回避の発言をした。後日、EU離脱で債務清算金支払い義務が発生し、離脱が得に
  ならないことなど離脱派の欺瞞行為が明らかになるにつれて、巷では「離脱派に騙された」
  「こんなことになるなら投票に行ったのに」「BrexitでなくBregretだ!」の悔悟の言葉も
  聞かれたという。

 ーBrexitという世界の歴史的一大ドラマを理解するで、その登場人物の中にこのような劣質な
  人々が居るということを私たちは銘記しておく必要がある。彼らの行動がその後の展開の
  中でも事態を混乱させ、進行を妨げる大きな要因になるからだ。

 ーちなみに、2018年10月末、私が小池百合子知事のお供をしてロンドンで東京ーシテイオブ
  ロンドンの協力協定アピールのイヴェントに参加した際、都知事のための晩餐会で同席した
  シテイオブロンドン次期市長予定であるAlderman of the City of LondonのWilliam Russel
  氏が「ボリスと私はイートン校で同級だったが、彼は全く信用できない男だ」と酷評してい
  たのが印象的。また、ジョンソン氏がかつて日本を訪問したとき、日本の中学校でラグビー
  のプレーをし、その際、中学生のプレーヤーに手加減なしに体当たりして批判を浴びた話は
  一般にも知られている。
 
2. メイ首相の登場とHard Brexit宣言
 ー国民投票の結果、僅差とはいえ、離脱派が多数を占めたので、残留を主張していたCameron
  党首は辞任し、後任にTheresa Mary May首相が就任し、彼女は2017年3月に正式にBrexitを
  宣言してEU当局にその意志を通知した。ここでは、May首相就任の経緯と彼女のEU離脱宣言
  に至る経緯を確認しておこう。

○なぜMay首相になったのか?:
 ー保守党の党首選は2段階で行われる。まず、下院議員が選挙する。そして一般党員(現在12万
  人?)が選挙するという2段階だ。今回は、離脱運動を主導したBoris Johnson氏が当然の
  首相選挙の候補と目されたが、彼に対しては、長年の盟友Cameron氏を裏切って離脱派を
  宣言したことが、次期首相狙いの野心と見られて関係者の間で反感もあったため、Johnson
  氏は出馬を回避した。

 ーJohnson氏に代わって、Johnson氏の後ろ盾的な存在であり、離脱派の黒幕と目されていた
  Michael Gove氏が「ジョンソンには離脱問題を仕切る指導力がない」と自ら党首戦に出馬
  する意向を表明した。こうした経緯は、キャメロンがジョンソンに裏切りで刺され、こんど
  はジョンソンがゴーブに刺されるとう、あたかもシェイクスピアの戯曲さながらの展開だ。

○Theresa May(テリーザ・メイ)とはどんな人物?        
 ーTheresa Mayはいわゆるエリートの出身ではない。彼女は1956年10月1日、イングランド
  南部のイーストボーンで、イングランド国教会牧師の一人娘として誕生。父の影響で政治家を12歳から
  志す。公立進学校卒業、オックスフォード大学セント・ヒューズカレッジ進学し、地理学。卒業後、
  イングランド銀行を経て、決済サービス協会に勤務。傍らロンドン市の保守党区会議員。1997年
  ロンドン西部メイドンヘッド選挙区から立候補、下院議員に初当選。3度目の挑戦だった。

 ー2010年の総選挙で保守党が勝利してキャメロン政権が誕生すると、内務大臣に任命。
  2015年第2次キャメロン政権でも留任。内務大臣は首相、財務大臣、外務大臣と並び
  国家の4大要職とみなされる。この要職を6年間無事に勤め上げた。彼女の人柄について
  は残留派の重鎮とされるKen Clark氏が”Bloody difficult woman(ひどく難しい女)”と評
  したことが知られているが、これは”手強いヤツ”という程度の意味で、むしろ力量を認めた
  表現だろう。また彼女は世間ではとかくthe ice Queen or Cold Fishとも言われている。

○第一回投票(2016年7月5日)の結果
 ー第一回投票の結果は、メイ199、レッドサム84、ゴーブ46で 最下位のゴーブが敗退。
  その後、対抗馬のレッドサムが決選投票前の7月11日に、選挙戦から撤退を表明したので
  メイ氏が自動的に首相になった。この選挙プロセスは、メイ首相の正当性にやや問題が
  あるとする見方もある。メイ氏はキャメロンの後継首相ではあるが、議員選挙も、党員
  (約15万人とされる)も経ていない。そして決選投票前にレッドサム候補が辞退をした
  ので党首選挙も経ていない。この問題は、メイ首相の中で、総選挙で国民の信を問う必要
  があるとの気持ちとして残ったようだ。

○当初の優柔不断:
 ー首相就任後しばらく(8〜9月)はメイ首相の発言は旗色不鮮明だった。彼女はもともと
  残留派だったので、国民投票は実は法的には参考意見に過ぎないという理由で、ウヤムヤ
  にするのでは、との観測も一部にはあった。私見では、それができたら彼女はしたたかな
  政治家と思う。しかし、彼女はやがて「国民投票の結果は明白であり正当だ。離脱は
  離脱(Brexit is Brexit)。我々はそれを成功させる、との立場を明確にするようになった。

○10月保守党大会での宣言:
 ー彼女は10月の保守党大会で、強硬離脱(hard Brexit)と世界の英国という宣言とし、
  旗色を鮮明にした。党大会での演説で、彼女は、「大英帝国は独立国であり、司法制度で
  EUの支配は受けない。」「大英帝国はglobalな帝国であり、EUとも世界のあらゆる
  地域、国々とも友好関係を維持し発展させる。」「政府は必要なら市場に介入する。
  保守党は労働者のための党だ。」などの点を強調した。

 ー議会では、こうしたhard Brexit路線に対する異論もあり、2016年11月頃には残留派
  の圧力が高まる一幕も。その結果、英国の対EU交渉の軸がぶれる傾向も。
 ーメイ首相は、2017.1.17あらためて離脱方針を表明。英国はEUの単一市場から完全に
  撤退する。そして移民制限を優先。EUはじめ世界諸国と新たな関係を構築して安定的な
  発展を確保する、内容。いわゆるhard Brexit路線の再確認である。

 ーMay首相は、2017年1月19日、スイスのダボス会議で、EUを離脱する英国は、真の
  グローバル国家(genuin global Britain)をめざす。そしてEUを含む世界中の友邦と
  対応なETAを結ぶ、と演説したが、聴衆も少なく、期待した注目は浴びなかった。

○国民投票でのEU離脱決定は妥当か?
 ーこの点に関して2人の議員から「6月の国民投票には法的拘束力がない。参考意見でしか
  ない。」との理由で、EU離脱に関する「第50条訴訟」が提起された。訴訟の審理は
  2016.10.13. 高等法院で開始。11.3には「議会の承認必要」と主張する原告側が勝訴
  した。メイ政権は直ちに上告。最高裁は2018年1月に ”rules for democracy” として
  高等法院の上告を棄却。国民投票は民主主義の原則として尊重される、とした。

 3. EUへの離脱通告と2017年6月8日の総選挙
○離脱通告:
 ー2017.3.29 リスボン条約50常に基づき、メイ首相はEU本部に”離脱”を正式に通告した。
  離脱期日は、2年後の2019.3.29となる。しかし、党内では依然、離脱派と残留派が対立
  して低次元の内部闘争が進行中。そのため。政治が混乱し、機能不全状態に陥っている。

○6月8日の総選挙:May首相の賭けと敗北:
 ーメイ首相は、6月8日、総選挙を挙行した。
 ー実は、キャメロン政権は、固定議会任期法を成立させて自らの解散権を縛っていた。その下
  では、現勢力の任期が満了する2020年まで有権者に信を問う機会はないと誰もが思い込んで
  いた。しかし、メイ首相は、総議席650の2/3の賛成で総選挙に持ち込める規定に目をつけて
  突如4月18日に解散に打って出ると宣言。コービン党首が率いる労働党はこれに応じた。
 
 ー彼女は総選挙によって、1. 総選挙を経た首相となること(その理由は上記)、そして 
  2. 圧倒的多数をとってとりわけEUに対する交渉力を高めることを目論んだ。実際、選挙
  の下馬評はメイ氏率いる保守党が不評のコービン氏率いる労働党に圧勝するという予測で
  一致していた。

 ーところが選挙結果は、予想外に保守党の大敗。メイ氏の賭けは完全に裏目にでた。その結果
  はその後のBrexitの展開を深刻に制約することになる。選挙を動かしたのは若者の投票行動
  と言われる。労働党の若者におもねる授業料無償化、福祉増額、鉄道の再国有化などの公約
  が若者を引きつけたとの解釈もあるが、2016.6の国民投票にまさかBrexitになるとは思わ
  ず、投票に行かなかった若者が投票したことが大きいのではないか。

 ー6/8の英国総選挙でメイ首相率いる保守党は12議席も議席を減らし、318議席と過半数
 (326議席)をも割り込んだ。労働党は逆に229から262議席へと議席を大幅に増やした。
  そこでメイ首相は下院で10議席を有する北アイルランド保守政党の民主党一党(DUP)に擦り
  寄り、閣外協力で合意を得て、ようやく政権は継続できることになった。

 ーしかし、少数与党の脆弱さは否定できず、メイ首相の指導力の低下は目を覆うばかり。
  与党内の意見対立もあり、交渉態勢も整わない。メイ首相は、単一市場からの脱退と移民
  制限を両輪とするhard Brexit路線を固持している。しかし、この政治情勢では、単一市場
  残留を主張するsoft Brexit派のパワーが高まるのは必至であり、先行きは極めて複雑だ。

4. 離脱の3条件と原則合意
 1.  Brexit Bill(離脱請求書)、英国がEUに負っている債務の清算
   これは(EU予算の未払い分、EU官僚の年金負債、EIB(欧州投資銀行)融資の保証分など)
  であり、当初EUは600億ユーロ(8兆円)を要求したが、英国が特別扱いを要求。これに
  たいし、EU(メルケル氏)は”ルールはルール”として妥協しなかった。困難な交渉の結果、
  12月に入ってようやく英国側が400億〜450億ユーロ(5〜6兆円)を英国が受け入れたので
  原則合意が得られた。 

 2.  在英のEU市民と在EUの英国市民の権利保護
 3.  英国とアイルランド国境の問題
   アイルランド問題は17世紀の宗教革命から今日まで続く対立と紛争の歴史に血塗られた
  困難な問題である。現在はアイルランド共和国(南、カソリック多い)と北アイルランド
 (英連邦、北部地域、プロテスタントが多い)に分割されている。

   南北ともこれまではEU加盟国だったが、英国の離脱で、北が英国領である限り非加盟と
  なる。 EUは南北国境をヒト、モノ、カネの自由流通を保証することを離脱の条件として要求
  している。 メイ首相は2017.12.13〜14のEU首脳会議に向け、それを受け入れる意向を提示
  した。

   これにたいし、12.8.北アイルランドDUP(民主統一党)のフォスター党首は閣外協力
  の撤回も辞さずと強硬に反対。自由流通・移動だとアイルランド共和国側から移民が北に
  無制限に入国することを排除できない。国境問題は今後の通称協議で継続審議ということ
  で、12月13.14のEU首脳会議の段階では玉虫色で一応決着した。

    EU首脳会議(Brussels)では、英国はenough guaranteeを示したとして離脱条件に
   関するE.Commission Recommendationを承認した。以上が、英国のEU離脱条件に
   関する原則合意である。それをふまえて、Brexitは、本丸の通商条件の交渉に入ること
   になる。

ロシアの経済と国際政治

Ⅰ.   はじめに

 1.  島田村塾ロシア訪問  
 ー去る2018年7月下旬(7.22~29)に、私が主催する島田村塾のメンバーである
  若手の事業家のグループとロシアに研修訪問を行った。メンバーのほとんどはロシア
  訪問は初めてだったので、彼らの得た印象は新鮮でeye-opening(目から鱗?)だった。

 ー村塾メンバーは、人々がopen, friendly, 親切であったこと、また街が綺麗、
  建物も壁が洗ったように鮮やかだったこと、道路にゴミやチリがなかったこと
  が印象的だった。私達の訪問の直前にサッカーWCが開催されたことの効果が
  あったかしれない。

  ー村塾のグループはSt. PetersburgとMoscowで、現地の企業や産業団体、
   研究所、モスクワ大学などを訪ね、視察やdiscussionをさせて戴いた。また
   モスクワでは、ロシア勤務4回目になるロシアを知り尽くした上月豊久大使
   の熱のこもったロシア分析を伺えたこと、またモスクワ大学で日本研究の代表
   的存在であるビジネススクールのヴィハンスキー教授の研究室の若手チームの
   皆さんとのセミナーも有益だった。

 
  ー専門家は別として日本の一般の人々、ロシアの情報少ない、知識、理解乏しい
     →ロシアはそれなりの大国? 実情、もっと知るべき。

  ー今回の訪問を通じて、また、そのための準備を通じて、私達は、現在の
   ロシアについて、特に経済とロシアの国際関係の諸問題について学んだ
   ので、その情報の一部を、このエッセイで記述したいと思う。このエッセイ
   は要点を箇条書きなど簡便な形で表していることを、あらかじめ、
   お断りしておきたい。

 2.  ロシアは重要な国: 
   ー冷戦時代の対極、軍事力なおUSに比肩、科学技術とくに軍事、宇宙技術
   ー外交的影響力 大、米・中・露
   ーとくに日本にとって北方領土問題と経済協力は課題

 3. 歴史的には深い関係
   ープチャーチン来航はペリーと同時期(1854)
   ー日露戦争(1904~05)
   ー第二次大戦、満州争奪、ノモンハン大敗(1939)、戦後、北方領土問題
   ースターリンの脅威、国際共産主義(コミンテルン)の影響、日共、中国
   ー冷戦構造が日米同盟の背景
   ー一方、ロシア文化に憧れ、ファン多い、文学、音楽、バレーなど芸術

 4.   しかし現代、現在のロシア理解は少ない
   ー島田村塾訪問は良い勉強の機会

 

Ⅱ.  経済

 1. 1世紀に3つの国家体制を経験

  ー帝政ロシア
  ーソ連(共産主義、計画経済) 1917~
  ーロシア共和国 1991~

 2. 旧ソ連からロシア共和国への移行

  ーWWII直後は理想の国?cf.壁崩壊時ポーランドの情景、
  ー共産主義、計画経済、インセンティヴなし、イノベーションなし、生産性低迷
    WWII直後、ソ連と西欧諸国、所得は同等、壁崩壊時、30~40分の1
   ーロシア経済の硬直性、ブレジネフ時代、ゴルバチョフの改革空転。
     ペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(情報公開)しかし経済は悪化

   ーエリツィン改革?オリガルヒの富蓄積?
   ー経済混乱・崩壊→所得激減→インフレ高騰(数1000%)→平均寿命さえ↓
    →債務不履行(default)1998
     3.   プーチン政権 第一、第二期(2000→2008)

   ープーチン氏はオリガルヒの力も利用して2000年の大統領選に勝利
    しかし、オリガルヒの特権は、経済発展に資する面に限定。政治利用は不可。
   ープーチン流の統治法:
     1)地方実力者(県知事など)の影響力活用、
     2)エネルギーなど主要産業の再国有化ープーチン氏の側近のトップ登用
     3)国民大衆へのアピール:年一回の長時間直接討論
   ー原油、LNG価格などエネルギー価格の持続的上昇による高度経済成長、年7%
    2000~2008で、GDPは83%増大、所得↑、中間層↑、貧困率↓。
   ・2008年訪問時のエピソード:”プーチンストップ” ピロシキ屋のプーチン絶賛

  4.  メドベージェフ政権(2008→2012)

   ー2008年9月、リーマンショック⇒2009年GDP ー7.9%
   ーしかし平均4%程度の成長は確保

  5.  プーチン第三期政権(2012→2018)

   ーメドベージェフ政権時代に憲法改正、大統領任期を4→6年に。
   ー首相から大統領就任、全国で批判噴出、大規模デモ↑
   ーHillary Clinton国務大臣が支持を公言したことをプーチン氏は根に持つ。
     Hillary Clinton(オバマ政権(2008→2016)氏らの扇動と認識。
   ー2014年3月、クリミヤ併合、西側諸侯はアメリカ主導で経済制裁
    →2015、2016年は経済縮小(マイナス成長)、2017年はようやく1.5%

  6. プーチン第四期政権(2018→2024)

   ー経済戦略:大統領令の国家目標
    (1)経済成長、経済安定
     ・世界5大経済大国(韓国や英国抜く)、インフレ4%以下、世界平均以上成長率達成
    (2)人口増加、国民生活水準向上
     ・人口持続的自然増、寿命78才へ(現在72、M67、F77)2030までに80才。
      実質所得の持続的↑。インフレ以上の年金伸び確保、貧困半減。
    (3)快適な生活環境:住宅環境と自然環境改善

   ー総合構造改革が必要、Alexei Kudlin前財務相主導の戦略策定センター
   ーこれまでも同様な目標→プーチン戦略体現していたが十分ではない。
    ・第一次2010年発展戦略(2000策定)、第二次2020年発展戦略(08策定)
     ・第三次発展戦略諸機関で論争が、今回の第四次2024発展戦略(2018策定)に続く?
   ー経済は重要部門、国有企業支配、
     国有企業の比率高く、国民の自立活動低く、政府依存傾向強い

   ー年金問題で支持率急落
    ・メドベージェフ首相、2018.7.年金支給開始年齢引き上げ発表
      M:60→65(2028まで)、F:55→63(2034まで)、国民反発、全国デモ。
      プーチン支持率、80%→60%へ。

    ー年金問題でプーチン大統領が条件緩和
    ・2018.8.29. プーチン大統領は国民の反発を意識して、これまで提示していた
     年金支給の開始年齢引き上げ 55才→63才を、55歳→60歳とすると修正。
     男は60→65歳と5歳引き上げだったので、女性も平等に8歳ではなく5歳引き上げ
     にしたと弁明。それでも国民の不満は高まったまま。

    ーロシアの有力な世論調査によると、ロシア国民は最近目立って欧米への親近感を高め
     とおり、従来のプーチン流の反欧米主義の対決路線に失望している、また、ロシア政府
     の政策に不満があれば、抗議運動に参加するとの反応が高まっている。プーチン氏は
     2018.3.の大統領選で高い支持率を得たことになっているが、多くの国民はプーチン
     でなくても良いという傾向を持ち始めている(FT 2018.8.9)。


 

Ⅲ.   安全保障・外交戦略

 1.  安保・外交戦略に対する西側諸国の評価とプーチン政権の自己認識

  ー西側諸国のイメージとプーチン政権の自己認識に大きな乖離

  ー西側諸国から見ると、プーチン政権の外交戦略は、攻撃的、侵略的、非民主主義、
    人権無視。スパイ活動など。 深刻な脅威。当然、制裁(経済、軍事)の対象。
    そもそもNATO(北大西洋条約機構)は冷戦時代以来のロシア(旧ソ連)の
    軍事的脅威に対抗するために創設された。

  ープーチン政権の自己認識は全く異なる。正反対
     西側諸国による政治的、思想的脅威。それはロシア国民の一体感と団結を
     崩す恐れ。裏庭から侵食。自己防衛のために強圧的、攻撃的手段も必要。

  2.  攻撃的な安保・外交戦略の例
    ーチェチェン共和国への攻撃
      ・1994~96、1999~2000、cf.チェチェン移動大使との会合エピソード
     参考:アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ問題、1991。

    ーグルジア(ジョージア)のバラ革命(2003)
             ・ジョージア、2003.11の議会選挙不正の批判で反政府運動が広がり、エドワルド・
     シュワルナゼ大統領(元ロシア外相)が任期途中で辞任。翌年1月選挙でミハイル・
     サーカシビリが大統領に。運動参加者がバラを手にしていたので、バラ革命。

    ーウクライナのオレンジ革命(2004)
    ・2004.10~11の大統領選挙で新西側路線のビクトル・ユーシチェンコと対露重視の
     ビクトル・ヤヌコビッチが争い、やり直しと決選投票を経て2005.1.にユーシチェンコ
     が大統領に。オレンジ色を選挙運動のシンボルにしたので、オレンジ革命。
    ⇒これらはカラー革命と呼ばれ、ロシアは包囲されているとの被害者意識↑?

    ーグルジア攻撃(2008.8 北京オリンピック時)南オセチア、アブハチア独立宣言
      ・NATO加盟の動きを加速したジョージアに対し、陸海空軍を投入して
       親露派勢力が分離独立を要望する南オセチア、アブハジアに攻め入った。
       EUの仲介で停戦合意したものの、ロシアは両地域の独立を一方的に宣言。国連に
       提案。賛同3ヶ国。

    ークリミヤ併合(2014.3)
     ・旧ソ連の構成国だったウクライナでは独立後、親ロシア派と親欧米派が対立。2013
      年、親ロシア派のヤヌコビッチ大統領がEUとの関係強化協定の手続き凍結を表明す
      ると、大規模な反政府デモ↑。14年には治安部隊と衝突して多数の死傷者、政権は
      崩壊。これを受けロシアはウクライナ領のクリミア半島に軍事侵攻、一方的に併合
    ー東ウクライナ容喙(2014)
     ・ロシア系住民が多いウクライナ東部のドネツク・ルガンスク両州ではロシア
      の支援を受けた親露派の武装勢力がロシアへの編入を求めて行政庁舎などを
      占拠。ウクライナ政府と戦闘状態。現在も親露派が実効支配。

    ーシリア、ISへの政治、軍事介入
     ・シリアとは長い付き合い。ロシアには貴重な地中海への出口
      ・オバマ大統領が、アサド政権がRed Line(化学兵器を民間人に使用)を超えたのに
      攻撃を逡巡した時、プーチンはすかさず介入して指導力発揮
     ・IS攻撃建前に軍事介入。米国も介入。ただしロシアはアサド支持、米国はアサド
      非難で対立。ートランプ氏は2017.4.アサド基地を59発トマホークで攻撃、示威。
 
    ーアメリカ大統領選(2016)へのサイバー介入の疑い
    ・サイバー介入による選挙妨害は、Mueller特別検察官調査で解明進む
    ・ロシア側の意図:Hillary Clintonだけは排除すべし?
      ー専門組織活用してサイバー攻撃
     ・Hillaryでなければ良い。トランプは利益取引型(Deal)なので与し易いかも。
      ートランプ陣営は皆素人。フリン補佐官、クシュナー、トランプJrなど
      ープーチン陣営はトランプ側の実力評価せず、相手にせず。

 
    ー欧州選挙(2017)への介入の疑い。ロシア、EUの弱体化画策
     ・マクロン大統領(2018.1)偽ニュースから民主主義守る法制度導入表明
     ・米英仏がロシアの情報工作対策に乗り出す。
     ・クレムリンのプロパガンダ(政治宣伝)機関と批判される国営対外発信メディア
      「RT」や「スプートニク」の監視強化、包囲網を狭める。

 
    ープーチン(2018.3.1)年次教書発表:
     ・通常の倍2時間演説、40分、兵器詳説
     ・新型ICBM開発発表、複数核弾頭搭載。米国ミサイル防衛網(MD)も突破。      
 
    ー英国で元スパイの毒殺未遂事件(2018.3)
      ・セルゲイ・スクリパル(元ダブルスパイ、英国に情報を渡した罪で逮捕、
       2010年のダブルスパイ交換で英国ソールズベリーへ)娘、ユリア
      ・化学兵器使用とアメリカ断定→英米など同調してロシア外交官110人国外退去。
        cf. Alexander Litvinenko, 2006 ロンドンホテルで殺害、ポロニウム。

    ー周辺小国への脅威(ジョージア、マケドニア、バルト三国)
      ・プーチン第四期。経済低迷は不可避。大国意識と強い指導者のアピール
       対外(周辺小国)への強圧的行為に出る危険意識。
      ・NATOに傾くジョージアへの弾圧はむしろ強化。やはりNATOを志向する
       ギリシャ隣接の小国マケドニアに圧力。NATO加盟のバルト三国も同様の脅威。
       ラトビアは軍備強化。
 
  3.  西側諸国のロシア脅威感
    ー民主主義否定、
    ー人権否定
    ー国際法違反:力による現状変更(1928パリ不戦条約違反)
    ー経済制裁の正当化と執行

  4.   抜きがたい地政学的被害者意識
    ー西側諸国の介入、浸透、侵蝕への警戒、恐怖感
    ーNATO軍事包囲網への対抗
    ーロシアの価値観、国家主義、一体感の侵蝕。政権基盤の弱体化
    ーロシアの懸念と論理は理解できるか、共有できるか。ロシア理解には必要?

Ⅳ.   最近の国際関係の動き

  1.   トランプ政権とプーチンのロシア
    ートランプ・プーチン会談(2018.7)ヘルシンキ会談
     ・トランプ側から持ちかけ。ロシアは制裁下、失うものはない。
     ・プーチンはトップ会談でアメリアと”同等”の大国としてのアピールができて成果。
     ・トランプはプーチンは選挙妨害をしていないと言明。
     ・トランプはロシアに融和的すぎるとして共和党中心に批判続出
      ー共和党の批判→ロシアの脅威に対して経済制裁強化(2018.8)
     ・トランプは国内批判が中間選挙にマイナスになるのではと懸念
      ープーチン招待(9月?)に言及。

   2.   ロシアと中国の急接近
    ー2018.9.11. 「東方経済フォーラム」(ウラジオストックで開催)に習近平主席
     が初めて参加。東方経済フォーラムは2015にロシアの呼びかけで開始。今年4回目。
     同フォーラムには安倍首相も参加。
 
    ー東方経済フォーラムに合わせて大規模軍事演習ボストークを実施。これにはロシア
     軍30万人(ロシア軍の約1/3)、約1000機の航空機、複数の艦艇参加。この歴史的
     大規模な演習に、中国は戦車や航空機を含む陸空軍の3200人の合同部隊参加。史上
     初。ロシアは10年前までは、中国と敵対関係。
    ・最近の急接近は、トランプの一方的制裁に対するロシア・中国の連携強化の力学。

    ・Jemil Anderlini氏は(FT 2018.8.10)、この急接近は重大な意味があると警告。
     従来(冷戦期でさえ)、アメリカはロシアは異文化で対抗関係にある中国より
     欧米に親近感を持っていたと分析。ロシアー中国の接近の意味を深く考えてこな
     かったが、そうした判断は戦略ミスを犯す危険あり、と警告。

   3.  日本ー北方領土問題など
    ー安倍首相は就任以来、ロシアとの北方領土解決に熱心に取り組んで来た。
     プーチン大統領との会合は、国際会議も含めると30回近くに上るほど。

    ー日露2プラス2会談。
     . 8月初、モスクワで日露2プラス2会議開催。上述の上月豊久大使はモスクワでは
      初めての開催となるこの外交・防衛のトップ会談の準備に忙殺されていた最中に
      島田村塾の訪問団を前に貴重な講演をしてくださったご厚情に深謝したい。
     ・日露2プラス2会議そのものは今回で3回目。今回は、北非核化への連携では合意、
      したが、経済制裁では溝が残った。
 
            ーさて、本題の北方領土問題は、WWII後、ソ連はSF平和条約に調印しなかったため、
     日ソは別途、二国間での平和条約締結をめざし、1955年に交渉を開始。しかし領土
     問題では決着がつかず、翌1956年10月にモスクワで平和条約でなく日ソ共同宣言に
     調印。共同宣言では歯舞群島と色丹島を平和条約が締結さらた後に引き渡すと
     された。両国は鳩山首相、ブルガーニン首相らが出席。

    ー1993年10月、エリツィン首相来日、細川首相との間で「東京宣言」に調印。宣言では 
     「両国は過去の遺産は克服すべき。北方四島の帰属について真剣に交渉。この問題を
     解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続する」とした。東京
     宣言後、両国の空気は改善し、1998年4月の橋本・エリツィン会談では、領土問題
     は解決寸前に近づいた。そこでは橋本首相が「日ロ間で締結する平和条約で、領土
     問題は別途日ロ間で合意するまで、日本はロシアが四島で施政権を行使することを
     認める」と提案。エリツィン大統領はこ「面白い」としたが、同行の報道官がこれを
     国に持ち帰って検討するよう進言し、その場で合意はならなかった。もし合意して
     いたら領土問題は大きく前進した可能性。この時期はロシアが経済的苦境にあり、
     日本と協力的な関係を欲したいた稀有のタイミングだった。

    ーエリツィンから大統領職を引き継いだプーチン氏は領土問題に関心が深くまたもっとも
     勉強した大統領。彼はロシアは交渉には応じるし、解決への意思もある。しかし
     ロシアには受け入れ可能な妥協が必要。いわば柔道の「引き分け」のようなもの
     が必要、との考え。

    ー安倍首相は領土問題に強いこだわりがあり、2016年5月、プーチン氏に「双方が
     受け入れられる解決策」に向け「新たな発想のアプローチ」で交渉を加速する提案。
     プーチン氏も賛成し、それ以降、頻繁に接触。同年12月にはプーチン大統領を自らの
     故郷の山口県長門市と東京に招き会談。両国で「共同経済活動」を検討する合意。

    ー領土問題は、平和条約や経済協力も合わせ、双方が合意できるような形を創出する
     必要。交渉上の立場には互いの経済条件も影響。当面は返還の可能性は乏しい?
     また返還にはメリットもデメリットもある。しかし、国境や領土問題は法と正義に
     照らして主張しつづけるべき。

    ー2018.8.11. ウラジオストックで開催中の「東方経済会議」に出席していたプーチン
     大統領は、安倍首相、習近平氏と同席のパネルで、まったく前触れなしに「日本と
     無条件で平和条約を締結してはどうか」と爆弾発言。
    ・日本は領土問題を解決してから平和条約を結ぶという立場。換言すれば、領土問題
     の解決は平和条約の前提条件、という立場なので、プーチン氏の発言をそのまま
     受け入れるわけにはいかない。日本政府は同氏の真意を分析中。

トランプ発 貿易戦争(2)

Ⅵ.   NAFTA、WTO 

 1.  NAFTA再交渉とメキシコ
  ー8.29  NAFTA: Mexico:
   8.27、米国、メキシコはNAFTA見直し案に大筋合意
              主な合意内容:
   ・自動車関税をゼロにする条件(原産地規則)として、米・メキシコからの
     部材調達比率を75%(現在はカナダ含め62.5%)
   ・時給16ドル以上の地域で製造した部材を40~45%使用。
     (メキシコの平均時給は7ドル)(→米国内で生産せよとの意)
   ・鉄鋼やガラスなどの素材で米・メキシコ産品の使用拡大。
   ・5年毎に自動失効するサン・セット条項は不採用。6年毎に見直しながら
       16年間延長する仕組み導入。

   ー新協定は2020から段階的に適用、2023に完全実施。
    ・トランプ氏はWHの記者会見でわざわざメキシコのペニャニエト大統領に
     電話して自賛。メキシコ現大統領の任期中に合意。

 2.  NAFTA再交渉とカナダ
   ー8.30:メキシコとの合意受け、カナダとの協議、8.28開始。
      米国と同様、高賃金のカナダは、16ドル以上の規定には抵抗なし。
      しかし、乳製品や卵など農産品には大きな隔たり。メキシコの農産物への輸出
      補助金など保護政策の廃止で合意。カナダに対し、乳製品への補助金
      を撤廃せねば、自動車に高関税をかけると脅し。

   ー8.30  トルドー首相は、2019年総選挙。トランプ氏に弱腰を見せれば有権者の反発も。
      トランプの望む米国乳製品への市場解放が焦点。カナダとの交渉が難航した場合、
      カナダなしの新NAFTA発効も。その場合、カナダからの輸入車に25%の高関税
      の脅し。

   ー9.2   再交渉は、合意期限としてきた8.31.に決着できず、9.5に再協議。トランプ氏は
     メキシコとの2国間協定に先行署名すると議会に通知。強硬姿勢。
     日本は、トヨタのベストセラーSUV「RAV4」はカナダ産。生産40万台のうち20万台
     はカナダからアメリカに供給。レクサスもカナダで生産。影響は大。

   ー9.3.  カナダとの妥結は遅れ、分裂リスク↑。
     米国とカナダの通商関係はメキシコより深い。米国のモノ輸出最大はカナダ
     (2827億ドル)五大湖をまたいでサプライチェーン。米国に輸出するカナダ車の
     部材5割以上は米国産。米国の対カナダ貿易赤字は173億ドル(メキシコ711億ドル)
     本来、通商で摩擦はなかったが、2017.8開始のNAFTA再交渉で、Buy American義務
     づけ要求以来摩擦↑。例、カナダ木材などを不当廉売として多額の制裁関税付加。

    ートルドー首相は、2018.5.再交渉の合意に向け、乳製品の市場開放で譲歩しかけ、
     カナダ産業界から猛烈な弱腰批判。土壇場で譲歩撤回。ワシントン入りも見送り。
     与党自由党の支持率39%や↓。野党と逆転。

    ー追い討ちはアルミの輸入制限。カナダで直後開催のG7サミット。トルドー氏は
     「侮辱的」と対米批判。トランプはG7閉幕前にカナダを去り、機上から「首脳
     宣言を承認しない」と非難。トルドー氏のトランプ批判で、支持率↑。トルドー氏
     基盤のケベック州はアルミ産地。カナダ流自国主義に同調不可避。任期切れ近い
     死に体のペニャニエト政権とは違い、総選挙控えるトルドー政権の命運はNAFTA
     再交渉にかかる。

    ー9.13.  米国とカナダ9.11にNAFTAめぐる閣僚会議。再交渉の決着期限は9月末。
     両国とも決裂は避けたい。トランプ氏は中堅選挙で選挙民向けの成果望む。
     カナダはNAFTAの恩恵がなくなるのは困る。
    ・カナダとの交渉(妥結or未決)のタイミングは日米交渉にも影響。カナダが
     うまくいけば、またはうまくいかなければ、日本との交渉で成果求める?

 3.  トランプ政権のWTO批判と妨害
    ー米国は8.27. WTOに対し、9月に任期切れとなる上級委員の再任拒否伝達。
     WTOの紛争解決手続は二審制。まず提訴した国は相手国と二国間協議。60日以内
     に解決できねば、一審に相当する紛争処理小委員会(パネル)の設置要請できる。
     その結果が不服なら、最終審にあたる上級委員会に上訴。
    ・上級委員は7人定員。WTOは原則加盟国(164)全会一致方式。米国が拒否すると
     上級委員の選定進まぬ。9月末にはモーリシャス出身委員の任期切れ(任期は4年)
     一件を3人で審理。現在7人定員のうち9月末には3人に。機能不全。

                ー上級委員会が危機。委員定員の7人のうち3人が空席。任命や再任は加盟国全会の同意が
    必要。しかし米国が拒否している。9月末には4人の一人が任期。本人は再任希望。
    しかし米国が拒否。代わりの委員も任命されていない。このまま昨日不全がつづけば
    19年12月にも委員は一人に。WTOは審理は3人なので、上級委員会は機能しなくなる。

   ー多くの国がトランプ追加関税を提訴。しかしこのように機能不全なら米国には影響なし。
   ー8.15:Barry Ikengreen教授。中国の行動パターンを変えるのは有効な目標。
     しかし、トランプの高関税戦術は機能しない。各国が連帯してWTOのルール改善  
     が最善の道。

   ー9.4.  WTOアゼベド事務局長は、WTOに批判的な米国と対話しつつ改善の余地あり。
     特に全加盟国・地域の全会一致原則は改善の余地あり。

Ⅶ.   貿易戦争の行方と世界経済


 1.  破天荒なトランプ攻勢
   1)経済原理と理論の無智
   ートランプ大統領は、18世紀型の”重商主義”信奉者。これは貿易でより多くの黒字
    を獲得した方がそれだけ経済が成長するという単純な経済観。これは足し算引き算
    だけのゼロサムの世界観で、今日の経済学を知る人は誰もこのような誤った理解は
    持たない。

   ー国際経済学のみならず経済学入門でも最初に習うのは”比較優位”の原則。経済を
    構成する人々や国々が自分の得意の分野に特化して最高の生産性を上げ、お互いに得意
    を生かして交換すれば経済全体が成長し構成員も成長するという理論。これが開放的な
    国際貿易の論拠である。トランプ氏はPennsylvania Universityの学位を持つというが
    本当に勉強したのか疑問だ。

   2)二国間交渉とDeal
   ートランプ氏は経済的な競争条件を決める上での、多国間の協議を嫌う。1対1の
    勝負を好む。彼はそうした勝負の駆け引きをDealを呼ぶ。多国間協議では多くの
    国々すなわち最大多数にとってより良い結果が求められる。トランプ氏は1対1の
    Deal で勝ち、自分だけがより良い結果を得ることを好む。Dealに勝つためには
    情報も重要だが、脅しや騙しも有効だ。トランプ氏はそうした禁じ手を活用する。

3)  選挙と貿易戦争

   ートランプ氏が追求してやまない目標は、選挙で勝つことだ。彼は2016年11月の
    大統領選で、民主党のクリントン候補に勝って大統領になったが、歴代の大統領では
    もっとも不人気だったし、今も4割の支持を確保しているに過ぎない。彼は2020年の
    大統領選に勝って大統領職を二期つづけることを最大の目標としている。

   ーそのためには、まず2018年11月の中間選挙で与党共和党を勝たせなくてはならない。
    一方では、彼のロシア疑惑の調査がつづいており、少なくとも共和党が上院の過半数を
    占めなければ、彼はロシア疑惑で弾劾される恐れもある。彼は貿易戦争も北朝鮮対応も
    全てそれらの選挙の勝利のために最大限利用しようとしている。

 2.  世界経済への影響
   1)サプライチェーンの波及効果
   ー今日の世界経済では、情報が行き渡っているので、世界のどこで生産しどこで売れば
    最大の利益を得るかは見通しやすい。多くの企業は世界の有利な国や地域で、有利な
    協力者と組んで生産体制を構築している。サプライチェーンである。

 
    ートランプ政権は中国から米国への輸出品に高関税をかけているが、実は中国は
     世界のサプライチェーンの中では比較的最終段階(組み立て段階)に位置している
     ので、高関税は中国製品の付加価値には大きく影響しない。最終製品に占める中国
     の付加価値は1~2割ていど。対中高関税は、したがってサプライチェーンを通じて
     中国の最終製品を構成する世界の多くの国々の産品に影響を及ぼす。アメリカの中国
     攻撃は実は世界諸国への攻撃となっており、時間の経過とともに高関税のネガティブ
     な影響は世界に波及し、拡散する。

   2)米金利引き上げと貿易摩擦
    ーリーマンショックから続いた超金融緩和を脱却したアメリカ連銀はこの2年ほど
     金利引き上げを進めている。とりわけトランプ政権下で経済加熱が懸念されるなか
     でJay Powell議長率いるFedは金利引き上げのペースを早めている。アメリカ国内
     経済の金融面からの調節としてはそれは肯定されるだろうが、ドル金利の引き上げ
     は債務を抱えた低所得、弱小国にとっては深刻な打撃だ。これらの国々では債務が
     膨張し、ドル資金が米国に流れるので、通貨価値が下落し、不況が深刻化している。

    ートランプ発貿易戦争は、こうした弱小国の困難を増幅する。これらの国の産品への
     高率追加関税は、それでなくても弱い競争力を一層弱め、通貨価値の下落を加速し、
     インフレを増長する。

    ートルコは相当の経済規模をもつ地域大国だが、米金利引き上げによる資金流出で
     リラの価値が急速に減価してきたところに、アメリカと政治対立して、経済制裁を
     受け、経済はたちまち破滅的な苦境に陥った。

    ー多くの債務国や弱小国は、このような劇的な危機に直面しなくても、上述のサプ
     ライ・チェーンの網の目に組み込まれている限り、米中の関税報復戦争の余波を
     受けざるを得ない。そうした多くの経済が破綻に瀕すれば、それらの地域の需要
     が縮小して、世界経済の減速、縮小を助長することになる。

  3)世界経済萎縮のおそれ
   ートランプ発貿易戦争が米中の報復関税スパイラルを震源として両国のGDPを次第に
    縮小していくことは目に見えている。その縮小効果は上記の、サプライチェーンによる
    国際分業を通じて世界に波及し、また、米金利の引き上げによる債務国や弱小国の
    困難の深刻化を通じてさらに世界経済の縮小を促進する。

   ーIMFは、貿易戦争で、米国と中国の実質経済成長率が、2019年にそれぞれ最大で
    0.9%程度下押しすると分析した(9.24)。駆け込み需要で現在は堅調な中国の輸出
    も、2018冬以降は腰折れの恐れが大きい。

 
   ークルーグマン教授はトランプ発貿易戦争の最終的な効果を分析した結果、世界貿易量は
    70%縮小する可能性があるが、GDPの縮小は3%ていどにとどまるとした。
   ・クルーグマンの分析結果について、Martin Wolf氏は、これは一般均衡分析という抽象的
    な前提の世界での分析であり、世界経済の仕組みが変化する過程での混乱や不確実性を
    考慮していない。貿易戦争の結果、国際競争が停滞すれば競争による経済の活力が
    失われ、また貿易戦争による国際的な嫌悪感や過度な自己防衛傾向が強まれば、世界
    経済の縮小傾向はさらに増幅の可能性があると指摘。

 3.  米中の覇権闘争
   1)覇権国の被害者意識と傲慢
           ー歴史を振り返ると覇権国はつねにその覇権を維持しようとし、追い上げてくる国を
     蹴落とそうとする。こうした覇権闘争は古来より”ツキディデスの罠”として知られて
     いる。近代でも英国とロシア帝国の覇権闘争は19世紀の”Great Game”と言われた。

    ー第二次大戦後は、アメリカがパックスアメリカーナの盟主となって強大な覇権国と
     なったが、アメリカは冷戦の対極となったソ連を包囲し、結局、40年かかって崩壊
     させた。1980年代、経済的にアメリカに肉迫した日本を、アメリカは1985年のプラザ
     合意などの締め付けで、結局バブルの形成と崩壊に追い込んで、脱力させている。
    ー朱建栄教授は、これを”6割法則”と呼んでいる。「米国は世界ナンバーワンの覇権を
     守るために、ナンバーツーの追い上げを絶対に許さない行動パターンを持っている。
     それは6割法則と言われ、旧ソ連や日本が6割に追い上げた時点でなりふり構わぬ攻撃
     を受けて蹴落とされた。中国は今まさにそこに差し掛かっている」と見る。  

   2)屈辱の歴史と中国夢
    ー一方、中国の観点からは別の世界観が示される。中国は古代から近代まで東洋の圧倒
     的な超大国であり、文化の中心であり、最大の覇権国だった。ところが、18世紀後半
     から産業革命を達成して経済力、軍事力をつけた列強が、東洋の植民地化による収奪
     を図り、多くの国々が侵略、侵食された。

    ー中国は特に1840~42年のアヘン戦争と1856年のアロー号事件で、イギリスに事実上
     植民地化され、欧米列強が相次いで中国に利権を設定し、つづいて20世紀前半には
     日本によって蹂躙されるに至った。中国は第二次大戦では戦勝国となったが、2049
     年に毛沢東率いる共産党によって現在の中国が建国された。

    ー中国は1980年代以降、鄧小平の指導による積極的な開放改革戦略で目覚ましい
     発展を遂げた。鄧小平は事実上の超大国への道を急進するこの期間、”韜光養晦
     (爪を隠して内に力を蓄える)という路線を堅持した。しかし、2012年、国家主席
     に就任した習近平は、中国の力を内外に誇示する戦略に転換した。

 
    ー習近平は、盛んに”中国夢”を唱え、中国は今や、アヘン戦争以来170年の屈辱の歴史を
     乗り越え、中国人民にふさわしい世界の大国、強国になるのだと国民を鼓舞した。
     そのキャッチフレーズが”中国夢”である。外に向かっては、習近平主席は、2013年
     にオバマ大統領に「新型大国関係」の樹立を提案、また、ユーラシア大陸を包み欧州
     に陸塊で接続する「一帯一路」戦略を、AIIBという国際投資機構も構築して強力に
     推進している。

    ー朱建栄教授によれば、中国のこうした変貌を遅ればせに認識したアメリカについて
     「わずか4~5年前まで中国の台頭を余裕をもって接していた米国は、ここにきて、
      相手の追い上げが予想以上に急であること、トランプ政権の「不可測性」にもより 
      本気に脅威を感じ始めたことは事実。米国はいつもはのんびり構えるがいざ慌てた
      ら極端に走る」と評している。

    ー習近平政権が追求する”中国夢”は、170年間の屈辱の歴史の克服と払拭そして欧米列強
     の歴史的横暴に対するリベンジであり、中国人民の国家的復権をめざすものである
     以上、それは実現せねばならぬ国家の基本戦略である。それを実現する最大の基礎は
     経済力、特に質の高い競争力に裏打ちされた経済力である。その戦略の重要な一環と
     して、中国政府は「中国製造2025」というビジョンそして工程表を提示した。

 4.  習近平政権の強国構想
   1)「中国製造2025」
           ー中国国務院が2015.5発表の産業政策『「中国製造2025」は、次世代情報技術や
     ロボットなど10の重点分野を設定、製造業の高度化をめざす。
         ー中国は建国100年の2049に「世界の製造強国の先頭グループ入り」をめざす。
          「中国製造2025」はその長期戦略の第一歩。
   ・第一段階(15~25)目標:世界の製造強国の仲間入り。
    中国は規模は大きい(米国以上)が、強くない。技術革新力、資源の利用効率、
    産業構想などで先進国に遅れを認識。
   ー中国は単なる目標というが、事実上の必達国家目標。巨額の補助金、金融支援、
    政府調達の優遇などで推進。

   2)建国100年強国構想
   ー中国は、2021(共産党創設100周年)を念頭に、
     2020:小康社会の全面完成
     2035 :社会主義現代国家建設
     2049(中華人民共和国建国100周年):社会主義現代化強国。
    ・そのためには創新(イノベーション)が基本戦略

   ー製造強国への工程表
     1. 第一段階(2015→2025):製造大国(規模)→製造強国の仲間入り
     2. 第二段階(2025→2035): →製造強国の中等水準
     3. 第3段階(2035→2049): →製造強国の先頭グループへ躍進。

 5.  破局シナリオか破壊収束か
   1)報復闘争の限界

   ートランプ発貿易戦争が勃発して以来、米中は3ラウンドにわたる関税の報復合戦を
    してきた。

 
           米国          中国
      年間輸入額(2017) 5000億ドル     1300億ドル
      第一弾(7月6日)   340                          340
      第二弾(8月23日)  160                           160
      第三弾(9月24日)  2000                          600
       合計        2500                        1100
 
     これを見てわかるように、米国は中国からの輸入総額5000億ドルの半分にあたる
     2500億ドル分に相当する中国輸出品に高追加関税をかけた。これに対し、中国も
     3回にわたり報復関税をかけたが、その総額は1100億ドルにのぼり、それは米国の
     対中輸出品総額1300億ドルの84%に達する。もしこのような関税報復を続ける場合、
     アメリカはまで2500億ドルの余裕があるが、中国は200億ドルしかなく、弾切れ状態
     に近ずいているということだ。

   ートランプ大統領は、最終的には、2670億ドル上積みし、中国からの輸入品(2017年
    5050億ドル)全てに追加関税をかける用意があると述べている。そうなると中国は
    関税では報復できなくなるので、不買運動や非関税障壁などで対抗するしかない。
   ーかりにトランプ氏が中国からの輸入品全てに追加関税をかける事態になると、中国の
    米国向け輸出は中国の輸出総額の約2割だから、その全額に15~25%もの高額追加関税
    がかかるとなると、中国の対米輸出額の縮小は、中国経済全体にとっても相当の減少
    効果をもたらすと予想される。その影響は時間の経過とともにボディブローのように
    効いてくるだろうし、また、中国に集中している世界のサプライチェーン全体への
    波及効果はそのマイナス効果をさらに増幅すると考えられる。こうした事態が想定
    される中で中国にはどのような対応策が可能か、またどのような対抗策をとるのだ
    ろうか?

 2)中国の「以戦止戦」方針

   ー中国は2018年6月頃から「以戦止戦」の戦略方針に転換したと上述した。「以戦止戦」
   とは、戦いを止めるのにどうしても必要なら戦いをしても良い、その結果、活路も見えて
   くる、という中国古典、春秋時代の兵書『司馬方』に描かれた戦略思想である。

  ー中国の政府当局がこの方針を決断するに至ったのは、トランプ政権の身勝手、前言変更
   かつ高圧的な対応にたいして、2018年6月頃から、戦う以外ない、という判断に傾いた
   ことがある。中国はトランプ政権が米中の貿易収支の大きな差に強い憤りを持っていた
   ことは察知しており、2017年4月、並びに11月の首脳会談に、多額の米製品購入計画を
   提示した。また、2018年3月以降、トランプ氏が鉄鋼・アルミニウム追加課税を発表し、
   さらに中国の”知財侵害”を理由に、全般的な制裁関税の発動を指示し始めた段階で、
   中国側は、米国産品の特別買い付けや、米国などからの輸入品への関税引き下げ、
   さらに米国企業の対中投資額の上限撤廃(当面は金融業)など、さまざまな譲歩案を
   提案した。

  ーしかし、5.3~4、北京で開催された第一回米中通商協議に際して米国側が突きつけた
   要求は、あまりに一方的、高圧的で、とても対等の独立国家間の要請とは思えず(Martin
   Wolf)あたかもアヘン戦争当時を彷彿とさせるようなものだった。それでも交渉の結果、
   団長のムニューシン財務長官は、高関税追加を当面 ”holt(休止)”するとした。同氏は
   中国側の譲歩や建設的対応をそれなりに評価し、高関税の応酬といった破壊的な事態の
   進展を避けようとしたものと思われる。

  ーところが、その直後、トランプ氏は、こうした一時休止の合意を全く無視して、対中
   高額追加関税案を発表した。その背後には、ホワイトハウス内の対中強硬派である
   ナバロ通商政策補佐官やライトハイザー通商代表の働きかけがあったようだ。中国側は
   トランプ政権のこうした前言無視を繰り返す乱暴な対応に強い不信感を抱いて
  「以戦止戦」方針を採用したものと思われる。その「以戦止戦」戦略の中味は何か?

  ー一方、中国は、トランプ発貿易戦争の掛け声の下でも、高追加関税の発動までは、駆け
   込み需要で対米輸出が短期的には増加したが、発動の効果が行き渡ると輸出は減退し、
   それが中国経済全体にマイナスの効果をもたらし、景気後退につながる恐れが大きい
   ので、中国政府は財政出動や金融緩和など短期的な対応を取り始めている。しかし
   「以戦止戦」戦略の基本は、アメリカから中国企業への技術移転がますます困難になる
   中で、中国が自力開発で、イノベーションと製品・サービス開発を進めて、高い生産性
   と高い品質をもつ産業と経済構造を構築していくことだ。これは時間のかかるプロセス
   だが、建国100年をめざして経済強国になるにはそれしかない。アメリカ以外の国々と
   連携・協力を密にし、国内産業の質的向上を進めることが肝要だ。

  3)相互破壊か収束か

  ー現在、トランプ氏は一方的な最終勝利を信じて?猛進しているが、これから先、どの
   ような展開になるのだろうか?シナリオは?想定外の事態は?そして決着があるのか、
   を考えて見たい。

  ートランプ氏の猛進は、先にリスクがないわけではない。アメリカ経済が当面は好景気な
   ので、トランプ政権はこれまでは遮二無二、中国はじめ対米輸出国に懲罰的な関税を
   かけているが、これは時間の経過とともに、アメリカの消費者や産業に、輸入物資の価格
   高騰と供給不足をもたらし、国内経済にマイナスの効果をもたらすハズである。それは
   アメリカ国民にとっても、トランプ氏の支持者にとっても歓迎できない事態なので、
   トランプ発貿易戦争は実はアメリカから見ても無限に続けられるものではない。

  ーしかも歴史的には、アメリカの政権が輸入課徴金や高関税をかけて失敗した前例がある。
  ・1971.8. ニクソン政権は突如10%の輸入課徴金導入。ベトナム戦争で信用不安に陥った
   ドル救済のためだったが、しかし、”ニクソンショック”で相場が混乱したため、ドル
   切り下げと同時に輸入課徴金も撤回に追い込まれた。 
  ・ブッシュ政権は2002年、鉄鋼に最大30%の高関税を発動した。しかしITバブル崩壊で景気
   が低迷。輸入制限では逆に20万人の雇用が減退したため、撤回せざるを得なくなった。

  ーまた、トランプ政権は、現在、一方的に中国を追い込んでいるが、中国が現在、アメリカ
   国債の最大保有国ということも留意しておく必要がある。その額は約1兆1800億ドル。
   もし中国がこれを売却すれば、アメリカの長期金利は急騰し、アメリカ市場の株価は
   暴落し、米ドルも急落して、アメリカはじめ世界経済は大混乱に陥る可能性がある。
  ー中島精也氏は、その可能性に言及しつつも、それは全面的な金融戦争の引き金を引くこと
   になるので、中国はその手は使わないとする。またもし中国が売却を図れば、米国は1977
   成立の「国際緊急経済権限法」により、中国保有の米国債を保護預りしている証券会社に
   命じて米国債を凍結して売却阻止もできる。それこそは本当の戦争につながるリスクなの
   で現実的には国債売却という禁じ手はあり得ないとされる。
  ・しかし、中国が深刻な窮地に追い込まれるような場合には、国債売却が俎上に上がる
   リスクも想定しておくべきかもしれない。

  ー金融面からのリスクについて、ハーバード大学のロゴフ教授は、トランプ大統領は利上げ
   を好まない。大統領選のある2020年頃に、ツィッターでFRB攻撃を始めないか心配だ。
   もし見境もなくFRB攻撃をすれば、インフレ急進し、株式相場は急落して米国経済は大き
   くつまずく。米国で景気後退が起きれば、財政赤字は2兆ドル近くに拡大。金融政策も財政
   政策も柔軟に対応できない。大量の米国債を保有して米財政赤字を支える中国は、貿易
   戦争でそこを狙うだろう、と危険なリスクを指摘している。
  ー貿易戦争のチキンレースの限界は見えているが、その後の展開については、上述のように
   多くの不可測要因とリスクがある。

  ー中国が歴史的覚悟を持って経済強国化への道を進むことはほぼ所与のシナリオと思われる
   が、利に聡いトランプ氏が選挙民の反応を見て、休止や収束の手を打つ可能性は否定でき
   ない。

トランプ発 貿易戦争(1) 

Ⅰ.   はじめに

 ー今、世界中が最も関心を持って注視しているのは、アメリカのトランプ大統領が中国はじめ
  世界諸国に一方的に仕掛けている高率の追加関税の問題ではないか。トランプ氏はこれまで
  世界で協議して合意してきたWTOの国際ルールも無視して”America First”を掲げ、無法な
  攻勢で世界に”貿易戦争”ともいうべき波乱を巻き起こしている。

 ーこの追加関税攻勢は、貿易量を萎縮させて世界経済を収縮させる危険があるが、それは当の
  アメリカにも消費や生産活動に必要な輸入品の減少と物価の高騰をもたらす弊害がある。
  中国は大国のメンツにかけて報復関税で応じているが、このチキンレースはいつまでつづく
  のか、これからどのように展開するのか、世界経済にどのような影響・衝撃をもたらすのか、
  収束あるいは終着点はあるのか、など切実な関心は高まるばかりである。そうした疑問に
  答える手がかりを得るために、これまでの貿易戦争の事実を詳細に辿って整理してみたい。

  ー2018年9月24日、トランプ政権は、中国に対して、制裁追加関税の第3弾を発動した。それは 
  約2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に10%の追加関税を課すものだが、中国も600億
  ドル相当の米国製品に5~10%を上乗せする報復関税と即日実施した。両国の貿易戦争は
  お互いの輸入品の5~7割に高関税を課す危険な領域に入った。今回、米国が発動したのは
  家具、家電など多くの消費財を含む5745品目。消費者への影響も大きい。

 ートランプ大統領はさらに、中国が報復をつづけるなら、この第3弾とは別に、中国からの
  輸入品2670億ドル(約30 兆円)相当に新たに関税をかける用意があると表明している。
  これまでの制裁関税にこれを加えると、総額5170億ドルの輸入品に追加関税をかけること
  になるが、それは2017年の中国の対米輸出総額5050億ドルを上回る。

 2.  どこまで行くのか
 ーこの貿易戦争はいったいどこまで行くのだろうか?アメリカと中国はこれまで3回にわたって
  高追加関税の応酬をしているが、アメリカは中国から年間5000億ドル強の輸入をしているの
  に対して中国はアメリカから1300億ドル程度の輸入である。

 ー今回、互いの第3弾までの応酬で、アメリカは中国からのほぼ半額に相当する輸入品に追加
  関税をかけることになるが、中国の報復関税はすでにアメリカからの輸入品の8割以上に
  及ぶことになる。言いかえれば、中国はこれ以上、関税で報復することは難しくなる。
  それでは中国はこのチキンレースに敗退するのか。事態はそう単純ではない。

 ー中国は、鄧小平氏の時代に開放改革戦略で目覚ましい成長を遂げたが、習近平主席は鄧小平
  氏の韜光養晦路線を脱却し、”中国夢”のスローガンのもとに、170年の屈辱の歴史を克服して
  あからさまに世界強国への路線に邁進しており、簡単に引き下がることはありえない。関税
  追加が難しければ、非関税障壁も不買運動もありうる。ちなみに、中国はアメリカ国債の
  世界最大の保有国なので、もしそれを売却にすれば、米国の金利の高騰、株価とドルの暴落
  など世界は大混乱になるからそれは禁じ手だが、脅しにはなるだろう。

 3.  世界経済へのインパクト
 ー米中の対決は、米中の経済だけでは収まらない。現代の世界は中国を大きな核とする”サプ
  ライ・チェーン”で包まれており、米中の関税報復合戦は、実は、このサプライ・チェーンに
  部品や製品を供給する世界諸国に影響する。

 ーまた、このところ、アメリカが金利引き上げを続けているため、リーマンショック後、
  アメリカをはじめ世界諸国の金融緩和、財政出動で世界に散布された資金がアメリカに
  還流しており、低所得国の通貨下落、債務国の債務膨張が進行している。貿易摩擦はそう
  した苦境を増幅しており、これらの国々の需要の収縮が世界経済の低迷に拍車をかける
  という負の悪循環が波及している。

 4.  着地点はあるのか?
 ー貿易戦争が引き起こすこうした混乱や悪循環はどこかで収束するのか、着地点はあるのか。
  それは誰もが知りたい切実な問題だが、それは米中の指導者の認識や覚悟、また自国経済
  のみならず、世界経済の動向、また、不可測の事象など、多くの要因に左右される。この
  エッセイではその問題を考える手がかりを整理して提示したい。

 5.  日本の対応は?
  ーまた、この貿易戦争に日本はどう対応すれば良いのか。トランプ氏が世界に押し付けた
   鉄鋼とアルミニウムへの高追加関税の段階では、日本は高品質の鉄鋼をアメリカに輸出
   しているので、関税で価格が上昇しても数量への影響は限定的だったが、9月末になって
   トランプ大統領は、自動車への高追加関税を日本に対しても課税する姿勢を明確にした
   ので、トランプ氏が本気なら日本は重大な局面に入ることになる。この問題も考えたい。


Ⅱ.  トランプ氏のこだわり

 1.  2016選挙戦中の公約
  ートランプ氏は2016年選挙戦中から、保護主義的な主張を繰り返し強調していた。
  ー中西部や南部ラストベルトの選挙民にたいし、彼らの雇用機会(job)は中国や
   日本に騙し取られている。俺はそれを取り返してやる
   ”Your jobs have been ripped off and shipped off to China and Japan. I will
            get them back to you guys”
       ー以下のような主張:それは事実上の公約。選挙民はそれを信じて投票?
    ・NAFT見直し
    ・TPP離脱と二国間FTA主張
    ・中国を為替操作国と認定して45%関税
    ・米企業の海外移転を止めるための国境税
    ・対米黒字国に対しダンピングや非関税障壁など不公正貿易への対抗措置として高関税
     等々の保護主義主張。

 2.  トランプ流重商主義
   ートランプ氏の経済観は独特な重商主義。
   ・重商主義は16~18世紀の欧州の急速な経済発展期に、英国やオランダなど海洋国家が
    輸出を輸入以上に伸ばして国富を蓄積し、経済成長→発展を促進しようとする考え方。
    これはその後、帝国主義と植民地収奪の源流となった。トランプ氏はそれを現代の世界
    で追求しようとしているように見える。
   ・帝国主義時代の末期1930年代に、この考え方は列強の排他的関税戦略から第二次世界
    大戦の引き金となり破綻。戦後は、比較優位に基づく特化と開放的な貿易による世界
    経済の発展が、世界諸国の発展にもつながるという考え方が主流となり、開放的な
    国際貿易と国際協調による世界経済発展が志向され、大きな成果を挙げてきた。
   ・そうした国際協調による世界的な発展戦略を主導したのがアメリカだった。
   ・トランプ氏はそうした歴史も実績も理論も知らず、これまでのアメリカが主導して構築
    してきた国際協力の仕組みを破壊している。

 3.  異形のトランプ政権
  ートランプ政権は、これまでのアメリカ政治史上に類例を見ない特殊な政権。予測不能で
   かつ独裁的なトランプ氏が専横を振るう政権であり、その実態は互いの猜疑、密告、中傷
   と激しい勢力闘争で明け暮れている模様。その実態は、ベストセラーになったMichael
         Wolf “Fire and Fury”, Bob Woodward “Fear”などでも詳細に描かれている。

  ー貿易戦争の観点からは、この政権の中で、対中強硬派であるPeter Navaro 大統領通商
   補佐官とRobert Lighthauser USTR代表の役割が突出して大きいこと、また貿易交渉は
   閣僚レベルで合意しても、トランプ大統領にひっくり返されかねない不確実性が、とり  
   わけ留意すべき特質。

 4.  2018年から関税攻勢本格化
  ートランプ氏は、2017年は選挙公約を実現するため多くの大統領令を発令し、世界にかなり
   無謀な結果と被害をもたらした。
  ーまた、彼が主張した経済政策では、大型減税、大規模インフラ投資、高関税による雇用
   機会の確保が主な3つの柱。このうち議会工作が必要な大型減税を実現するのに2017年
   の大半を費やした。関税戦略は2018年に入って本格的に着手した。特に2018年3月に
   言明した鉄鋼とアルミ輸入品に対する大幅追加関税がその端緒となった。

Ⅲ.   鉄鋼・アルミへの高追加関税

 1.  安保理由の制裁関税
  ー2018.3.1. トランプ氏は鉄鋼とアルミの輸入増が安全保障上の脅威になっているとして
   輸入制限を発動する方針発表。鉄鋼25%、アルミ10%。

  ー米通商拡大法232条。これは1962年に制定。産品の輸入が米国の安全保障を脅かす
   恐れがある場合。これまで、79年の対イラン原油輸入禁止措置、82年の対リビア原油
   輸入禁止措置のみ。日本や欧州など同盟国にも適用する米国の主張に正当性があるか疑問。
  ー3.8 トランプ大統領は、鉄鋼とアルミの輸入制限する文書に署名。
  ・関税上乗せ措置は23日から発動。
    当面、カナダ・メキシコ除外(NAFTA交渉に関わるので)
  ・通商交渉や軍事負担でアメリカに譲歩した国は適用を除外する考えも。

 2.  同盟国へも課税
  ー中国の供給過剰に照準を合わせているが、一国だけ特定しても迂回輸出などで世界中に
   かかわるので、全ての国や地域に適用の考え。
  ・3.4.:与党共和党批判↑。特に国家経済会議コーン委員長は、政権内で関税反対の立場
   コーン氏辞任の観測も。(その後、辞任)      
  ・アメリカ産業界は負担増で競争力損なうと発動見送りを要求。
  ・中国、必要な対応とる(王毅外相)

 3.  諸国の批判・対応とトランプ政権の関税発動
  ー3.19  G20(財務相・中央銀行総裁会議)がブエノスアイレスで開幕。
     関税引き上げに批判集中。米国は強気で対決。
   ・主な輸入相手のEUやカナダなど7ヶ国・地域は関税適用を一時的に猶予。
    中国、日本は適用。
   ・日本政府は日本を適用対象から外すよう求めてきたが通らず。首脳の個人関係限界。

  -3.23. トランプ政権は、鉄鋼、アルミへの高付加関税による輸入制限を発動。
     対象は、最大で600億ドル(6.4兆円)
   ー3.22. トランプ大統領は知的財産権の侵害などを理由に中国製品に関税を課す
     大統領令にも署名。500億ドル相当の中国製品に高関税をかける制裁措置表明。
   ー米通商法301条に基づき、米国は外国による不公正な貿易慣行に対し、調査した
     うえで、一方的に制裁措置を発動できるとしている。
   ・これは1980年代から90年代初頭、主に日本市場の閉鎖性に制裁を加える手段として
    適用された。95年にWTO協定が成立し、WTO紛争処理に付託して紛争を解決する
    ことが義務付けられた。近年、米国は通商法301に基づく一方的な制裁を控えて
    きた。しかし、今回中国にたいして発動されている追加関税は、WTO紛争処理を
    経ずに一方的に発動されており、WTO協定に違反する可能性が高い。

  ー韓国文政権とFTA再交渉妥結を3.27発表。交渉開始から3ヶ月のスピード決着。
     内容:
     ・アメリカピックアップトラックの関税撤廃期限の延長
     ・米国安全基準適合車の韓国輸入台数枠を2倍に
     ・競争的な通貨切り下げを禁ずる為替条項導入。
     ・韓国の鉄鋼輸出の数量を制限するクォータ制導入。
       (事実上の数量規制はWTOのルール骨抜きの危険。価格競争力をつけても制限)


Ⅳ.   中国知財侵害への制裁関税

 1.  ナバロペーパー
  ーナバロ氏の主張
  ・世界貿易はペテン師にやり込められている。中国は最大のペテン師、米国にとって最大の  
   貿易赤字国。
  ・1947から2000年まで米国の平均成長率は3.5%。2002以降は1.9%、
   その一因は中国のWTO加盟だ。
  ・トランプ政権は我慢しない。貿易の不正がつづくなら防御的な関税を課す。

  ーナバロ・ペーパー(2016.9)
  ・貿易赤字解消でGDP押し上げ
  ・中国のWTO加盟で米成長率が低迷
  ・為替操作があれば報復関税課す
  ・中国が世界貿易で最大のペテン師
  ・関税は貿易不正をやめさせる交渉手段
  ・不正が止まらないなら関税を発動
  ・貿易赤字が減れば給料も↑インフレを相殺できる
  ・韓国、ドイツ、日本には原油や天然ガスの輸出増を要求。

 2.  USTRの調査報告書
   ーUSTRの調査では:1.中国進出の米企業が不当な技術移転を求められたり、
     2. 米企業の買収に中国政府の資金が使われたなどの「知的財産権の侵害」結論。
   ー技術移転の強制懸念:米政権が主張する中国の4 つの手口
     1.  外資規制で技術移転を強要:
       EVなどの中核技術を中国企業との合弁会社に移さないと事業できず。
     2.  技術移転契約で米企業を差別的扱い
       米企業が中国企業に技術供与契約を結ぶとき、中国企業間ではかけない厳しい
       規制をかける。
     3.   先端技術を持つ米企業を買収
        中国企業が特許侵害で争う米プリンター大手を買収。中国政府が資金支援。
     4.   米国企業にサイバー攻撃
        人民解放軍の攻撃を受け、鉄鋼や原発など米企業から情報漏洩。

    ー4.3.  USTR:知財侵害に対して発動する制裁関税の原案公表。1300品目
      制裁項目:生産機械、航空宇宙輸送機器、重工業、医療機器、部品、電化製品
      対象外:スマホ、PC,タブレット端末、AIスピーカー:消費者への影響考慮。
    ・4.5:中国製造2025を狙い撃ち
      産業用ロボット    105億ドル
      航空機、通信衛星    10
      船舶・タンカー    1600
                  鉄道車両、部品     2.5
       乗用車、商用車    20
       タービン・発電機   70
       農業機械       11
       化学品        92
       超音波診断装置など  47

 3.  ZTE事件
   ー4.16. ZTEに制裁。米企業との取引禁止。
   -4.27:米政府は、中国通信機器大手の中興通訳(ZTE)の制裁につづき、同最大手の
     華為(ファーウェイ)にも圧力↑。FWはZTEの5.5倍売り上げ。
     ZTEはイランとの違法輸出で米企業と7年間取引禁止。
     FWには、イラン違法輸出の疑い、スパイ活動懸念で米通信会社の調達禁止。
   ー5.14  トランプは習近平主席の要請を受けて、ZTEの米企業との取引禁止の見直し指令。
   ー5.25、トランプ氏は、ZTEへの制裁を見直すことで習近平主席と同意したと
     Fox TVが報道。ツィッターへの投稿では、13億ドル(1400億円)の罰金
     支払い条件に、米国企業との取引禁止を解く方針示した。しかし議会など
     では安全保障への懸念から反発強い。 
   ー6.6.  米政権は、ZTEへの制裁解除の見通し。ZTEはこの2ヶ月経営危機。中国スマート
    フォンメーカー問題が米側の交渉カードになった。米政府は中国側に、制裁解除の
    条件として最大14億ドル(1500億円)の罰金、現経営陣の退陣、米国による事業監視。
    (罰金:10億ドル=罰金、4億ドル=新たな違反時に没収する預け金)、また2017に
    9億ドルの罰金。合わせて23億ドル。 
   ー6.9  米国はZTE制裁解除の条件で、予想以上の成果で自信?
     ロス商務長官「過去最大の懲罰金」
    中国は今回の教訓を踏まえ、基幹技術の自前開発を急ぐ構え。

 4.  第一回米中通商協議(2018.5.3~4)
   -5.3~4:ムニューシン財務長官、ライトハイザー通商代表、ロス商務長官ら。
     訪中して通商協議。公式交渉
      ー5:3~4の通商交渉で米国が中国に突きつけた要求は馬鹿げている(M.Wolf
        FT 5.9)。
       ・1000億ドルの赤字(imbalance)を2018.6.から12ヶ月以内に削減
        さらに1000億ドル(11兆円)を2019.6から12ヶ月で削減。
       ・中国は過剰生産につながるあらゆる補助金を全面撤廃。
       ・中国は米企業から不当に技術を獲得するすべての手段を撤廃 
       ・中国は米国の輸出規制法に同意する。
       ・中国はWTOに対する関税や知財に関するすべての訴えを取り下げる。
       ・中国は米国が採択するあらゆる政策に対する報復をしない。
       ・中国は米国のハイテク分野への投資に対する米国の制限や処罰に反対せず
       ・米企業の対中投資に対して中国は完全な自由を提供する。
       ・2020.7までに、中国はハイテク以外の分野での関税を米国と同等に引下げる。
       ・協定は四半期ごとにモニターされる。もし米国が中国は忠実に協定を実行して
        いないと判断すれば、さらなる制裁や罰則を科す。中国はそれに反対しては
        ならず、受容すべし。
       ーこのような要求は、独立国に対するものではない。不平等条約の再来か?
        中国は即刻、拒否すべし。諸国は協力して米国の狂気の要求を阻止し、自由
        貿易を確保すべし

 5.  第二回米中通商協議と”手打ち”
    -5.17~18:第二回の貿易協議(於ワシントン)
       ・中国から劉鶴副首相招かれて参加
       ・米貿易赤字削減では、中国側が天然ガスや農産物の輸入拡大案を示し、
        一定の進展。
       ・中国が求めた国有通信機器大手ZTEへの米制裁緩和は結論出ず、溝深い。
        ZTEの利益は米国の制裁で激減。
       ・トランプ氏はZTEの制裁緩和に関して習近平主席から要請があったと暴露。
        共和党はトランプ氏のそうした取引による緩和を批判。トランプの奇怪な
        Uターン(FT5.15)
       ・5.21. 第二回の貿易協議。貿易赤字削減では歩み寄り。ハイテクは対立続く。

    ー5.20.:第二回の交渉を踏まえ、中国側がアメリカ農産物や石油関連産品の購入↑
        などで2000億ドルの赤字削減に努力する前提で、アメリカは、1500億ドル
        分の輸入に対する関税付加を、しばらくhalt(休戦)とするとムニューシン
        財務長官が発表。これに対してトランプ政権内部のタカ派からは、曖昧な
        口約束で信頼できない、などと批判も。

 6.  対米国際批判とトランプの対中チャブ台返し
      ー6.1. G7財務相、中央銀行総裁会議は、鉄鋼・アルミの輸入制限を↑した米国に
     非難集中。日本などはWTOルール違反と指弾。米国と6ヶ国は1:6に分裂。
  ー6.2 G7 財務相、中銀総裁会議は6.1~6.2で閉幕。通商政策をめぐる深刻な対立。
    対米批判は、鉄鋼、アルミの輸入制限につづき、日欧の基幹産業の自動車に
    および始めたから。米国は同盟国にも強硬姿勢。G7南欧発市場リスクなど素通り。
    6/8~9の首脳会議も波乱必至。
    →実際、波乱。トランプ主張。6ヶ国批判、
   ・異例の議長声明。カナダモルノー財務相「全員一致の懸念や失望」とする議長声明。6.6.
   ー6.6. EUは、米国の鉄鋼・アルミへの追加関税に対し、報復として280億ユーロ分の米国
   からの輸入品に追加関税かけることを確認。

   ー6.15. トランプ氏は、15日、知財侵害を理由に500億ドル(約5.5兆円)相当の
    中国製品への追加関税は、一部を除き、7.6に発動すると発表。
   -6.15. 中国国務院、米国産の農産物、自動車、エネルギーなど659品目(500億ドル相当
    に25%追加関税発表。  
   ー6.18 トランプ氏は、6.18.、中国からの2000億ドル(約22兆円)相当の製品に対し、
    10%の追加関税措置検討すると発表。6.16発表の500億ドル相当の報復関税に
    対する報復。

 7.  米政権内の強硬派主導
  ー5月以降、重ねた交渉では、トランプ政権内の強硬派が勢いを増し、中国では定まらぬ
   米側の姿勢やハイテク摩擦への発展に態度を硬化させている。

  ートランプ氏と習近平氏に、2017.4.そして11月の会談で、巨額商談が成立したはず。
   しかしその後も増え続ける貿易赤字に不満を深めたトランプ氏は、2018.3. 、関税発動
   を表明。5月からムニューシン財務長官や劉鶴副首相らによる高官協議で最後の譲歩迫る。
   交渉は、ムニューシン氏(穏健派)とライトハウザー氏の対立。

  ー当初強い発言権はムニューシンら穏健派。5月中旬2回目の協議後、米国の対中輸出増を
   盛り込んだ共同声明をまとめ『貿易戦争は一時保留」と宣言。ただし口約束。

  ー強硬派ライトハウザー氏はWHで関税の必要性を力説。メディアが「勝者は中国」など
   と書き立てると、弱腰批判を嫌うトランプ氏は対中交渉の進捗に不満表明。政権は強硬派
   に傾斜。中国の産業振興策「中国製造2050」に照準。巨額の補助金を使った米ハイテク
   企業の買収停止要求。人民解放軍を使ってサイバー攻撃をしているとまで主張。

 8.  中国の”以戦止戦”覚悟
  ー中国は姿勢を二転三転させる米国に不信感↑。6月初旬の最後の公式協議で、中国は
   農産品やエネエルギーの輸入拡大策を提示。しかし追加関税の撤回が条件とくぎ。米側の
   前言撤回を恐れ。米中が探った6月中旬の協議は流れ、互いに関税リストを公表。

 ー米国が仕掛けた貿易戦争に、中国側はトランプ政権の要求にある程度譲歩し、同時に
  米国のestablishment層の中国叩きを交わそうと行った対応をしてきたが、しかし、その後
  中国の対米認識が大きく変わり、6月に入って、中央外事工作会議では韜光養晦論を軌道修正
  し、そして対米方針では、「以戦止戦」の方針を決めたと見られる(朱建栄「視点・論点7
  以戦復降 vs  以戦止戦」(2018.8.20)

 ー中国側の一連の証言から、米中間の貿易交渉で3回も一旦合意されたが、その都度、米側に
  食言され、更に圧力を加えられたことで強い警戒感を持ち、対米認識と作戦の方針を変える
  に至った。

 9.  自動車関税の脅しと各国の対応
   -5,23. トランプ政権は、23日、安全保障を理由に、自動車や部品に追加関税を課す
    輸入制限の検討に入ると発表。乗用車関税25%↑を検討?対米輸出の多い日本に打撃。
    市場規模が大きい自動車にまでの一方的な輸入制限はWTO違反の恐れ大。
   ー5.30  トランプ政権が、ドイツ車に追加関税をかけるかどうか安保への阻害効果が
    あるか調査に入ることを支持したことに対し、ドイツでは閣僚から強い反発。

   ー6.23.  EUは6.22. 米国の鉄鋼・アルミ関税への対抗措置として、鉄鋼製品やオート
    バイ、ウィスキーなど28億EURO(3600億円相当)規模の輸入品に25%の報復関税を
    発動。オートバイ(ハーレイダビッドソンなど)やウィスキーは共和党議員の選挙区狙い

   ー6.24.  米政権の自動車関税引き上げに日本政府とメーカーは苦慮。ロス長官は事前調査
    を8月までに完了の予定。
   ・米国の2017自動車販売台数は1730万台。うちに本社は677(4割)。
    うち345万台(5割)は米国現地生産。177万台(3割)は日本からの輸出。
    残り2割155万台は、カナダなど日本以外から対米輸出。
    現地生産に振り向ける余地も限られており、WTO提訴しても時間がかかる。
   ・関税25%引き上げルト、影響額は2.3兆円(大手6社の営業利益総額4.5兆円の5割強)

        ー7.2  トランプ氏の自動車関税は、全面的な貿易戦争につながる恐れあり、とEUが警告。


Ⅴ.   対中追加関税の発動と報復

 1.  第一次対中追加関税発動2018.7.6
  ー7.6 トランプ政権は、6日、中国の知財侵害に対する制裁関税を発動した。産業用ロボット
    など340億ドル(約3.8兆円)分に25%の関税を課した。中国も同規模の報復に出る構え
    トランプ大統領は中国の出方次第では、中国からの輸入品全てに関税をかける可能性
    も示唆。
      米中が6日発動する関税の主な対象品目
    米国:818品目(340億ドル):
     自動車、産業用ロボット、半導体、医療機器、
    中国:545品目(340億ドル)
     自動車、大豆、牛肉など農産物、水産、ウィスキー

  ー中国政府は、これに対し、8/3夜、米国から輸入する600億ドル(6.7兆円)分の製品に、
    最大で25%の関税をかける報復措置を発表。品目によって追加関税率は異なるが、
    最大の25%適用する品目にはLNGや砂糖など。

 2.  トランプー欧州の一時休戦
   ー2018.7. トランプーユンケル欧州委員長会談(ワシントン)で新たな貿易交渉合意
    ○新たな貿易交渉開始
    ・自動車のぞく工業製品の関税・非関税障壁などゼロめざす。
    ・農産物、政府調達は交渉対象に含まず。
    ・高官協議で具体策詰め、120日以内で報告

    ○貿易戦争開戦を回避
    ・米国は自動車への追加関税を貿易交渉中は棚上げ。
    ・米の鉄鋼・アルミ追加関税をEUによる報復関税の解決めざす。
    ○EUは米国産大豆・LNGの輸入を増やす。
    ○不公正は貿易慣行是正、WTO改革で連携強化
   ーこれはそれまで高まっていたトランプ政権とEUとの貿易戦争への懸念を、新たな合意を
    めざす交渉過程で一時、鎮静させる意味がある。

   ーその後、フォローアップとして、9.11.  米欧高官会議 9.10.ブリュッセル
     米国からライトハイザー通商代表、EUから通商政策担当マルストローム欧州委員。
     関税ゼロなどの協議、米欧間の主張早くも食い違い。
            ・多くの技術的課題を克服できるか、11月の決着をめざす。      

 3.  第二次対中追加関税発動2018.8.23.
   -8.23.  トランプ政権は、23日、知財侵害を理由に、中国への制裁関税の第二弾を発動。
    半導体や化学品など、279品目。160億ドル相当、に25%の関税上乗せ。
    中国も直ちに同規模の報復。

   ・第二弾関税
      米国(279品目)半導体、プラスチック製品、ゴム製品、鉄道車両・部品
      中国(333品目) 古紙、自動車、銅クズ、アルミくず。

 4.  第三次対中追加関税発動2018.9.24.
   ー9.24、トランプ政権は、約2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に10%の追加関税
     を課す対中制裁関税第三弾を発動。
   ・中国も600億ドル相当の米国製品に5~10%を上乗せする報復関税と即日実施。
   ・両国の貿易戦争はお互いの輸入品の5~7割に高関税を課す危険水域に。

   ・今回、米国が発動したのは家具、家電など5745品目。
   ・第三弾で制裁対象は中国からの年間輸入額(約5000億ドル)の半分に拡大し、
     消費者への影響も大きい。

   ートランプ政権が制裁関税を乱発するまで、米国の平均関税率(関税収入/輸入金額)
     は1.5%程度で最低水準。対中関税第三弾で3.5%、2019.1.に追加関税が10%から
     25%に上がると平均関税率は5%近辺に。
 5.  第四次対中追加関税の脅し
  -9.9  トランプ氏は9.7. 中国からの輸入品2670億ドル(約30兆円)相当に新たに関税
    をかける用意があると表明。第3弾の2000億ドル相当とは別。
    これまでの第一弾と第二弾で、500億ドル相当に25%。第3弾2000億と第4弾2670
    を足すと計5170。中国からの輸入品(2017年5055)全てに追加関税が課される。
  ー9.24.:トランプ氏は中国が報復すれば全ての輸入品に関税をかけると脅し。

 6.  貿易戦争と世界経済への衝撃
   ー1930年前後の大恐慌を悪化させたスムート・ホーリー法の再来を不安視も。
     同法では、2万品目に追加関税。平均関税率が14%→20%に急上昇。
     トランプ氏が示唆するように、中国からの全輸入品に追加課税すれば、
     平均関税率は6%に達し、大恐慌時と並ぶ。自動車の追加関税まで実施すれば、
     平均関税率は10%を超える前例のない貿易制限となる。

    ー最悪シナリオは、世界景気の大幅減速。貿易戦争深刻化すれば、米中経済とも
     1%近い成長減速見込まれる。駆け込みで堅調な中国の輸出も、冬以降は腰折れ
     しかねない。

    ーIMFは、貿易戦争で、米国と中国の実質経済成長率が、2019年にそれぞれ最大で
     0.9%程度下押しと分析(9.24)。

 7.  日本にも貿易で圧力?日本の対応
   -9.8  トランプ政権は日本にも強硬姿勢↑。安倍首相が、貿易で米国を出し抜いて不当な
     利益を得てきたのに笑顔を見せられる関係はもう終わりだ!
   -9.9. これまでにない強い表現で日本に市場開放迫る姿勢。WSJに電話「日本が米国に
     対価をどれだけ払うべきか伝えれば、安倍首相との良好な関係は終わるだろう」
     これまでは中国問題があったから日本との交渉はおいておいたが、中国との貿易戦争
     が長期戦になることを見据え、日本と本格交渉を志向?

   ー9月末にNYで国連総会が開催され、諸国の首脳が集結した。NYで、トランプ氏は
    安倍首相と二度会談した。一度はトランプタワーの私的な食事。二度目は国連の場  
    で正式な首脳会談。首脳会談の結果、両国は、FTAではなく、物的な貿易に限定した
    交渉を開始することで合意した。それは脳産品と自動車と考えられる。

   ートランプ氏に最大の目標は、11月の中間選挙に勝つことであり、そのために選挙民に
    アピールできる成果を日本との交渉で引き出したいということだ。トランプ氏の面目
    も保ちながら、日本が国益に沿った解決をするにはどうすれば良いか。中川淳司氏は
    の提案が参考になる(貿易戦争の行方 日経18.9.7)

   ーそれは、1. 日本の農産物市場の開放。TPP11が発効すれば、TPPから離脱した米国
    農産物は不利になる。トランプが選挙で支持されるには日本の農産物市場開放必要。
    TPPの水準を上回らない市場開放に応ぜよ。それは米国のTPP復帰の地ならしにもなる。
    2.  知財、投資、国有企業規制、電子商取引 4分野で、実質的にTPP復活と同等の
    ルールを提案せよ。これらは米国の中国対策に理解を示すことになる。3  自動車、
    部品分野はじめ日本企業の対米投資拡大による米国の雇用創出に資する。

日本の国民から見た米朝会談の結果

 2018年6月12日、シンガポールで、歴史上初めての米朝会談が行われた。この会談の結果について、日本国民の一人として、私の感想を述べたい。

 会談の結果については、失望を禁じ得ず、また今後に残された大きな課題が懸念される。

 失望は、トランプ大統領が会談の直前まで主張しつづけていた会談成功の要件、すなわち朝鮮半島の完全な、検証可能な、そして非可逆的な”非核化”について具体的で明確な合意がなかったことである。共同声明文には、「金委員長が完全非核化への確固で揺るぎのない約束を再確認した」とだけ記されたが、これは4月27日の金委員長と文在寅韓国大統領との間で行われた南北会談ですでに合意されたことである。南北会談では、その具体的内容は、6月12日の米朝会談に委ねるとされたが、米朝会談ではその最重要事項について具体的な内容や手続きを確認するような前進は全くなかった。

 非核化問題をこのように抽象的な精神規定にとどめてしまった一方で、トランプ大統領は「DPRKすなわち朝鮮民主主義共和國に安全の保証を与えることを約束」した。言い替えれば、現在の金王朝体制の安全を保障したということである。これは金正恩氏の祖父である金日成氏の時代からの悲願であり、その悲願をトランプ大統領は非核化の具体的な内容を確認しないまま、いともやすやすと約束してしまった。

 その上、記者団に聞かれて、トランプ大統領は、米韓軍事演習は費用が高いので考えなおす、経済制裁は続けるが、最大の圧力をかけることはしないと言い、さらに、北朝鮮は、もともと偉大な国であり、考え方を変えれば素晴らしい繁栄を手にすることができるだろう、と言ったお世辞まで付け加えた。また、北朝鮮を支援する費用は、韓国と日本が負担すれば良いとまで発言した。

 トランプ大統領は、クリントン、ブッシュ、オバマなど歴代アメリカ大統領が、北朝鮮との交渉で繰り返し裏切られて核ミサイル開発を止められなかったことを批判し、自分は彼らとは異なって”Deal(取引)”に長けているので、必ず非核化を実現させると公言していた。しかし、今回の米朝会談の結果は、トランプ氏は、公約の非核化の具体的な答えを引き出せなかった一方、金正恩氏のかねてからの要望に充分以上に応えてしまった。取引の交渉としては、トランプ氏の一方的な負けと評価されても仕方がないだろう。トランプ氏は自分で言うほど強力な”取引交渉者”ではないのかもしれない。

 日本の観点から見ると、二つの大きな課題が残る。一つは、今回の交渉では、弾道ミサイルの問題が全く議論されなかったことである。トランプ氏は”アメリカ第一主義”を唱えているが、これは実は”トランプ第一主義”である。彼は2018年11月のアメリカ議会の中間選挙に勝ち、2020年の大統領選挙に勝つことに全てを集中している。米朝会談もそのための材料だ。アメリカの選挙民に「もうアメリカへの核ミサイルの危険はなくなった」とアピールするための会談だったと考えれば、今回の会談の結果はトランプ氏にとっては合目的である。しかし、中距離弾道ミサイルの問題が全く触れられなかったということは、日本、韓国、中国などの近隣諸国にとっては北朝鮮の軍事的脅威はそのまま残る。この問題は残された大きな課題であり、アメリカがこの問題に真剣に取り組まないならば、日本は中国の指導力に期待しつつ、この危険の除去のために、関係諸国と密接に協力して解決のために最大限の努力をする必要がある。

 今一つは、拉致問題である。トランプ氏はかねてからの安倍首相の要望をふまえて、米朝会談で拉致問題に言及したと記者会見で答えた。しかし、それは共同声明には盛り込まれなかった。拉致問題は15年前に、小泉純一郎首相と金正日委員長の会談で、数人の拉致被害者が帰国するという成果があったが、それ以降は全く進展がない。近年では北朝鮮は、拉致問題は”解決済み”として交渉は閉ざされている。無実の国民が多数、理由もなく拉致されて何十年も安否も不明というのは、国家主権の重大な侵害であり、日本がこの問題を深刻に捉えるのは当然である。安倍首相は今年の8月から9月に金正恩氏に会いたいという意欲を示しているが、会談が実現するのか、会談で成果が得られるのか、全く不明である。

 北朝鮮が、自国の国民に豊かな生活を提供できる国になることは、日本としても大いに希望することであり、そのために日本が技術や経済面で支援することは意義があり、日本は十分にその意思がある。しかし、日本がそうした協力を実行するためには、北朝鮮の核兵器と弾道ミサイルが完全に除去されることと、拉致問題が完全に解決されることが大前提である。

 

フランス: マクロン氏への期待と可能性

1. 奇跡の登場
 
 2017年5月7日に行われたフランスの総選挙はそれまでの予想を超える驚くべき結果となった。それまで極右の国民戦線を率いるルペン候補と中道系独立候補のマクロン氏に絞り込まれた大統領選の決選投票は、大方の予想を超えて、マクロン氏の圧勝となったのである。その結果は、

マクロン 66.1%(2075万票)、ルペン 33.9%(1064万票)

 エマヌエル・マクロン氏:39歳、オランド政権の経済相、中道系独立候補。対するマリー・ルペン氏が勝てば、彼女の主張にしたがってフランスもEU離脱をする可能性があった。多くの中産階級や経済人らはマクロンの勝利に安堵。

 この決選投票に前段の、第一回投票では、これまでフランスの政治の根幹になってきた共和党と社会党という大政党が大きく後退するという地殻変動が明白に現れた。4月23日に行われた第一回投票の結果は以下の通りである。

             マクロン       24%
             ルペン        21.3%
             フィヨン(共和党)  20.0%
             メランション(極左) 19.6%
             アモン(社会党)   6.4%

  大統領は上位2人の決戦投票で決まるので、この第一回投票結果によって、これまでフランス政治を リードしてきた中道右派共和党と左派の社会党候補が揃って破れるという前代未聞の事態となった。共和党と社会党の2大政党合わせても得票率は27%に過ぎず、社会党はたったの6%を獲得しただけだった。

  マクロン氏の選挙公約は:
    既成政党の刷新(ルペンと同じ)
    移民包摂・多様性の価値、欧州統合・独仏関係深化、ナショナリズム抑制、
    解放経済と国際協調の促進(以上はルペンと正反対)
 マクロン氏の支持派は、中大都市の住民と上中所得層などであった。一方、ルペン氏の支持層は、地方の低所得者層やラストベルト(経済成長に取り残された旧工業地帯)の労働者層などであることが投票結果の分析から明らかになった。


2.  マクロン大統領の政権と政策 

  マクロン氏の政策構想は大胆で画期的だが、実現可能性について、また大統領の実行力について当初、内外から疑義が提起された。

  例えば、マクロン氏は EUを連邦型にしたいと主張。そのためにはEUの財政統合を進める。具体的にはEU予算、財務相を置き、銀行同盟で規制と監督を強化するなどである。

   これに対して、理想は良いが、膨大な予算負担と事務量が必要となり非現実的。例えば、EU予算のために、フランスは現在の国家予算の半分もの付加的負担が必要になるとの批判。危機の回避なら加盟国間で緊急資金拠出など対応できる。極端な制度改革より市場原理を活用すべきだ、との批判。また、国内改革できるか?硬直的労働市場、莫大な政府部門とその非効率性、それらを解決することが宿題なのではないか、といった批判。さらに、マクロン氏は政治基盤がないので、そうした改革を主張して国民の支持得られるか?国民議会選挙で勝てるか、などの疑問が内外から提起された。


3.   国民議会選挙で圧勝

   こうした懸念や批判を尻目に、マクロン氏は2017年6月の国民議会選挙では、大統領の「共和国前進」が308議席と過半数(総数577議席)を獲得、中道連合を入れると350議席で6割を占めた。既存の共和党は113席、社会党は29議席、極右ルペン党首率いる国民戦線はわずか8議席にとどまった。
 
   マクロン大統領は議会で過半数と獲得したので、公約の公務員削減、財政再建、労働時間規制の柔軟化などこれまで主張してきた大胆な構造改革を提案。これにより、生産性を高め、フランス経済の再生を図る方針を強調した。


4.   マクロンの人気低下と上院選挙で後退

   これら改革提案はそれが国民や労働者の既得権の見直しを迫るものだったので、不人気だった。とりわけ緊縮財政で政府支出の8兆円削減や住宅手当の削減、またフランス軍幹部の大統領批判に対しての総司令官としての高飛車な反論の仕方などが国民の反発を招いた。

 
   8月になると支持率は4割以下となり、不人気だったオランド前大統領の同時期の支持率を下回った。しかし、8月、労組幹部に労働市場改革で合意取り付けるという画期的な成果を挙げ、その労働改革は59%の国民支持率を達成した。一方、マクロン氏は企業に対しては国内企業の損益状況で、海外で利益が上がっていても国内での損益状況が悪ければ解雇を可能にする税法改正を提案したが、これは経済界からは歓迎された。

   こうした動きをふまえた9月24日の上院選挙ではマクロン大統領の与党は後退した。「共和国前進」系正統派29議席から28議席(非改選9議席含む)へと議席を減らした。しかし、権限の大きい下院で過半数占めているので、マクロン陣営は所期の改革は追求できる、としている。ちなみに、上院の定数は348、今回はそのうち、171議席が改選された。なお、憲法改正には両院で3/5(555議席)以上の賛成が必要である。


5.   EU統合深化策提案(ソルボンヌ大学での講演)

 
   マクロン大統領は2017年9月26日、ソルボンヌ大学での講演で、 EUの統合深化策について画期的な提案を行った。その要点は以下のとおりである。  
    ・各国共通防衛予算
    ・急進的技術革新担うEUの専門機関
    ・利益あげた国での課税(グローバル企業のタックスヘブン利用阻止のため)
    ・法人税率統一(低税率国で生産:social dumping防止)
    ・富裕層減税capital gainsに同一税率(flat rate)

   マクロン大統領の改革提案は急進的でプロビジネスである。マクロン氏は大統領当選当初、既存の政治基盤を持たず、また政治指導力も未知数だったので、同氏が主張する改革が実行・実現できるのかについて懐疑的な見解が多かったが、その後、マクロン氏は国内のパワーネットワークをかなり掌握しており、意外にしたたか、という評価が増えている。 

   国内政治で地歩を固めつつ、特に、ユーロ共通予算の編成とユーロ財務相ポストの新設など懸案の財政統合に踏み出すものと見られる。一方、ドイツの選挙後、求心力が低下したメルケル首相も、マクロン氏の唱えるEU条約改正への取り組みには一定の理解を示している。

   しかし、彼女が率いる与党CDUは、2018年3月にようやく辿りついた大連合におけるメルケル氏のSPDにたいする妥協に不満で、SPDが主張してきたマクロン流のユーロ圏改革には反対もしくは消極的な態度を強めており、マクロン流のユーロ圏改革がどこまで進むかは現段階では不透明だ。


6.  労働組合との対決ーフランス国鉄労組のスト

   2018年4月3日、フランス国鉄(SNCF)の労働組合はフランス全土でストに突入した。スト初日の4.3.には、フランス国内の鉄道運行本数は、高速鉄道(TGV)は1/8、都市間移動の列車は1/5に減らされ、事前通告はあったが、一部の主要駅では人があふれ、自家用車の増加でパリ都市圏の道路は渋滞した。

   同労組は、4.3.から6月まで3ヶ月、5日に2日の頻度でストを続ける計画。フランスではストはたびたび起きているが、今回のストは早期に解決されなければ、2010年や2013年に発生した大規模ストに近いものとなると見込まれる。

   ストの理由は、3月にフランス政府が発表したSNCFに対する改革法案。社員の多くが終身雇用や年金優遇を受ける「鉄道員」として働くが、この運用区分をを今後の採用から廃止、同社を公的な法人から株式会社に改組し、規制も一般企業に近ずけるという改革。同社の累積債務は現在約545億ユーロ(約7.1兆円)。合理化でこうした債務も削減を見込む。

   マクロン大統領の改革は、これまで、労働者や公的部門が享受してきた特権的な保護や報酬を、大胆に見直し、組織の効率性と柔軟性を高めて、生産性を向上させ、フランス経済の活力と競争力を強化しようというものだが、その進め方は大胆で急進的なので、反発も強い。今回の鉄道労組のストは、トランプ大統領の経済改革が成功するか頓挫するかを占う重要な結節点になると見込まれる。トランプ政権は、このストでも妥協せず、改革を貫徹する姿勢で臨んでいる。

   トランプ大統領の大きな目標は、欧州とりわけユーロ圏の根本的な構造改革であり、それを実現するためには、まず国内で、不退転の指導力を示し、改革の成果を挙げることが必要になる。鉄道労組の全国ストは、トランプ氏の政治家としての指導力を試す重要な試金石になりそうだ。

ドイツの指導力への期待と陰り

1.  島田村塾ドイツ研修

 2017年7月、島田村塾では、恒例の海外探訪すなわち研修訪問でドイツを訪ねることにした。ドイツは、英国がEU離脱を決めて以来、とりわけ欧州の大国としてその存在感を増しており、しっかり勉強すべき国として村塾として選択したのである。

 この旅について企画を立て、アレンジをし、研修訪問の半分ほど現地で案内をするなど全面的に協力してくださったFranz Waldenberger博士にこの場を借りて深甚の謝意を表したいと思う。Waldenberger先生は今、ドイツの日本研究所の所長をしておられるが、本来はミュンヘン大学の経営学部の教授で、マクロ経済学、欧州経済、日本経済など幅広い専門を持たれた研究者である。Waldenberger 博士のご好意とご尽力で、普通なら会えない多くの方々に会い、貴重な勉強をすることができた。

 私たちの訪問は、実質、1週間の短い滞在期間だったが、その中で、ミュンヘン、ベルリン、フランクフルトなどの主要都市を訪ね、企業、地域行政府、議会などで、産業人、官僚、政治家、研究者など多様な人々に会って、様々な意見を聞き、知見を得ることができた。

 私は20年以上前に、日独文化交流プログラムの事務局の一端を担って、両国の学者、ジャーナリスト、企業や労働組合の幹部などの日独相互訪問と討論会の準備や運営を手伝っていたことがあり、その関係で、ドイツは数回訪ねたことがあるが、20年以上経って、訪ねたドイツは大きく様変わりしていた。

 ミュンヘンは当時と比べると一段と発展しており、多くのグローバル企業と中堅企業が集中して人々の生活も格段に豊かになっているように見えた。実際、ミュンヘンは近年ではドイツで最も繁栄した地域になっているようである。そのミュンヘン郊外で、休日を利用して、ダッハウの強制収用所跡を訪ねたのは有意義な経験だった。

 私も村塾の諸君も、イスラエルを訪ねるのは必修にしており、エルサレムのホロコースト記念館は何度か訪ね、第二次大戦中のヒットラーによるユダヤ人弾圧については一通り勉強したが、集団殺戮のアウシュウビッツはポーランドにあり、ドイツ本国で、ナチスの偏見によってユダヤ人はじめ多くの民族や人々が残酷な仕打ちを受けた強制収容所の発端となったダッハウ収容所の見学は当時のドイツやナチについて多くを考えさせられた。

 ベルリンはベルリンの壁の崩壊直後から2度ほど訪ねたことがあるが、今回のベルリンの印象は当時とは全く異なっていた。ベルリンは、壁によってソ連の共産主義体制と欧米の資本主義市場体制の東西地区に分断されていたため、壁の崩壊後も、その発展は大きく遅れていた印象があったが、今回訪ねたベルリンの印象は、ベルリン市が今、注力している目標でもある”Start Up City”としての全く新しい顔だった。ベルリンは今や、激しく変化する欧州の若者が参集する”自由都市”になっており、若々しい活力が満ちている様子が感じられた。

 一方、フランクフルトは伝統的な金融中心であり、ドイツ連銀も欧州中央銀行もマイン河を臨むビジネス街に位置し、悠然とした雰囲気を漂わせていた。折しも、英国がEU離脱を決め、かつての欧州の金融中心であったロンドンから世界の金融機関が流出を始める地殻変動を引き受ける年の自信と風格を感じさせた。

 以上、私たちが訪ねた都市の印象に触れたが、そのことを語るのは、本エッセイの本題ではない。村塾のドイツ訪問の詳細な記録はhttp://www.haruoshimada.com/shimadasonjuku/activities/world_travel/2017/germany/report/で閲覧できるので、興味のある方はそれを見て戴ければ幸いである。

2.  選挙の下馬評はメルケル陣営の圧勝

  私達がドイツを訪ねたのは、2017年7月下旬だったので、ドイツ総選挙の2ヶ月弱前だったが、ドイツではどこに行っても総選挙の最終段階であることを感じさせられた。この選挙戦は中盤でSPDが一時、勢いを増して、メルケル首相が率いるCDU・CSU連合を追い上げて話題を提供したが、それ以降は、やはりメルケル陣営が優勢となり、私達が訪ねた頃には、いつものメルケル神話、すなわち、選挙になると必ずメルケルが勝つ、という信仰がひろまっているように見えた。

 今回の総選挙でも、これまでのようにメルケル率いるCDU+CSUが圧勝し、第二党であるSPDが加わって与党大連合を組み、安定したドイツが再出発する、との印象を持って私達は帰国した。

3.   総選挙の結果

 そして9月23日に総選挙が行われたが、その結果の報道を見て、私は目を疑った。なんと、CDUは大きく後退し、SPDに至っては統一ドイツ発足後、最悪の結果になった。そして注目すべきは、最近、急速に伸びてはきたが、これまで連邦議会に進出する最低限の得票を確保できなかった極右政党のAfGが、大きく得票を伸ばし、なんと連邦議会に第3党としての議席を占めたことである。

以下、選挙結果を各党の得票率ならびに括弧内に前回選挙からの変化を記そう。
     1.  CDU+CSU    32.9 %(―8.6%)     246議席(ー65議席)
     2.  社会民主党(SPD) 20.5%(―5.2%)  153議席(ー40議席)
     3.  AfD 12.6%(+7.9%)   94議席(+94議席)
     4.  自由民主党(FDP) 10.7%(+5.9%)  80議席(+80議席) 
     5.  左翼党(Die Linke)  9.2%(+0.6%)  69議席(+5議席)
     6.  同盟(Bundnis) 90+緑の党(Die Grunen)8.9%(+0.5%)  67議席(+4議席)

 ここで、ドイツの議会の制度と政権成立の条件について少々説明しておきたい。ドイツ連邦は16州から構成されている。投票者は小選挙区の候補者と政党に記名して投票する。比例代表による法定定員は588議席、連邦総投票数で5%未満の党は連邦議会には議席を持てない。また小選挙区選出議席と比例代表議席は同数となっている。

 上記のような条件があるので、これまでAfGは連邦議会には進出できなかった。この最低得票率の足切り制度は、戦前のドイツでミュンヘンから出発し、バイエルン州で急激に伸びたヒットラー率いるナチスの政党がたちまちのうちに、連邦議会で第一党になり、ヒットラーの独裁を許す結果になったようなことを避けるいわば安全弁として上記のような条件を課したと言われる。

4.  政権組成の難題

 この選挙結果は、メルケル氏が率いるCDU+CSU与党連合だけでは、議席の過半数を確保できず、単独では安定政権を構成できないことを意味した。したがって、他の主要政党と大連を組むことが不可欠になった。当然の選択は、これまでも大連立を組んでいたSPDとの連立である。ところが、シュルツ党首が率いるSPDは頑なにこれを拒否した。

 SPDはこれまで3期12年という長期にわたってCDU+CSUと大連立を組んでいたが、その間、持続的に地盤沈下が進んでいた。とりわけ今回の選挙では、東西ドイツ統一以後、最悪の得票結果となり、SPDの党員や関係者の間で深刻な危機感が募った。彼らは、メルケル氏と連立を組んだ結果、メリットは全てメルケル氏に帰属してしまい、SPDは大連立に埋没し、独自のアピールができなかった。これ以上、連立を続けるとSPDは埋没どころか消滅しか寝ないという存亡の危機感を抱いた。

 SPDが連立に応じないので、メルケル氏は、FDP(自由民主党)とDie Grunnen(緑の党)と連立のための交渉を開始した。しかし、両党とも、CDUとは政策が大きく異なるので、連立交渉は不調に終わった。連立が組めないとなると、政権組成のために残される選択肢は二つになる。一つは少数政権を樹立すること。いまひとつは、再選挙である。少数政権では政策の採択と執行の能力が著しく低下して、ドイツの国家運営に多くの支障が生ずることが予想される。再選挙の選択肢はメルケル氏は否定しない、としたが、今回の選挙でこれまでの与党大政党が大きく後退し、極右のAfDが躍進したことなどを考えると、選挙結果はさらにドイツの政治を不安定化させることになる恐れが大きく、リスクが高い。

 総選挙が済んで、3ヶ月近くが経とうというのに、連邦政権が組成できないという事態は歴史的にも空前の異常事態である。内外から決められないドイツの政治に対する批判は当然高まった。そうした中で、12月に入ると、シュルツ党首が、連立は必ずしも拒否はしないという姿勢に変化した。12月8日には、メルケル氏と協議しても良いと言明したが、それでも、閣外協力という選択肢もあり、とにかく大連立の呑みこまれて埋没することは避けたい、という態度。

 SPDは2013~17年の大連立では成果は皆メルケル氏に帰属してしまい、その結果、2017の選挙は歴史的惨敗になった。したがって、何としても独自色を出したい。シュルツ氏は、仮に連立するにしても、フランスのマクロン大統領の主張に共鳴するような例えば、United States of Europeと言った思い切った構想をSPDの主張として公約に盛り込めないかなどの主張を展開した。12月16日には、シュルツ氏は、政権無きドイツは放置できない、しかし過去の大連立の延長は忌避する、との態度を再度強調した。

  18.1.13:MerkelーShultz 5日間のマラソン討議が行われ、党首合意が達成された。そこではドイツの経済と政治力挙げて欧州統合深化のためマクロン氏らと協力する、欧州予算に協力することにも、前向きな方向で一致したとされる。

  18.1.21のSPD党大会で大連立可否を決定する予定だったが、1.15. SPDのいくつかの地区代表と一般メンバー(特に左派と青年層)が、健保、住宅、移民、短時間労働者対応の政策が不充分として大連合に反対。SPDは2017.9.の選挙で史上最悪の結果になったのは、CDUとの大連立に埋没したためとして大連立忌避の傾向が強い。1.21の大会で承認される可能性が予断を許さなくなった。SPDが承諾しない場合は、残された手立ては総選挙のやり直ししかない。
 
5.   メルケル政権の指導力の低下と回復の可能性    

 メルケル氏主導の長期政権がつづいたドイツは、経済的に大きく躍進したと同時に政治的にも欧州の主軸としての存在感を高めてきた。今回の政権組成の未曾有の遅れに象徴されるメルケル氏の政治的凝集力の低下は、これからの欧州そしてより広い世界に向けてどのような意味を持つのだろうか。

 メルケル氏は、2005年、シュレーダー首相の後を受けて、ドイツで初めての女性首相としと登場した。それから2005→2017年の12年間、メルケル首相は長期政権を維持し、内外に絶妙のバランス感覚で指導力を発揮してきた。

 内外の際立った政策として、例えば、2008年のリーマンショックにつづく大不況に直面し、メルケル氏は金融安定化のために大胆な政策を敢行し、経済を回復に導いた。2010~2014年のギリシャ問題によるユーロ危機に際しては、EUの首脳をリードして解決に大きく貢献。また、2015年、東ウクライナ問題で、シャトル外交を展開し、ミンスク合意を取り付けた、など輝かしい成果を残している。

 2015年から急増した中東からの難民の受け入れに関しては、メルケル氏は、人道的観点からドイツとして大量の難民受け入れを宣言するとともに、EU各国にも受け入れ割り当てを提案したが、メルケル首相のこの難民受け入れ政策は内外から強い反発を招き、今回の総選挙における排他的な極右のAfDの急進に象徴される大きな社会政治変動にもつながったと言える。

 今回の総選挙でのCDUの敗北と政権組成の遅れに象徴されるメルケル氏の求心力と指導力の低下は、欧州そして世界におけるドイツの存在感を低下させたと言わざるを得ない。一方、2017年5月の総選挙で予想外の大勝を果たしたフランスのマクロン大統領は大胆で根本的なユーロ圏の改革を唱えているが、ドイツがフランスと協力して、このところ後退しつつあるように見えるEUの統合化と深化をどこまで推進できるかが問われている。

6.  大連立への険しい道とその成立

  2017.1.21のSPD党大会は、メルケル大連立体制に参加することに対する反論、Martin Schultz氏など党執行部への批判、またSPDの改革要求:難民問題(受け入れ制限 月1000人まで)、医療改革(公的保険と民間保険の格差解消)、雇用(有期雇用契約の大幅な制限)などを巡って紛糾したが、ギリギリ大連立に向けての協議に入ることについては了承された。ただ、シュルツ党首の指導力についての党内評価が大きく低下した。シュルツ氏の発言が責任回避的との印象を与えたことが響いたようである。

  SPD党大会でのギリギりの了承を受けてメルケル氏とシュルツ氏の間で、連立実現のための協議が行われ、大連合の閣僚指名も議題になった。シュルツ氏はドイツ国内政治にはこれまで参加しなかったが、EU議会の議長を務めるなど、国際派として自他共に許す地位にあった。しかし、大連立に対しSPD内で多くの反対論や批判論がある中で、シュルツ氏は大連立内閣が組成されれば当然と思われていた外相には就任しないことを早々と宣言せざるを得なかった。

  こうした動きの中で、メルケル氏は大連立内閣の主要閣僚に、SPDの若手人材やメルケル 批判派を多数、登用せざるを得なくなった。Jens Spahn、Daniel Gunter, バオル・ツィーミヤク氏などメルケル批判派が声を挙げ、世代交代を主張してくる中で、メルケル氏は そうした批判を受け止める姿勢を示すために、党の要である幹事長に、かねてミニ・メルケルと評された中堅の女性政治家、Kramp Karrenbauer氏を登用した。

  2月25日に発表された大連立内閣の閣僚名簿には、メルケル批判派であるSPDのSpahn氏が保健相、財務相にSPDのOlaf Scholz氏が登用された。現メルケル内閣からは官房長官のAltmeier氏が経済相に、また国防相にはVon de Alaien氏が留任した。SPD党内にも人事 抗争があり、大連立内閣で当初外相に予定されていたSigmar Gabriel氏がこの段階で突如引き下ろされ、法相候補だったが外交については全く未経験で未知数のHeiko Maas氏が指名されるというドンデン返しがあった。

  大連立への参加を公式に認めるかどうかのSPDの意思決定は最終的には党員投票にかけられれることになった。党員投票の結果は2018.3.4. 公表された。結果は、賛成66%、反対34%だった。この投票結果によって、2017年9月23日の総選挙から、半年近くを空費してようやく第4次メルケル大連合政権がスタートすることになった。

  しかし、大連合編成の過程で、上記のような混迷を続けた結果、誕生した内閣はメルケル氏への不満が凝縮された構成になっており、メルケル氏がこれまでのように欧州を代表する偉大なリーダーとしての采配を振るえる状況にはとてもなっていない。とりわけ財務相や外相という主要閣僚をSPDに譲らざるを得ず、しかも外相は外交は全く未経験という構成に対してCDU党内からは不満と批判が募っており、メルケル首相は困難な舵取りを迫られそうだ。

  実際、2018.4.15.にはCDU-CSUは議会会派の公式見解として、フランスのマクロン大統領が提案するEuropean Monetary Fund構想について明確な否定見解の報告書を提出した。これはマクロン大統領がユーロ圏改革の協議のためにベルリンを訪問する2日前というタイミングである。CDUのユーロ改革に対する否定的もしくは消極的態度はSPDからも批判されている。

  メルケル氏率いるCDUーCSUは、マクロン大統領の唱えるユーロ圏改革(EMF, Euro圏共同予算、Euro圏経済相設置など)は費用がかかり過ぎるとして批判を強めており、またNATOへの分担金負担支払いを引き上げることに対しても消極的である。

  マクロン大統領が登場し、欧州を代表する政治家のメルケル氏が力を合わせて、Euro圏の構造改革やEU統合進化のために画期的な注力をすることが、半年前までは、期待されただけに、メルケル氏の求心力低下、そして予想される指導力の当面の低下は誠に残念である。

米朝首脳会談への道程

 2018年4月27日、朝10時、朝鮮半島の休戦ラインにある板門店の空は穏やかな晴天に恵まれていた。この日は、第二次大戦後の朝鮮半島にとって歴史的な日として記憶されることになる。

 なぜなら、この日、1953年の朝鮮戦争休戦以来、北と南に分断されていた朝鮮半島の北朝鮮(朝鮮人民民主主義共和国)と韓国(大韓民国)の首脳が、初めて休戦ラインを超えて、板門店の韓国側にある「平和の家」で会談をし、共同声明に調印することになっていたからである。これまでに南北会談は3回行われたが、そのうち、2回はいずれも韓国の首脳が北朝鮮を訪ねて行われたもので、北の首脳が休戦ラインを超えて、韓国側に足を運ぶのは今回が初めてであり、その意味でも今回の首脳会談は歴史に記憶される出来事とされた。

 この日の歴史的瞬間を捉えようと、両国のメディアはもちろんのこと、世界中からメディアが参集してその経緯を世界に発信する態勢をとっていた。特筆すべきは、両首脳の休戦ラインを超えた解后と会談の様子が、メディアに対して同時中継が許可されていたことである。これは韓国側の事前の要請に北朝鮮側が応じたということでこれまでの両国の関係からは信じがたい決定であった。

 午前10時、休戦ラインの北側にある北朝鮮側の建物から、金正恩委員長が、多くのSPに囲まれて正面の会談を歩いており、ほどなくSPは離れ去り、金委員長が一人、休戦ラインの際に立つ文在寅韓国大統領に歩み寄り、二人で握手を交わす。その後、二人は互いに休戦ラインを二度超えて韓国側の「平和の家」で一つのテーブルを囲んで親しげに会話を交わす。双方とも映像が撮られていることを意識してか、精一杯の笑顔で友好的雰囲気を演出した。

 昼食は別々にとった後、再び、両首脳は会合し、その後、二人だけで散歩路を辿って、休戦ラインの近くに設営されたブルーの橋の中程のベンチに腰をかけ、40分ほど話し合い、最後に共同声明に署名の儀式が行われた。共同声明には、両国は、朝鮮半島の完全な非核化をめざし、半島の平和と繁栄と統一をめざして努力する趣旨が明文化された。

 この共同声明について、非核化の具体的な日程や方法などが書き込まれなかったので、不充分とのコメントもあったが、第一回の首脳会談としてはその意義は十分果たされたと言えるだろう。5月末か6月上旬には、金正恩氏とトランプアメリカ大統領との米朝首脳会談が予定されており、具体的な内容のある真の非核化への合意は、その会談のためにとっておかれたとも言える。言い換えれば、今回の南北首脳会談は、来るべき米朝首脳会談への予備段階としての役割は充分に果たしたというのが妥当な評価だろう。

  このブログでは、2018年4月12日に、「北朝鮮と核ミサイル問題」と題して、北朝鮮の近年の弾道ミサイルと核開発の問題を取り上げ、その歴史的経緯や、それが極東地域や世界に及ぼす影響や問題などについて詳しく解説した。北朝鮮の核とミサイルの無謀な開発は国際社会に深刻な脅威となっていたが、北朝鮮のミサイルや核実験の続行という危険な行動が、2018年冬の平昌オリンピックを契機とするオリンピックへの北朝鮮選手団の参加をめぐる韓国と北朝鮮のやりとりを通じて、にわかに北朝鮮が融和的態度をとり、友好ムードを盛り上げる態度に変わった。その流れを決定的にしたのが、3月8日、韓国代表団と金正恩委員長との会談の結果を報告するため、ホワイトハウスにトランプ大統領を訪問した際、トランプ氏が即刻、自分は金正恩委員長に直接会うと言明したことである。

 それ以降、北朝鮮は、おそらくそのための環境醸成のために韓国側と連携しつつ様々な対応をとり、今回の4月27日の首脳会談の開催となった。このエッセイでは、トランプー金正恩による米朝首脳会談に向けてどのような経緯があったかをやや詳しく振り返ってみたいと思う。

 以下、下記の項目に沿って事実経過を辿ってみたい。

1. 平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢
2. 3月5〜6日、訪朝した韓国特別使節団と北朝鮮金正恩委員長との会談とその意味、
3. トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に、3月8日、金委員長と会談の意向表明
4. 3月28〜29、金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問
5. 4/17〜18 安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談
6. 4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認。
7. 4/20、朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定
8. 4/27、板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談
9. 米朝首脳会談の背景、展望、課題


1.  平昌冬季五輪への北朝鮮の参加と北朝鮮の融和攻勢

 韓国の文在寅大統領は、従前より、北朝鮮との融和の重要性を説き、究極の目標として半島統一を希求してきたことは周知である。文氏は、韓国では金大中、盧泰愚大統領という左翼政党の系譜に連なる政治家で、彼はとりわけ強固な反日主義者であり、同時に北朝鮮との融和を強調してきた。2017年5月に大統領就任後、トランプ大統領の会談でも、トランプ氏の強硬路線に対して、北朝鮮との交渉の重要性を主張しつづけた。

 文氏は、2018年2月に開催される平昌オリンピックは、北朝鮮との融和ムードを国際的にアピールする絶好の機会と考えていたことは容易に想像できる。文大統領は2017年12月14日に北京に習近平国家主席を訪問し、北朝鮮問題は、対話による解決が重要であるとの共通の認識を確認している。

 北朝鮮側もこの機会を南との融和ムードを盛り上げるために利用できると考えたと推察される。2018年年明け早々、北朝鮮は韓国側との間で途絶えていた直通回線を2年ぶりに再会することに同意した。そして1月9日には、南北閣僚級会談で、北朝鮮は平昌五輪の成功のために全面協力を約した。この会談には、北朝鮮側からは、李善権、祖国平和統一委員長、韓国側からは趙明均統一相らが出席した。なお、この会談後、共同報道文が発表されたが、そこには、朝鮮半島問題は民族同士で、対話を交渉を通じて解決すると明記されており、これはアメリカなど超大国の影響を意識して釘を刺したものと言える。

 この会談直前の1月4日、文大統領はトランプ大統領と電話で会話をしたが、トランプ氏はその際、五輪開催中は米韓軍事演習を延期しても良いと発言したという。米国務省も南北会談は前向きな進展と評価。また1月10日、トランプ大統領はWall Street Jounarlとのインタービューで、金正恩氏と会えば、良い関係を築ける、発言したと伝えれらた。

 1月19日、韓国政府は、李洛淵首相への2018年業務報告で、平昌五輪を機に、米国と北朝鮮が直接対話に乗り出すよう「外交力を集中する」と述べた。

 北朝鮮は、平昌五輪に対して、アイスホッケーで南北合同チームで参加、また開会式には、金正恩労働党委員長の実妹である金正与氏、ならびに北朝鮮の序列2位である金永南最高人民会議常任委員長が代表として参加。2月9日の開会式にはアメリカからペンス副大統領も出席しており、北朝鮮代表との会談の打診をしたが、実現しなかったとされる。北朝鮮は大規模な「芸術団」と応援団も派遣し、大会中、融和ムードを盛り上げた。また北と南は選手団がそれぞれの国旗を使わず、白地にブルーの朝鮮半島をデザインした南北合同旗を用いた。文大統領は五輪期間中、北朝鮮の代表団に密着して歓迎に専心。韓国国内では合同チームや合同旗について批判の声も上がったと報道されたが、大きな盛り上がりにはならなかった。

 平昌五輪(2月23日終幕)後、金英哲(ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長ら北朝鮮高官代表団が2月25〜27日の3日間の行程で韓国を訪問、文大統領らと会談して27日帰国した。金英晢氏は、北朝鮮の韓国砲撃や韓国海軍艦艇などを指揮したとされ、韓国では警戒されている人物。3日間に渡る訪韓で韓国側首脳部との会談の内容は詳らかにされていないが、南北関係”前進”の重要性を強調したと報道された。


2 .   訪朝した韓国特別使節団訪朝と北朝鮮金正恩委員長との会談

 平昌五輪への北朝鮮の参加をめぐる一連の協議で、北朝鮮側から金正恩委員長の実妹を含む高官がたびたび訪韓したことへの返礼の意味も込めてか、韓国から3月5〜6日特別使節団が訪朝し、金正恩委員長を表敬して会談の機会を持った。

 金委員長は、歓迎の夕食会に、実妹の金与生氏や夫人の李雪主氏まで同席させるなど異例の歓迎をした。特別代表団との4時間半に及ぶ会談の席で、金委員長は、朝鮮半島の非核化に言及し、また米国首脳と会談の用意があると発言したと伝えられたが詳細は明らかにはされなかった。

 文在寅大統領の特使として訪朝し、6日に帰国した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長が記者会見で、会談の要点を報告した。
ー4月末に、板門店で、第3回南北首脳会談を開催
ー首脳間のホットラインを設置
ー北朝鮮は朝鮮半島の非核化の意思を表明。
 北に対する軍事的脅威が解消され、北の体制の安全が保障されるなら核保有は意味ないの意。
ー北は、非核化問題の協議および米朝関係正常化のために米国と対話する用意がある。
ー対話が続く間は、北は追加の核、ミサイル実験をしない。核兵器を南に向けて使用しない。

  この会談では、「非核化」が重要だが、非核化を実現するための具体的なステップや行動についての言及はなかったという。


3.  トランプ大統領、訪米した韓国特別使節団代表に3月8日、金委員長と会談の意向表明

 トランプ大統領は、3月8日、文在寅韓国大統領の特使としてホワイトハウスを訪問した鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長と徐薫(ソ・フン)国家情報委員長と面会した。鄭氏によると、鄭氏は正恩氏の「トランプ大統領と可能な限り早い時期に会いたい。直接会って話すれば、大きな成果を出すことができる」と伝え、さらに、正恩氏の本気度を感じた、と強調したという。するとトランプ氏は、大きくうなずきながら「よし会うぞ」と即答したという。

  ホワイトハウスにはWest Wingと呼ばれる庭に向かって開かれた記者団や訪問団などとのオープンな会見場所がある。ここは大統領が重要な問題を比較的オープンに発表する時に良く使われるが、トランプ大統領の特別な計らいで、鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長らの韓国特別使節団代表はこの場所で、内外の記者に対して会見を行ったという。
  トランプ大統領と韓国特別使節団との会見につき、大統領報道官は以下の声明を発表した。
 ートランプ大統領は金正恩氏との会談を受け入れる。
 ー会談の詳細な日程と場所は未定
 ーすべての制裁と最大限の圧力は継続

 鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長の記者発表要旨
 ー金正恩氏が非核化の意志を示すとともに、核実験、弾道ミサイル発射実験を控えると約束
  したとトランプ氏に伝達
 ー正恩氏は韓米合同軍事演習の継続に理解
 ー正恩氏はトランプ氏とできるだけ早い会談を熱望
 ートランプ氏は正恩氏と5月までに会うと発言


4.   金正恩委員長が極秘裏に北京に習近平国家主席を訪問

 3月25日夜、中朝国境の町、遼寧省丹東市の駅に、深緑色の特別列車が滑り込んできた。周囲は厳戒態勢。自ずから北朝鮮の首脳が中国に列車で訪問してきたとわかる。目ざとい中国人の野次馬が「太っちょの三男坊」の訪中とネットに書きたてたので、金正恩委員長の中国訪問は事実上、知られていたといえるが、金正恩氏の隠密の北京訪問が公式に発表されたのは、3月28日、中国国営新華社と北朝鮮の朝鮮中央通信のニュースだった。

 訪問は3月25日夜から28日まで足掛け4日間。その間、習近平夫妻は金正恩夫妻を2回食事でもてなし、会談、そして夫妻で見送るなど最大限の歓待だったようだ。会談の詳細は明らかにされていないが、金委員長は、朝鮮半島非核化について、北朝鮮の体制が保障されなら非核化を実行する意思はあると強調したとされる。

  Financial Times 3月29日版は、習氏と金氏の関係は、あたかも父親が非行の息子をさとすようだった、いまや従順になった息子とstern and benevolent(厳しくも寛大な)父親、と表現している。実際、金正恩氏は、父親の金正日氏から王朝を譲り受けていらい、北朝鮮の対中国関係を取り仕切っていた義理の叔父にあたる張成沢国防委員会副委員長を処刑、実の兄、金正男氏をマレーシアで殺害、また中国にとって外交上重要な節目でも無謀な核・弾道ミサイル実験を繰り返して中国の面子をつぶすなど”乱行”もしくは”悪行”を繰り返してきたから、今回の神妙な訪問がそのように表現されるのもわかる。

 金氏にとっては、トランプ氏との会談を前にして、これまでのような国際的孤立状態では甚だ心細いので、かつては”血の同盟”を誓い合ったこともある大国、中国の後ろ盾が欲しかったのであろうし、一方、中国にとっては、トランプー金の直接会談で事態が決まってしまうことは、中国の影響力の低下を意味するから、なんとしてもここで北朝鮮の後見人の役割を演じて、国際的影響力を確保したかったといえよう。この会談はそうした意味で両者の利害が一致するので、北朝鮮からの再三の会見要請に、このタイミングで中国が応じたというのが真相と推察される。


5.  安倍首相とトランプ大統領、フロリダで首脳会談

 4/17〜18、安倍首相はトランプ大統領とフロリダで首脳会談を行った。両首脳の会談は2017年11月、トランプ大統領がアジア歴訪の際に日本に最初に立ち寄った時の会談以来、半年ぶりである。この間、国際情勢はとくに北朝鮮問題をめぐって大きく動いた。とりわけ2月以来、北朝鮮が急に融和ムードを演出する”微笑外交”に転じてから、極東をめぐる国際関係は激動した。

 冬季オリンピックを利用した文在寅韓国大統領と北朝鮮の金正恩委員長の掛け合いはあたかも出来レースのように進み、日本はこの重要局面でプレイヤーの役割が果たせず、いわば観客の立場で、置き去りにされた印象を持つ向きの多かったのではないか。日本にはこの局面でカードがなく、ひたすらアメリカと協調して、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで経済制裁などの圧力をかけ続けるとアメリカに強調する以外に打つ手はなかったように見える。

 そうした状況の中での日米首脳会談だった。フロリダでの初日は、ゴルフ好きの両首脳がまずゴルフを楽しみ、それから、安全保障問題を中心に議論した。そこで、安倍首相は、北朝鮮が完全な非核化を実行するまで圧力をかけ続けるべきだ、との既定路線を強調したようだ。その際、拉致問題について、米朝首脳会談でトランプ氏が北朝鮮に誠意ある対応をするようにと要請した。

 そして、翌日の経済討議に進む予定だった。ところがそこで異変が起きた。安倍首相との初日の会談を終えた夜、トランプ氏は、ツイッターに次のように書き込んだのだ。「TPPは日本などがアメリカを復帰させようと望んでいるようだが、あれは最低だ。2国間の取引の方がアメリカの労働者にとってははるかに有利に交渉できる」と。安倍首相は、トランプ氏が1月のダボス会議でTPP復帰を匂わせて以来、その復帰を実現させるためにあらゆる環境整備を進めてきた。首脳会議2日目は経済が議題なのでそれが主題になるはずだった。

 Financial Times 4月19日号は、”これが最も重要な同盟国に対する仕打ちか?しかも安倍首相がスキャンダル問題で最も困っている時に、これ以上最悪な振る舞いはない”と批判している。トランプ氏は3月にいきなり鉄鋼とアルミについて高い付加関税をかけると宣言したが、その後、NAFTA交渉相手のカナダ、メキシコ、また欧州はじめ多くの同盟国は当面その適用除外とした。同盟国で適用除外になっていないのは日本だけである。日本は中国のように報復措置はとらず、ひたすら恭順にしているのに、この仕打ちは何だ、とFT社説は率直のトランプ氏を批判している。

 米朝交渉を控えて、世界諸国が、世界の安全と平和のためにそれぞれどのような役割を演じられるか工夫と努力をしている時に、北朝鮮の核とミサイルなどの影響を韓国と並んで最も受けやすい立場で、しかも経済的には世界に大きな貢献をしている日本は、トランプ氏から見れば全く何の価値もないように見えるのだろうか。


6.   4/18 トランプ氏、ポンペオCIA長官(次期国務長官)の金正恩氏との会談を追認

 トランプ大統領は、4/18ツイッターで、「マイク・ポンペオが、先週、北朝鮮で金正恩と会談した。会談は順調で、良い関係を構築できた。・・首脳会談の詳細を今調整中だ」と書いた。ポンペオ氏の訪朝は17日にワシントンポスト紙が報じたが、同紙によると、訪朝期間は4月1日のイースター休暇の間。ポンペオ氏は3月13日に国務長官に指名されたばかりで、訪朝当時はまだCIA長官のままだった。

 トランプ氏は前国務長官のTillerson氏とは見解のそりが合わず、トランプ氏は国務省を重視せず、CIAの情報機能を重用する傾向がある。CIAでは昨年5月に「朝鮮ミッションセンター」を立ち上げ、北朝鮮や韓国の情報機関と頻繁に連絡をとって情報活動を進めているようだ。しかし、国際問題は過去の経緯や政策問題が前提になることが多く、国務省にはそのための専門家が多いが、単なる情報機関であるCIAの重用はリスクがあると指摘する向きも多い。トランプ式外交の特徴が吉と出るか凶と出るか、見守る必要がある。


7.  朝鮮労働党、党中央委員会総会で、核・ミサイル実験中止、実験場廃棄と決定

 北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩委員長が、4月20日、党中央委員会の報告で、「核実験や中長距離ミサイル、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射も必要がなくなり、北部核実験場も使命を終えた」と報道した。総会はこの日採択した決定書で、核実験とICBMの発射実験と中止し、北朝鮮北東部・豊渓里(ブンゲリ)の核実験場を廃棄すると表明した。

 これは新たな実験をしないと発表しているだけで、それが非核化に具体的にどのように繋がるのかの道筋が見えないこと、また、これまで4半世紀の間、北朝鮮は、非核化をすると何度も宣言して、その都度、制裁の解除や援助を獲得してきたが、結局、それらの約束は一つも守らなかったという経緯があるので、今回の発表は、”口先だけ”と取る向きが多い。


8.    板門店での金正恩委員長と文在寅韓国大統領の南北首脳会談

 そして4月27日、史上3度目になる今回の歴史的南北首脳会談が板門店で開催された。その状況についてはやや詳しく冒頭に述べたので、ここでは、両首脳による「板門店宣言」の要点と、ここにいたまでの非核化についての首脳などの発言の経緯を整理しておきたい。

○南北首脳による板門店宣言の要旨
ー完全な非核化と通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認
ー朝鮮半島の非核化のため、国際社会の支持と協力と得るよう努力
ー今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換
ー南北と米国の3者または、南北と米国、中国の4者による会談の開催と推進
ー南北首脳で定期的に会談
ー文在寅大統領が秋に平壌を訪問。

○非核化をめぐるこれまでの首脳発言の経緯
ー2018.3.5.
  金正恩と韓国特使団による会談(韓国政府発表)
  ・北朝鮮に対する軍事的脅威が解消され、体制の安全が保証されるなら、核を保有する理由
   はない。
  ・非核化問題の協議と米朝関係正常化のために、米国と対話する用意がある。
  ・対話がつづく間、追加の核実験や弾道ミサイル発射など挑発を再開しない。

 ー2018.3.26.
   中朝首脳会談での金正恩氏の発言(中国外務省発表)
  ・「遺訓に基づき、半島の非核化に力を尽くす」
  ・「朝米首脳会談と行うことを願っている」
  ・「南朝鮮と米国が善意をもって我々の努力に応じ、平和の実現のために段階的で同時並行
    的な措置が取られるのであれば、半島の非核化問題は解決にいたることが可能になる」

 ー2018.4.9.
   朝鮮労働党中央委員会政治局会議(朝鮮中央通信)
  ・金正恩氏が北南関係の発展方向と朝米対話の展望を深く分析して評価

 ー2018.4.20.
   朝鮮労働党中央委員会総会
  ・金正恩氏「核実験や中長距離ミサイル、ICBMの試射も必要なくなり、北部核実験場も
   使命を終えた。

 ー2018.4.27.
   南北首脳会談での板門店宣言
  ・南北は完全が非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同目標を確認。

 
9.   米朝首脳会談の背景、展望、課題

 最後に米朝首脳会談の背景、展望そして課題についてコメントしておきたい。

 まず、背景として、なぜ2018年に入って急転直下、これまで4半世紀にわたって想像することもできなかった米朝首脳会談がにわかに実現する方向になったのか、その背景を考えたい。

 
 第一は、これまで、核兵器を持つこと、しかもそれがアメリカの首都や東部の大都市を攻撃できるICBMに搭載できる核兵器であることは、北朝鮮の悲願だった。朝鮮戦争で血の同盟を誓った中国も、ゴルバチョフ以降のロシアも、北朝鮮にとっては敵国である韓国と1990年代初頭に国交を結び経済協力協定まで結ぶという状況変化の中で北朝鮮は国際的に孤立した。

 その孤立の中で、金王朝の存続を保証できる唯一の条件が上記の核・ミサイルによる攻撃能力であると金親子は考え、その実現に邁進してきたのである。世界最強のアメリカは北朝鮮の核兵器開発を阻止しようとしたが、果たせず、北朝鮮はアメリカが本気で武力行使に踏み切らないので、クリントン、ブッシュ、オバマ歴代アメリカ政権の足元を見て、核とミサイル開発を続けた。

 ところが、トランプ政権は対応が違った。トランプ氏は「すべての選択肢はテーブルの上にある」と武力行使も排除しない姿勢を示したが、トランプ氏は、世界情勢にも歴史にも疎い、というより興味がなく、Dealだけを信ずるいわば興行師である。彼はただ、2000年の大統領選に勝てば良い。そのためには、北朝鮮からの核ミサイルの脅威は「俺がつぶした」と選挙民の前で勝ち誇れればよい。そのためには、場合によれば本当に武力行使をするかもしれない。

 これまで常識あるアメリカの歴代大統領を見てタカをくくってきた北朝鮮、特に金正恩氏はアメリカの段違いの武力と、それを場合によれば使うかもしれないというトランプ大統領の実際的な脅威を、状況を分析するうちに理解したのだろう。日本の首相として初めて北朝鮮の金正日氏と対峙し拉致被害者の帰還を実現した小泉純一郎氏の感想を聞いたことがある。小泉元首相は、「アメリカは軍事力をただもっているだけでなく、毎年のように実戦で使っているので、その本当の戦力は圧倒的だ」と指摘しておられた。それを金正恩氏も理解し、トランプ氏に会いたいと韓国の特別使節に伝えたのだろう。

 一方、韓国の特別使節団からその報告を聞いたトランプ氏は、これはDealで生きてきた俺がやらざるを得ない。国務省の秀才どもに任しておいてはできるものもできなくなる、ということでその場で「会おう」と決断したのだろう。以上が、私の考える、今回の米朝首脳会談の背景である。

 次に、それでは交渉はどうなるか、その結果はどうなるか、すなわち展望を考えたい。北朝鮮は4月27日の南北首脳会談で、半島の完全非核化を目標とすると言い、それは板門店宣言にも書き込まれた。「完全非核化」はまさにキイワードであり、それがどのように実現するのか、世界中が固唾を飲んで見守っている。

 その言葉自体は明白だが、実際に、それが何を意味するのか、どのようにして実現していくのか、ということになると、そこには核兵器やミサイルの種類、どの段階で何をするのか、査察はどうするのか、査察で本当にわかるのか、などなど莫大な可能性の組み合わせがある。また朝鮮半島の非核化という場合、半島には北朝鮮だけでなく韓国もあり、韓国には米軍が常時駐留しており、必要とあれば核を動員することはわかっている。したがって、朝鮮半島の非核化とはそれも含む膨大な分野ということになる。

 私はある会合で、韓国大統領外交安保特別補佐官、文正仁氏の講演を聞いたことがある。氏は非核化ひとつをとっても上記のような多様な解釈と複雑なステップがあり得るので、その実現には膨大な交渉、査察、実行の手続きが要ると述べておられたのが印象的である。その文正仁氏が今年5月に入って「休戦協定を平和協定にするなら、米軍の存在は不要になる」という解釈を示して韓国首脳部で物議を醸したと報道されたが、論理的にはそうした可能性も排除できないということだろう。以上のように、米朝首脳会談の展望は、誠に複雑かつ不透明というほかはない。

 ちなみに、文正仁氏は、半島統一についても言及した。文在寅韓国大統領は二言目には民族の悲願として「半島統一」を叫んでいる。文正仁氏によると、統一にもいろいろな種類と段階があり、南北が完全に普通の単一国になることは困難でも、国家連合や連邦のような様々なヴァリエーションで将来像を描くことは可能との見方を示され、統一も全くの夢物語ではないことを感じさせられた。

 最後に課題、特に日本の課題について述べたいと思う。上記のような複雑な可能性の枝が森のように入り組んでいる中で、気の短いトランプ大統領が、自分の選挙第一(彼は実はAmerica firstではなく、Trump Firstなのだ)に結論を出すとどうなるか。それは要するにアメリカの自分の選挙区に核弾頭つきミサイルが飛んで来なければ良いのである。それを選挙民に約束すれば彼は次期大統領に再選されると信じているのだろう。

 それだけが条件ならば、金正恩氏も乗りやすい。核弾頭つき大陸間弾道弾をトランプ氏が見ている前で廃棄し、その生産設備も発射装置も破壊すれば良い。その他の兵器は温存できる。それもすべて廃棄なら彼は当然、米軍の半島からの撤退を要求するだろう。その他の兵器の中には何年も前に完成されたノドン、テポドンなどの中距離弾道弾は当然含まれる。日本全土はそうした中距離弾道弾の着弾域にある。

 それらはアメリカの脅威ではないから、トランプ氏が核ICBMの廃棄で良しとするなら、アメリカは北朝鮮が攻撃しない限り、アメリカが北朝鮮を攻撃することはない状態、すなわち、北朝鮮の事実上の核保有国化が実現することになる。その時、これまで日本を守ってきた日米同盟の「核の傘」はただの番傘になってしまう。

 すなわち日本の課題は、核の傘が形骸化もしくは事実上失われた状況の中で、国家と国民の安全と平和をどう守れば良いかというまさに朝鮮戦争以降、65年間、一度も真剣に検討したことのない問題に直面するということだ。

 一部の人々は、核保有国に対抗できる軍事力を持てば良いというかもしれない。なるほど日本には何十基も原発があって核技術はあり、プルトニウムは大量に保有しており、人工衛星打ち上げ技術も世界水準であるから、その気になれば10年も経たないうちに技術的にはそうした軍事力は持てるかもしれない。しかもそれは最も安易で安価な対抗手段かもしれない。

 しかし、戦後、唯一の被爆国として平和戦略を追求してきた日本民族と日本を取り巻く国際社会にとってそれは困難な選択だろう。それでは、核の傘がない状況で、この険しい国際状況の中で、信頼され、尊敬され、したがって安全が保障されるような国づくりと国際関係に陶冶を進めていくにはどうすれば良いか、それがこれからの日本にとって真の課題であると思う。

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